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060 やっぱり大人に任せた方がいい

 僕はまず、最初に来た若いメイドを追い返した。

 エレリカ伯母上かカルローからの、謝罪訪問の先触れではなかったからだ。


 次に来た、偉そうな年かさのメイドも、同じ理由で追い返す。


「奥様はお忙しいのです。時間を取らせないでくださいませ」

「客の財産に手を出そうとしたくせに、謝罪の一言もないのか。あのカルローの母親なだけはあるな。ゼーグラー家の人間は、本当に礼儀知らずで困る」


 メイドの眉がきゅっと上がったので、たぶんこいつが、ゼーグラー家からついてきた伯母上の侍女だろう。


「奥様はマリュー家の女主人でございます。奥様にも奥様のご実家にも、無礼ではありませんか」

「ぼくはエレリカ伯母上に、マリュー家の女主人として歓待を受けていないぞ。出迎えにも来なかったくせに、女主人面をするな。それに、エレリカ伯母上には、マリュー家の血は一滴も入っていない。まあ、僕には入っているけど」


 これを聞いて伯母上の侍女が引き下がったのは、伯母上が女主人としての責務を放棄していることを指摘されたからではなく、僕にもマリュー家を継ぐ資格があり、乗っ取りのために来たと思い込んだからだろう。


 それを肯定するかのように、ようやく、ボリュームのあるドレスを着た中年女性が、こちらが夕食中だというのにずかずかやってきた。ノックに返事をする前に、侍女に扉を開けさせて入ってきたので、僕と一緒に食事をしていたハニシェが立ちあがって、僕をかばうように間に入る。


(……へぇ)


 伯母上は色々派手な人だって聞いていたから、アゲハな感じのお水系を想像していたけれど、全然違った。


「ねぇ、ちょっとぉ。夜会に行くんだから、急いでいるんだけどぉ」


 甘ったるいしゃべり方をしたのは、どちらかと言えばロリータ系が似合いそうな、丸顔に困った表情を浮かべた女だった。子供を二人生んでいて、少なくとも三十代半ばのはずだけど、なんかこう……上目遣いな、庇護欲を刺激する仕草をする。


(ひぃっ! きんもー! 地雷系と言うよりは、サークルクラッシャーな臭いがする。やべぇ。関わりたくねぇ……)


 十代の子供がやれば可愛らしく感じる仕草も、アラフォーにやられるとキッツイ。なんだ、この拷問は。


「そのメイド? ……ふーん。わがまま言わないでぇ、早くカルローちゃんにあげてよね。じゃあ」

「おい待て、こら」


 じゃあ、じゃねーんだよ。誰がわがまま言ってるって?


 僕はカトラリーを置いて、体ごとエレリカ伯母上に向き合うために椅子から降りた。


「ハニシェ、ちょっと下がってて」

「ですが、坊ちゃま……はい」


 心配そうな顔をされたけれど、ハニシェを力づくで連れて行かれても困る。もう少し安全な位置にいて欲しい。


「彼女はぼくが雇用しているメイドで、いうなれば財産です。それを、あなたの息子が不当に害し、入手しようとしました。この件について、ぼくは謝罪を受けるつもりでしたが?」

「そう? ごめんね?」


(軽っ!?)


 ちょっと、どう対応していいのかわからなくなってきた。この人、一応世間一般では、名家のお嬢さんの部類のはずだよね?


「謝ったんだから、早くそれあげてね」

「だから、あげません! 彼女は僕のメイドです」

「なによ、意地悪! わからずや! いくら払えばいいのよ!?」


 僕は頭がくらくらしてきたけれど、目頭を強くつまんで、なんとか正気を保とうと努力した。


「そういう問題ではありません。よろしいですか、伯母上。父上や母上が先触れを出していたにもかかわらず、ぼくたちはこの屋敷に到着した時、まったく受け入れ態勢が整っていませんでした。あなたが女主人でないというのならば、それも仕方がありません。伯父上の責任になりますから。ですがせめて、子息の躾や教育くらいは、きちんとしていただきたい」


 自分で躾けられないなら、もっと幼い時からガヴァネスを雇うべきなのだ。そういうことをしないで、なんでもいう事を聞く使用人たちに甘やかさせたせいで、兄のアレッサンドも学校デビューに失敗したんだろう。


「なんで十歳も過ぎて、やっていい事と悪い事の区別くらい、つけられないんですか」

「なによ、子供のしたことでしょ」

「子供のしたことですから、親が責任を取るんですよ。カルローがぼくたちに謝れないのは、伯母上、あなたの責任です」

「だから、さっき謝ったじゃない! もういい! 話が通じなくて、なんだか怖いわ、この子!」


 そう言い捨てると、頬を膨らませたエレリカ伯母上は、踵を返して出て行ってしまった。


 ぱたん、と閉まった扉を眺めて、僕は大きく息を吐きだすとともに、今までに感じたことのない疲労感によろめいてしまった。


「坊ちゃま!」

「ハニシェ~。ねえ、なにあれ? ほんとに、なに? あれ?」

「落ち着いてくださいませ。そうですね、とりあえず、夕食を食べてしまいましょうか。冷めてしまいます」

「……そうだね、明日には出ていくんだから、もういいか。あとは母上に任せるよ」


 そう自分で言っておいて、僕はあの母上が頭痛で倒れそうな未来を感じてしまって、心の中で母上に謝っておいた。話が通じない相手に、いくら言ったって意味がないんだ。


「つくづく、ぼくんちって、マシな家だったんだなぁ」


 両親に再会したら、あらためて感謝の意を伝えてみよう。そう思ってしまうほどに、僕は疲れてしまったようだ。



 就寝中にカルローに襲われてはたまらないので、僕らは箱庭に避難して一夜を明かした。睡眠不足のまま引っ越し作業をして、事故を起こしたくないしね。

 朝戻ってみた客室に異常は見られなかったけれど、大山羊車の方に悪戯されている可能性もあるので、朝食を食べたら早めに出発前の点検をしなければならないだろう。


 そう思っていた矢先に、目を輝かせたルドゥクが来てしまったので、僕らは急いで朝食を済ませて、荷物を大山羊車まで運んだ。


「おはよう、ルドゥク!」

「おはようごぜぇます、ショーディー坊ちゃん!」


 相変わらず、大きな体から出てくる声がデカい。


「ハニシェ、ぼく、おばあ様にご挨拶してくるから、ルドゥクと大山羊車の点検をしておいてもらえる?」

「かしこまりました」


 護衛の冒険者が来ないと出発できないので、それまで時間をかけて、しっかりと点検と荷物の積み込みをしてもらう。ルドゥクはきっと、大きくなったエースのことも興味津々だろうから、待ち時間が暇だという事はないはずだ。


 僕はネロスと一緒にイリアおばあ様の部屋を訪ねて、相変わらず少女のような笑みを浮かべる彼女にいとまを告げた。とはいっても、おばあ様は僕をおじい様だと思っているので、しばらく仕事で帰れなくなる、近いうちにアルセリオ・ブルネルティの家族と会おう、という話をしただけだ。


「オラディオさま、お気をつけて」

「イリアも、じゅうぶん体をいたわるのだよ」


 おばあ様の痩せた体を抱きしめて頬にキスをすると、また真っ赤になって恥じらう。なんて可愛らしい人なんだ。そりゃあ、オラディオおじい様もイチコロだったろうよ!


「ネロス、父上と母上が、何かしら援助してくださると思う。どうか、おばあ様を頼む」

「この命に換えましても」


 僕は、昨日カルローに吹き飛ばされていた使用人たちに見舞金を出し、ハニシェを護ろうとしてくれたことを労った。


 ちなみに、カルローは軽い打ち身と擦り傷だけで元気だそうだ。僕の渾身のドロップキックも、たいしたことはないな。


「短い間だったけど、世話になった。ありがとう」

「もったいないお言葉です。本当に、何から何まで……」

「ううん。この家について、ぼくができることはないよ。あとは、父上と母上が、お話合いしてくれると思う」


 本当に、こういう問題は、まだ子供の僕の手には余る。本来なら、当主クラスが解決なり、話し合いを持つなりするものだ。


(まあ、スパイごと追い出せればいいけど……かといって、伯父上と愛人が戻ってくるのもしゃくだな。全部追い出すか)


 どうも僕の思考は過激になりやすい。

 あの不愉快な母子を追い出したいのは確かだけれど、ここは母上の実家であって、おばあ様がおじい様と過ごした思い出の家だ。滞在しただけで住んでもいない、まして当主や後継者でもない僕が、勝手に暴れるわけにはいかない。


(とりあえず、新しい滞在先に腰を据えてからだな)


 ポルトルルが派遣してくれた護衛の冒険者たちが到着して、ルドゥクが問題ないとお墨付きをくれた大山羊車に乗り込む。やっぱりエースの大きさは、王都住みの人間には驚かれた。


「それじゃあ、行こうか」


 御者をルドゥクに任せた僕たちは、ネロスたち使用人に見送られながら、マリュー家の屋敷を後にした。


 昨夜夜会に行っていたというエレリカ伯母上はもちろん、カルローも……そして、ついに一度も姿を現さなかったアレッサンドも、屋敷から出てくることはなかった。


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