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066 銀貨五枚分

 奴隷市を見に来ている人には、実は冷やかしというか、野次馬的な客も多い。

 実際に奴隷を買いに来ている人は、それなりに金を持っている人や、その家の使用人頭のような人たちだ。そういう人たちが競るのは、やはりニーザルディア語ができる人や、高等教育を受けてきた人、あるいは職人だ。

 あまりにみすぼらしい人間は買われないんじゃないかと思ったけれど、値段が張らない為か、意外と、その辺の商家が一人二人買ったり、十把一絡げで買われていったりする奴隷も多い。


(たくさん買っていくのは、辺境開拓民や、農奴にするのかな)


 なんと、檻車ごと買い上げるという豪気な客もいたようで、奴隷商がよくわからない悲鳴を上げている。


(ゼルジ金貨だと、教皇国の商人には折り合いがつかないのかな?)


 たぶん、奴隷全部よりも、檻車の値段が高いのだろう。それに、教皇国の技術が使われている檻車を、そうやすやすと外国人に売るとは思えない。まあ、ルドゥクが言っていたように、迷宮から技術を学んだ我が国の一部職人の方が、すでにいい物を作れるんだけどね!


 高値が付く奴隷たちのセリ場とは別に、ニーザルディア語がしゃべれないような、安い奴隷たちのセリが始まると、僕たちが見ていた檻車の奴隷たちにも、次々と買い手がついていった。せめて、満足な衣食住と休息を与えてくれる、寛大で優しい主の所に行けることを、奴隷の神様に祈っておこう。

 ちなみに、一度奴隷になると、自分の身を買い戻すのは非常に困難だ。よほど主に気に入られたとか、功績を上げたとかでないと、わずかな給金だけではまず届かないだろう。


 僕が買おうとした少年には、他にも、五人くらいから声が上がっていた。だけど、僕が一番の高値を付けたので、あっさりとハンマープライス。僕の物になった。


「ショーディーさま、予算が多すぎます」

「そう?」


 銀貨五枚で買えた。他人は、銀貨二枚とか二枚半とか、そのくらいしか出していなかったよ。僕のお財布には金貨二十枚入っているけど、そんなにいらなかったな。


(えっと……日本円で五万くらいか?)


 銅貨一枚、一ゼルジは、大体百円だ。お芋が一個買えるぐらい。銀貨は百ゼルジなので、一万円。金貨は千ゼルジで十万円。千ゼルジ=一迷宮エンなので、アクルックスでのゼルジ価値が、どれだけ低いのかがわかるだろう。

 ちなみに、一ゼルジ以下の、ウルという単位の鉄貨があるけれど、僕は見たことがない。


 僕が買った奴隷は、少年とはいえ、ニーザルディア語ができないので、銀貨五枚でも高値になるらしい。言葉が通じる奴隷たちには金貨が飛んでいたけれど、話せないだけで、こんなに安くなるものか。


「ありがとうござイます! こイつ、剣士ですよ。用心棒がイイよ!」


 ニッコニコな奴隷商に枷を外された少年は、売却済みの印である僕の名前が書かれた簡易タグを首輪に付けられ、鞭で追い立てられながら僕らのところに来た。こうして立っているのを見上げると、少年とはいっても、十代の半ばを過ぎている骨格をしている。痩せすぎだし、汚れていてよくわからないけれど、ハニシェと同年代くらいだろうか?


「剣士なら大歓迎だよ。僕の旅に付き合ってもらうからね」

「ははは。ショーディーさまとの旅では、驚きと困難が多そうですな」

「そうなんだよ。王都に来るだけでも、何回衛兵に因縁をつけられたことか……!」


 ブルネルティ家の紋章を掲げていても絡んでくるような、行儀のよくない連中を思い出して、僕の頬が膨らんだ。


 しかし、とりあえずは僕の物になった奴隷くんに、自己紹介をしないといけない。


「ぼく、ショーディーだよ。ショーディー」


 自分を指して、ショーディー、と繰り返す。そして、奴隷くんを指す。君は?


「……ソル。ソル・ネーヴィア」

「家名持ち!?」


 これはびっくりだ。僕の頭上で、ポルトルルとローガンも顔を見合わせているようだ。


「ニーザルディア語は、そのうち覚えて行けばいいよ。とりあえず、ぼくんちに帰ろうか」


 痩せた手を取って歩きだすと、驚いたようだけれど、ソルは素直についてきてくれた。


 人混みを避けて広場の外に出ようとした時、不意にポルトルルが首を巡らせた。


「害獣ですか、ギルド長?」

「いえ……まだわかりません」


 武器に手を伸ばして警戒するローガンを、ポルトルルは軽く制して、慎重に足を踏み出した。


「そこに、誰かおりますかな?」


 不用心にも半開きになった檻車の足元に、奴隷らしき人影が座り込むように倒れていた。ローガンの後ろからそれを見た僕は、はじめは死んでいるのかとびっくりしたけれど、小さな声がして、思わず飛び出してしまった。


「赤ちゃんだ! ねえ、お母さんでしょ? しっかりして!」

「なんてことだ……」


 ローガンにその場で警戒するよう命じると、ポルトルルは売り主の奴隷商を探しに行ってくれた。

 こういう不幸な死に方をすると、すぐに“障り”から害獣が発生する。冒険者ギルドとして見過ごすことはできないし、また騒ぎを聞きつけた衛兵たちも集まってきた。奴隷商はきつく咎められるだろう。


 母親と思われる女も赤ん坊も、酷く痩せていた。赤ん坊に元気はないけれど、抱き上げた僕をちゃんと見ていた。首も座っている。母親の方は、意識がない。


「死んじゃだめだよ! 起きてよ!」


 母親に触れた指先が、酷く冷たい体温を伝えてきておののく。だけど、まだ息はあった。


 やっと戻ってきた奴隷商を、衛兵たちが尋問しようと囲んだけれど、今はそれどころではない。


「ねえ、どいて! どいてったら! ぼくがこの子たちを買うんだから、後にしてよ! はい、早く手続きして! 急いで! はやく!」


 金貨を一枚、奴隷商に押し付けて枷を外させると、タグに僕の名前を書いて、母親の方をローガンに抱えてもらった。


「こちらはお任せください。ローガン、頼みました」

「了解っす」

「ごめんね、ポルトルル。あとでお礼しに行くから! ソル、ついてきて!」


 言葉は通じないけれど、名前を呼ばれたソルは僕とローガンについてきた。要看護者二名を抱えた僕たちは、急いで冒険者ギルドに戻り、大山羊車に買った奴隷たちを押し込む。


「ショーディーさま、俺が道を空けさせます!」

「ありがとう! 急ぐよ!」

「んんべえええぇぇ!」


 僕の様子を察したらしいエースは、力強く足を踏み出し、先導してくれるローガンを追ってカレモレ館への道を走り出した。



 カレモレ館に到着した僕は、ぜぇはぁ言っているローガンにソルを風呂に連れて行ってもらった。


「ローガンも汗が冷える前にお風呂入って。薪も水も石鹸も、たくさん使っていいからね! こっちの親子は、ぼくに任せて。ぼくのスキルで助けるから」

「ありがとうございます。ソル、こっちだ」


 ローガンとソルが行ってしまってから、僕は【環境設計】で周囲を迷宮化して、厩舎の壁にできた扉を開いた。


「イトウ! イトウ! 助けてー!」

「なんだい、ボス? 何事かね?」


 白衣の裾をひるがえして部下たちと走ってきたイトウは、箱車の中を一瞥しただけで、すぐに僕が目に入らないかのようにキビキビと指示を飛ばして、母親と赤子を乗せたストレッチャーと一緒にオフィスエリアに帰っていった。


(これで、たぶん、一安心だ)


 手遅れかもしれない。だけど、何もしなかったわけではない。


「め~」

「ん、エース。そうだね。元気になるといいね」

「めぇ」


 一生懸命に走ってくれたエースにも水と岩塩を出してやり、僕はとりあえずハニシェとイヴェルを呼びに行った。



 ハニシェとイヴェルに、エースの世話と大山羊車の片付けを任せ、ローガンがソルを風呂に入れていることを伝えてから、僕はオフィスエリアに渡った。

 何とも慌ただしい限りだけれど、こんな時でも、落ち着き払ったハセガワがすぐに来てくれる。それだけで、安心感があった。


「おかえりなさいませ、旦那様」

「やあ、とんだハプニングだよ。あの親子はどう?」

「イトウからは、加療中とのことです。言いにくいことですが、乳幼児の生存率は、一般的にあまり高くありません」

「知ってる。でも、ぼくのことをちゃんと見ていたし、運か生命力か、どっちかは高そうだと思うよ」


 両親にどんな経緯があったのかは知らないが、生まれてきた子供に罪はない。僕が母親と合わせて金貨一枚で買ったのだから、成人するまでは僕が責任をもって養育するつもりだ。


(……人間一人が、銀貨五枚の価値にもならないなんて)


 檻車の中を見た時のように、過ぎ去った前世の記憶が、息苦しいほどに僕の胸をキュウと締め付けてきた。

 もちろん、僕がいた時代でも、もっと安値で人間が売買されている場所が、世界のどこかにはあったかもしれない。その可能性は否定しないけれど、豊かな社会の中で経済的に取り残され、人生ごと使い捨てにされていく恐怖は知っている。


「……若い男の奴隷を買ったんだ。ハニシェと同じくらいの年齢だと思うんだけど、痩せているし汚れているし、よくわからないんだよね。まずは服を用意してやらないと」

「かしこまりました。直ちに」


 そして僕は、ハセガワがソルの服を用意してくる間に、カガミにネーヴィアという家について聞き、それがセーゼ・ラロォナ王国の武家の一門だと知った。


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