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059 エンカウント

 ルドゥクに奢ってもらった食事の後、僕とウルダンはポルトルルとルドゥクと別れて、マリュー家の屋敷に戻った。


 引っ越しは明日で、護衛の冒険者をポルトルルが派遣してくれることになっている。ルドゥクも僕の大山羊車が見たいと言っていたので、一緒に来るかもしれない。

 奴隷市のセリが三日後にあるらしいので、その日はポルトルルと一緒に、ギルド通りの広場に行く予定だ。


「なんとか落ち着ける屋敷が決まったよ。ウルダンを付けてくれて、助かった。迷子にならずに済んだよ。ありがとうね」

「もったいないお言葉です。こちらこそ、来ていただいたばかりでしたのに、本当に申し訳ございません」

「いいの、いいの。みんなには、気にしないでって言っておいて」


 出迎えてくれたネロスにあらためて平身低頭されて、僕は寛大に手を振った。気苦労が多そうなマリュー家の使用人たちを、僕はあんまり責める気になれなかった。なにより、彼らにはイリアおばあ様を護ってもらうことが一番なのだから。


 明日の準備のために、エースと荷車の様子を見ておこうと、僕らは三人で屋敷の裏手にある厩舎に向かった。


「ルドゥクのあの馬車が通れるなら、エースでも大丈夫そうだったね」

「そうですね。あの馬車にはびっくりしました」


 あらためて僕の大山羊車を見て、大きいとは思うけれど、ルドゥクリムジンに比べれば、まだ小回りが利きそうだ。


 遊んでほしそうに前掻きをして頭を下げるエースを撫でていると、どこからか悲鳴のような声が聞こえてきた。言い争っているようにも聞こえるが、この声は……。


「ハニシェ? ハニシェ!? どこ!?」

「ショーディー様、お待ちを……!」


 ネロスとウルダンを置いて駆けだした僕は、使用人たちが出入りする勝手口に飛び込んだ。

 炊事場やリネン室などがある辺りは、よほどのことがない限り使用人しかいない。家令やメイド長が取り仕切っているので、僕らのような屋敷の主住人が入ることは、どちらかと言えばやってはいけない、推奨されない行動になるだろう、


 それでも僕は、嫌な焦りに泣きそうになりながら、僕の大事なメイドの姿を探した。


「ハニシェ!!」

「坊ちゃま!?」


 その現場を見て、だいたい理解しつつ、僕は突っ込んでいった。


 周囲には、止めようとしたらしいメイドや下男たちが、床に倒れたり壁にもたれたりしている。その中心で、洋画に出てきそうな丸々とした少年に、胸元を掴まれているハニシェがいた。

 ハニシェの髪は乱れ、丈夫なアクルックス製のメイド服が、破れているように見える。


「坊ちゃま、いけませ……」

「ハニシェから手を放せ、このクソガキャァッ!!」


 相手は僕よりも体格が良く、当然ウエイト勝負では僕が不利だ。だから、全力の体当たり……ではなく、ドロップキックを顔面にお見舞いしてやった。


「ブギャッ!!」


 どごーん、とおよそ子供の体躯が出さないような音を立てて床に転がった少年の上に、僕の可愛らしい体がお尻から着地する。衝撃吸収マットとしては、優秀な感触だった。


「ハニシェ、ハニシェ!」

「坊ちゃま! お怪我はありませんか!?」

「それはこっちのセリフ! ぶたれてない? 痛いところはない?」


 ぎゅっと抱き着くと、ぎゅっと抱きしめ返された。

 ああ、なんて酷い。すぐにハニシェを着替えてこさせなければならないのに、僕の目は勝手に洪水を起こしかけている。


「ふえっ、うっ、うえぇぇ~……」

「大丈夫ですよ、坊ちゃま。怖かったですねえ。ハニシェは大丈夫です。坊ちゃまが助けてくださいましたからね。皆さんも、私をかばってくださったんですよ」

「う゛ん゛っ。ひっく……み、みんな……あり、が、とおぉ~」


 感謝を示すには情けない姿だったけれど、感情処理のために体が勝手にむずかって、声が震えてしまう。カルローを止めようとして怪我をした人もいるかもしれないし、あとであらためて、ちゃんとお礼を言った方がいいだろう。


「ショーディーさまっ……!」


 追いついてきたネロスに後は任せて、僕とハニシェは先に客室に戻ることにした。なにより、ハニシェを早く着替えさせないといけない。


 ハニシェが身だしなみを整えている間に、涙をぬぐった僕は魔道具のポットでお茶を入れた。王都リーベでは、お茶よりもお酒が一般的らしい。“障り”避けがあったせいで、だいぶ水質が悪いんだろうな。


「まあ、坊ちゃま。お茶ならハニシェがご用意しますのに」

「いいの。座って、ハニシェ。災難だったね」


 アクルックス製のアーモンドキャラメルをお茶請けに出して、ハニシェから何があったのか詳しく聞いた。


 ハニシェはそのとき、他の使用人たちと一緒に洗濯物を取り込んでいたそうだ。そこへ、ハニシェを新しい使用人だと思ったカルローがちょっかいをかけてきたらしい。


「ごめんね、ハニシェ。怖かったでしょ」

「大丈夫ですよ。坊ちゃまのせいではありませんから、謝らないでくださいまし。まあ、大人の男性からの視線はわかるのですけれど、坊ちゃまやモンダートさまは、その……あまりそう言う事はされませんので。驚いただけです」

「ああ」


 ハニシェの胸は大変ご立派だ。さらに言えば、アクルックスで立体縫製の技術を持ったメゾンが出来ると、下着を作るモデルとして大いに貢献したらしい。ちなみに、製品は女性冒険者から大好評だ。その報酬として得たブラジャーをしているので、さらに寄せて上げた大豊作に見えるわけだ。


 僕は自他ともに認める紳士だし、兄上はまだそういう事に興味がない。カルローは十三歳で、たしかにそういうことに興味が出てくる年頃ではあるだろう。だからといって、暴力で屈服させていかがわしいことをするなんて、言語道断だ。


「あれがぼくの従兄弟かぁ」

「噂通り、まったく比べものになりませんね」

「えへへっ」


 比べる対象があまりにも下品なので、あまり高評価には感じないのだけれど、ハニシェに褒めてもらえると、それはそれで嬉しい。

 不快なエロガキを思い出して口角が下がっていたハニシェだけれど、アーモンドキャラメルを口に含むと、ほわりと微笑んで、あらためて僕に、潤んだ優しい視線をくれた。


「坊ちゃま、私をダンジョンに連れて行ってくださり、本当にありがとうございました。ダンジョンで鍛えていなかったら、私は全く抵抗できなかったと思います」


 僕らは度々アクルックスのダンジョンに行って、小遣い稼ぎと情報収集をしていた。もちろんハニシェにはちゃんと給料を出していたので、これは休暇のアクティビティみたいなものだ。


「カルローって、そんなに強かった?」

「おそれながら」


 カルローはたしかに、齢のわりに体が大きく見えた。身長はこれからもっと伸びるだろうけれど、体積が多い。ぜい肉がブヨブヨ余っている感じではなく、皮膚の下がぱっつんぱっつんな感じ。まるで、栄養が行き届いて食べごろになった豚のようだ。


(脂肪過多と言うより、成長期の筋肉だろうな。大人と同じくらいの体重はありそうだ)


 前世を思い返せば、あんな感じに体格のいい男子が、中学校の同学年に二人か三人はいた気がする。子供の多い時代だったから、同い年でも体型の幅が広くて、珍しくはなかった。


(あいつらみんなパワー系で、体育の授業で身体が接触しても、当たり負けているところを見たことがなかったな)


 技術のある体育教師や武道を嗜んでいる大人なら抑え込めても、女性や毎日デスクワークばかりしているような保護者では、なにかあっても止めることが出来なかっただろう。

 こちらの世界で言えば、さらに身分差というものがある。いくら肉体労働をしている大人でも、使用人という立場では強く出られないし、まして反撃なんてありえない。


「たぶん、素で筋肉が多いんだろうな。マリュー家の使用人たちも吹き飛ばされていたし。なにか、スキルを持っているってことはなかったよね?」

「はい。マリュー家のお子様たちは、スキルを授かれなかったと聞いています」


 アレッサンドやカルローがスキルを隠し持っている可能性もゼロではないけれど、あれだけ普段から好き勝手に暴れているようなメンタルの人間が、スキルを誇示しないのは少し不自然だ。


「まあいい。引っ越し先は見つけてきたからね。明日、さっさと引っ越そう」

「まあっ。早く見つかって、良かったですね」


 荷物もほとんど解いていないから、すぐに出発することができるだろう。


「すごく広いお屋敷を借りられたんだよ。それからねぇ……」


 僕は今日一日あったことをハニシェに話して聞かせ、落ち着いたら王都でショッピングすることを約束した。

 破かれてしまったアクルックス製のメイド服の代わりにはできなくても、お出かけ用ドレスの一着や二着くらいプレゼントするとしよう。



 そして、その夕方のこと。

 ハニシェとたくさん話をして、気持ちや考えを整理できた僕が待ち構えている客室に、ついにエレリカ伯母上の使用人がやってきた。


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