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067 戦う意味を失った剣

「うはー……」


 ローガンにガシガシ洗われて出てきたソルは、まあ、びっくりするほど美少年だった。

 象牙色アイボリーと言うか、亜麻色と言えばいいのか、やや灰色がかかった薄い褐色の肌。痩せているせいか、彫りが深いのか、落ちくぼんだ目は濃い青で、その力強さは初見と変わらない。そして、迷宮製ドライヤーで乾かしたらフワフワになった髪は、綺麗なオフホワイト。


(この世界の人種はよく知らないけど、大陸の反対側には、こういう色合いの人もいるんだな)


 全体的に骨が浮き出るほど痩せてしまって、顔の肉も削げてしまっているし、健康的とは言い難いけれど、のびやかな手足は筋張っていて、剣士らしいしっかりとした体幹をしていそうだ。

 ハセガワが用意してくれた、ハニシェとお揃いのデザインのお仕着せは、背丈には合っていたけれど、やはり肉がない分、肩や胴回りがぶかぶかになってしまっている。


「しゅごい。ぼくより、びしょーねんだ……」

「坊ちゃまだって、大変愛らしくていらっしゃいます。そのまま大きくなられていいんですよ」


 僕のしょうもない呟きを、ハニシェがどう勘違いしたのか、なにやら慰めてくれた。


 とりあえず、言葉がわからなくて意思疎通ができないのは問題なので、そこから解決することにする。

 僕が勉強部屋と決めた一室には、丸テーブルと四脚の椅子、そして四人分のティーセットと、僕とハニシェとソルがいた。


「それでは、講師の先生をお呼びします!」


 迷宮化した勉強部屋に出現させたドアを開き、僕たちのガヴァネスを呼び出す。


「はじめまして。アルカ族のカーラと申します」


 黒髪のふっくら小柄な女性が、ちょこんと礼をする。しかし、ブルマーから出た足は鳥のものだ。


「カーラ先生、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 僕とハニシェがお辞儀をすると、続けてソルもお辞儀をしたけれど、続いてカーラから出てきた、流暢なセーゼ・ラロォナ語の自己紹介に、驚いて顔を上げる。

 僕とハニシェにはわからないけれど、二人の間でいくらかやり取りがすんで、カーラは僕たちに着席を促した。


「では、私も失礼して。今日はまず、リラックスして。お茶をいただきながら、相手の国の言葉で自己紹介してみましょう。はじめは私が通訳しますので、怖がらずに、続けて言ってみましょう」


 カーラ先生のレッスンが始まり、僕は初めて、グルメニア教の教典以外の教皇国語に触れることになった。



 僕たちが普段話しているニーザルディア語は、昔あったニーザルディア国で使われていた言葉だ。現在は、ニーザルディア国から分裂した、エル・ニーザルディアと、オルコラルト、そしてリンベリュートの、三つの国で通用する言葉になっている。それぞれの国で多少方言や訛りがあるだろうけれど、全然違うという事はない。

 そして、ソルが普段話していたセーゼ・ラロォナ語は、別の地域から伝わった教皇国語と現地の言葉が混ざった言葉だ。セーゼ・ラロォナ国では、公用語を教皇国語としていて、公文書などはすべて教皇国語で書かれるし、貴族階級の会話も教皇国語だ。ただ、庶民の話し言葉としては、セーゼ・ラロォナ語の方がよく使われていたらしい。


 夕食の準備などのためにハニシェが抜けてからは、主にソルからの事情聴取になった。

 ネーヴィア家は、正式な貴族と言うわけではなく、多くの弟子を抱え、また血縁を結んでその子を戦士として育てており、その中には、才能を見出された孤児なども含んでいた。王家はもちろん、様々な貴族家に仕え、また指南役として雇われることもあったそうだ。


「一族総出で傭兵稼業やっているような? 言葉は悪いけど、優秀な将兵を、一族で生産・育成しているというか……」


 カーラが通訳すると、ソルは頷き、一言二言つけ足した。


「その解釈でいいそうです。一族はバラバラに雇われているので、今回の内戦で、一族同士が殺し合う場面も多かったようですね」

「なるほど。それは……いくら雇われているからと言っても、やりづらかっただろうな。犠牲になった人たちに、安らかな休息があるように」


 カーラが通訳すると、ソルは自国語で言いかけた後、ニーザルディア語で言い直した。


「アリガトウ」

「どういたしまして。……でもさ、そういう立場の一族なら、お咎めとかなくない? 罰しちゃうと、もう雇われてくれなくなっちゃうんじゃないの?」


 騎士のように忠誠を誓って、その家に仕えている人ならわかるけれど、傭兵的な立ち位置の人を厳罰にするわけにはいかないだろう。金で雇われているだけなんだから。

 どう見ても、ソルはまだ若い。士官学校卒だとしても、下士官がせいぜいだ。そんな若造が、奴隷落ちさせられるほどの罰を受けるって、ちょっと難しいんじゃないだろうか。


「貴族の若様の護衛をしていたのに殺されたとか……敵前逃亡するようなタイプには見えないし」


 僕の言い方はちょっと失礼に当たったのか、カーラに咳ばらいをされてしまった。


「えっと、そういうの、聞いても大丈夫かな?」

「言い方を変えましょうね。差し支えなければ、貴方の不運を聞かせてくれませんか、と」

「はい」


 上品な言い回しは、ちゃんと覚えないといけない。ハニシェや、姉上や、母上にも、そうしなさいって期待されているし。


 カーラが適切な言い方で聞くと、ソルは少し沈黙した後、寂し気に話してくれた。



 ソルの両親はネーヴィア一族の中でも末端で、本家の血はだいぶ薄かったそうだ。それでも、揃って王国軍に仕官していて、息子のソルも順調に、剣士としての頭角を現していた。

 ソルには、病弱な妹がいた。長くは生きられないと言われつつ、十歳を迎えることが出来ていた。その妹が、とある貴族の目に留まり、嫁に迎えられることになったそうだ。


「……」


 カーラが僕に通訳する前にため息をついたところを見るに、ロリコンに目を付けられたってところか。


「後妻という形ですが、妹さんとの婚姻と、ソル自身がその貴族の私兵となることで、妹さんの治療費を負担すると、言ってきたそうです」

「まんま、人質じゃん」


 僕も顔をしかめたけれど、ソルたち家族には、それを断ることはできなかった。妹の治療費は確かに高額だったし、ソルの就職先が早くから決まるのは歓迎するべきことだ。そしてなにより、相手が伯爵家だったので、そもそも逆らうことができるような立場ではなかった。


(むこうでは、爵位って制度があるんだな。……そうか、教皇国に近いから、稀人が持っている知識や概念を取り入れやすいのか)


 ソルは悪くない成績だった士官学校を中退させられてまで、その伯爵に雇い入れられたところで、元々あった嫌悪感以上の不審さを覚えたそうだ。それは確かに当たっていて、間もなく内乱が起こった。

 運の悪い事に、ソルを雇った伯爵が、例の稀人の子孫だという王族の暗殺に直接関与していたらしい。王位を狙っていたのは伯爵ではなく、伯爵が属する派閥の盟主であったが、当然、もろとも攻め滅ぼされた。妹を人質に取られていたソルは、最後まで伯爵を護って善戦したが、力及ばず敗戦に終わった。


 伯爵家の人間は、賊軍として当然処刑される決まりだが、ソルの妹については、王家は少し考慮する姿勢を見せてくれた。そもそもまだ幼い上に、毎年冬を越せるかと心配されるような病状なのだ。ソルが士官学校を中退した経緯も、軍関係者から上がっており、わざわざ死にかけの少女を処刑台に引き出して、方々をしらけさせる事もない。


 ところが、教皇国がその判断をひっくり返してしまった。曰く、生温い、と。


「妹さんの治療方法は、稀人の知識によってもたらされたもの。それまで稀人の知識に縋っていたのに、稀人の血筋を害するとは言語道断……という理論だそうで」

「言いたいことはわかるけど、暗殺にソルの妹は関わっていないし、そもそも王族が稀人の子孫じゃないことを、教皇国は知っているはずだろう!」


 自分のことでもないのに、僕は悔しくて、両拳で顔を覆った。欺瞞と陰謀に巻き込まれたソルの妹は、嘆願虚しく処刑されてしまったそうだ。


 内戦を他のところで戦っていたソルの両親も戦死してしまっていて、ソルはネーヴィア一族でありながら、一人ぼっちになってしまった。

 すでに戦士として一人前に雇われている者に、ネーヴィアの本家は関わりを持たない。一族がケツ持ちしてくれるのは、せいぜい学生までだ。


 だが、血縁者だからと言ってソルまで処刑してしまうと、ネーヴィア出身者をはじめ、他の軍人や傭兵たちからの反発が大きくなる。


 そこで下された処分が、奴隷落ち、だったわけだ。


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