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069 僕のせいじゃない

 まだ理解も納得も難しいとしても、僕がソルやナスリンたちと同じ、教皇国に邪険にされる立場であるので、安心して生活してほしいことをカーラに伝えてもらった。


 それから、しばらくは僕の奴隷として、このカレモレ館で使用人としての修行をしてもらうこと。いずれは僕の家族にも会うだろうから、ニーザルディア語での日常会話と、かしこまった挨拶くらいはできるように勉強することを義務付けた。なにより、たくさん食べて健康になることが、一番の優先事項だとも。


「しかし、ぼくが大人にならないと、奴隷から解放してあげられないのは誤算だったなぁ」


 七歳になれば冒険者に登録できて独り立ちはできても、成人と認められる十五歳にならないと、法律関係の手続きができないのだ。申し訳ないが、あと七、八年くらいは、奴隷身分のままでいてもらうしかない。


「ですが、彼らにとっては、奴隷身分でいた方が安全かもしれませんよ。特にこの国にいる間は、とても目立ってしまいますから」

「うーん、それもそうか……」


 ハニシェの意見も尤もだ。ソルもナスリンも、リンベリュート王国人には見えないから、身柄の保証人がいる、奴隷として持ち主がいる、と周囲から見えた方が、危険が及ばないかもしれない。


(とはいえ、ブルネルティ家の紋章が見えているのに、賄賂を要求してくるようなアホもいる国だしなぁ……)


 その辺は、もう深く考えないで、普通に用心するよう心がけることにした。王都にいる間は、イヴェルかローガンを連れていれば、格上の武家か貴族家以外に絡まれることはないだろうし。

 ソルがエースの世話を覚えて、ナスリンがファラの世話をしながらハニシェと一緒に料理や洗濯をするようになれば、一段階クリアという事にしよう。



 奴隷市があった二日後、今回はイヴェルを連れて、僕は冒険者ギルドに向かった。イヴェルがポルトルルの好物を売っている店を知っていたので、手土産を買うためだ。


「こんちわ。ポルトルルいる?」


 手土産を買うついでに、せっかくだからと、みんなで食べられるように買った焼き菓子の包みを受け付けのお姉さんに渡すと、笑顔ですぐに案内してくれた。


「いらっしゃいませ、ショーディーさま」

「お邪魔するよ。この間はありがとうね。これどうぞ」

「おおっ、アーネンナ亭のナッツケーキではありませんか。これに目がなくて……。お気遣い痛み入ります」


 僕は出されたスパイス入りホットミルクを啜りながら、ポルトルルに奴隷市でのその後の話を聞いた。


「じゃあ、ぼくの買取りは、特に問題にはされなかったんだね」

「はい。通常の取引ではありませんでしたが、奴隷がセリにかけられるような状態ではなかったことも、衛兵が見ております。なにより、“障り”の発生と拡大を防ぐには、ショーディーさまの素早い対応が効果的だったと私が証言しましたので」

「冒険者ギルドの長の言葉には、誰も反証できないか」


 “悲哀のポルトルル”には“障り”が見える、というのは、結構有名な話らしい。


「その奴隷商はどうなったの?」

「すでに国外退去処分になっております。商品の管理が甘いことで“障り”が出かかったのですから、再入国も難しいでしょうな」

「結構厳しいんだね。教皇国の人間には、忖度するかと思った」

「召喚儀式を前に、国もピリピリしていますからね。教皇国の商人と言えど、その教皇国からの客人を危険にさらす原因になるようでは、厳しい態度をしても許されるでしょう」


 なるほどな。


「して、あの親子の容体は、いかがでしょう?」

「うん。まだ健康とは言えないけど、もう起きてご飯食べられているよ。赤ちゃんも元気。女の子でね、にこって笑うと、すっごく可愛いよ」

「それはようございました」


 ポルトルルも、ファラの父親については聞いてこなかった。父親が貴族であるよりも、戦死した名もない兵士でいた方が、あの母子にとっては平穏に暮らせるはずだ。


(ハニシェも結婚したいかなぁ? まず、出会いがないことが問題だけど)


 ナスリンはハニシェよりもひとつ年下だった。ファラのためにも一生懸命に働く気でいるので、新しい出会いを促すつもりはない。

 ただ、ハニシェが僕のお世話係として行き遅れてしまうのは、いかがなものかと思う次第だ。ハニシェにその気がないなら無理に言うつもりはないけれど、雇い主としてはお見合いくらいセッティングした方がいいのかと悩む。


「ところで、教皇国の間者っぽいのは、奴隷の中にいた?」

「たしかなことは申し上げられませんが、信心深そうな何人かに、高値が付いておりましたな」

「やっぱりなぁ」


 遠く離れた教皇国が、この国の上層部にアンテナを仕込むには、いい機会だ。

 そして、僕としては、それを逆に利用することが考えられる。ただ、今の僕には社交界に出入りできる資格がないので、あちこちから噂を通じて工作するしかないだろう。


「いまは異世界人召喚の儀式でいっぱいいっぱいだろうけれど、迷宮の噂が教皇国までいくまで、そう時間はかからないだろうね」

「なにか、対策がおありですか?」

「特にないけれど……そうだね、これはポルトルルにだけは、教えておくよ。来年中に、この国のあちこちでダンジョンが出てくるよ。それから、アクルックス級の迷宮が、もうひとつ、出るんじゃないかな」


 まだ内緒だからね、と可愛い仕草で微笑むと、ポルトルルは蒼白になった額に浮いた脂汗を拭う。


「なんと……なんと、いう……」


 教皇国に対して秘密にするのではなく、物品、情報、ともに、圧倒的な量と質で飽和させること。

 それが、僕が最初から狙っていた、ブルネルティ家に負担をかけないで、稀人の知識を広めるやり方だ。


「時間はかかるけど、他の国にも出てくるみたいだから、他の国の冒険者ギルドにも、教えてあげた方がいいかな? アクルックスにあるような迷宮案内所でも、出現したらお知らせがあるそうだから、それが出たらすぐに動けるように、全国に用意させた方がいいかもね」

「わかりました。貴重な情報を、ありがとうございます」


 表情を隠すように頭を下げたポルトルルは、たぶん僕の悪辣なやり方に気が付いている。

 僕のやり方は、たしかにブルネルティ家が、王家や貴族家、あるいは教皇国から、集中的に圧力をかけられることを避けられる方法だ。ただし、迷宮に入れる冒険者や職人をまとめるギルドに、ものすごい圧がかかることは疑いない。


(迷宮に伝手のない商業ギルドが、他のギルドよりも貴族たちから圧力かかって板挟みになる未来が見える、見える)


 心の中で意地悪な笑い声が出そうになったけれど、自滅を選んだ連中まで助けてやる義理はない。


「ああ、あとねぇ。その辺のダンジョンから、アクルックスでは買い取ってくれないような、魔道具に使えないくらい小さな魔力石がいっぱい出てくると思うんだけど、それ、全部ブルネルティ家が買い取ってくれると思うよ。姉上が商品開発しているって言ってたからね」


 その代わり、協力してくれる所には、しっかりと飴をちらつかせる。


「『世界の知識』も『稀人の知識』も、今よりももっと手に入るようになるし、塩や繊維や燃料のような必需品、黄金や宝石まで出てきたら、人間同士の混乱は起きるだろうね」

「塩が出てくるですと!? 内乱が起きかねませんぞ!」


 内陸国であるリンベリュート王国では、国内で採掘される岩塩以外は、外国からの輸入になる。貨幣の材料になる金銀同様、岩塩の採掘場も、王家か公方家のような大貴族の所領にある。


 それが、弱小領主の所領にあるダンジョンから出てきたら?


 莫大な報酬と引き換えに王家に召し上げられるならまだしも、ダンジョンのあるなしで、貴族家や領主同士で戦争が起こる可能性が十分にある。それに巻き込まれないよう、各ギルドの長達による、慎重な手綱さばきが求められることだろう。


「商業ギルドが、仲持ってくれればよかったんだけどねえ。御用商人でもない一介の冒険者が、国の専売品を大っぴらに売買するわけにもいかない。冒険者ギルドと各領主で話し合いして、ちょうどいい感じに買取り契約を結ぶのが、無難かな」


 ダンジョンを出し過ぎても“障り”が減って害獣が出なくなってしまうので、規模と数は慎重に見定めるつもりだ。“障り”の解決は人間がするべきものなのだから、迷宮頼りで楽をさせるつもりはない。


「……なぜ、そのような混乱を、この国にもたらしますか。ショーディーさま、貴方なら、それを避けられるはずではありませんか」

「だって、国王様が稀人を召喚するって言うんだもん。召喚儀式をしようとしなければ、こんなことにならなかったよ?」


 愕然とした表情で僕を見るポルトルルに、僕は何をいまさら言っているのかと肩をすくめてみせた。


 この国で召喚儀式をするから、モンダート兄上を助けるためにアクルックスを出現させたし、兄上や姉上が困らないようにブルネルティ領以外でもダンジョンを出現させる必要があった。

 当初シロの予想通りなら、迷宮の出現は十年以上先で、この国ではなかった可能性だってある。そうならなかったのは、僕のせいじゃない。


「まあ、そんな、ぼくたちにはどうにもできない事は、どうでもいいんだ。それよりも、これから起こることに備えようよ。迷宮が優遇するのは害獣駆除をする冒険者のみ。それは変わらない。兵士を冒険者にしろって言ってくる連中もいるだろうけど、同じようにノルマを課せばいいんじゃないかな。その方が、害獣が減るし」


 わがままな領主や貴族の兵士たちの統率に、冒険者ギルドの各支部は頭を悩ませるかもしれないけれど、ダンジョンも迷宮も、新人冒険者だから、本職が兵士だから、といって手加減や規則を曲げることはない。


「話を聞かない奴は、ダンジョンが喰ってくれるよ。ギルドは落ち着いて、いままで通り運営してくれれば問題ない」

「……了解しました」


 なにもかも、異世界人召喚をして、稀人に邪神を封印させてしまった、聖ライシーカが悪いんだよ。どんなに意地悪に見えても、僕のせいじゃないよ!


 たくさんしゃべってのどが渇いたので、コップを見たけど、もうミルクは残っていなかった。

 お代わりを要求するよりも、そろそろ帰ろうかと首を巡らせて、出入り口のドアのところで後ろを向いて耳を塞いでいるイヴェルがいた。


「イヴェル?」

「あー、終わりましたか? いやもう……俺なんかが聞いたら不味いようなことが、こう……」

「聞いても大丈夫だよ。イヴェルが無闇にしゃべらなければいいだけ」

「寿命が縮むようなこと言わないでくだせえ。見てくださいよ。ギルド長が死にそうな顔してるじゃねえですか」

「イヴェル……」

「え、大丈夫?」


 お礼を言いに来たはずなのに、ポルトルルが死にそうとか、そんなシャレにならないこと言わないでよ。長生きして、僕が他の国まで迷宮の分布を伸ばせるようになるまでは、頑張ってもらわないといけないんだから。


「大丈夫です。お気遣いなく……」

「……うーん、ぼくのせい?」

「他に誰がいると思ってますか、坊ちゃん」


 話の内容は、しょーがないじゃん。僕のせいじゃないよ!


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