057 引っ越し先探し
なぜか僕以上に気合が入ったポルトルルとルドゥクについて行って、商業ギルドの建物のひとつをたずねた。
ここは商業ギルド本部ではなく、王都の不動産関係を扱っている部署のうち、貴族などの上流階級を相手にする専門の建物だそうだ。建物自体も割とおしゃれだし、内装もずいぶん金がかかっているように見えた。
「そういえば、どんな家を探してるんだ?」
ルドゥクに見下されて、僕は首が痛いくらい見上げながら説明した。
「えっとね、ぼくの家族が来年王都に来るから、大山羊車や馬車が余裕で置けて、使用人含めて生活できる屋敷がいいな。期間は、とりあえず一年借りられればいいけど、今すぐ借りられるのがいい」
「なるほど。てことは、狭い道に面しているのはナシだな。厩舎完備だと、けっこう絞られるぞ」
ブルネルティ領から使用人を引き連れてくるという事は、それだけ馬車や大山羊車も多いという事だ。ただ、王都の土地も限りがある。
ポルトルルとルドゥクという大物を迎えて、商業ギルドも不動産担当者のトップを出してきた。個別の応接室に通され、使用人であるウルダンは出入り口近くに立ち、僕の左右にポルトルルとルドゥクが座った。両隣からの圧がヤベェ。
「ご来店ありがとうございます。担当させていただく私は、当支店を任されております、エスポロと申します」
鼻下に白いひげを蓄えた、どことなくコロコロした雰囲気のおじさんが、僕たちの前に座ってニコニコと会釈をした。だけど、僕はなんとなく腹の中がヒヤッとした。体型からして、うちのダイモンみたいだけれど、エスポロの目は笑っていない。
「冒険者ギルドと運輸ギルドの両長がお揃いとは……本日はどのような物件をお探しですかな?」
さらっと無視されてムカついたので、僕はできるだけ権威を利用することにした。
「ぼくの兄上が国王様に御呼ばれされているから、父上たちと一緒にしばらく王都で暮らすんだ。だから、その為の屋敷だよ」
「ほほう! それは大変ですな。さっそく、候補をお出ししましょう」
動揺を見せなかったのは流石商人だけれど、ちょっとおもしろくなさそうな目をしている。もしかしたら、こいつも名がある家の出身なのかもしれない。
せっせと運び込まれてくる羊皮紙の束の中から、エスポロに口を挟ませることなく、ポルトルルとルドゥクがさっさと選り分けて僕の前に出してくれた。大量のカス物件を横目に、僕は二人のお眼鏡にかなった物件に目を通した。
思っていたより全体的に家賃が高いと思ったけれど、意地悪をされているわけではなく、来年の儀式で稀人を見ようと、あわよくばお近づきになろうと、地方から身分を問わず、人が流入しているかららしい。
「こいつは三番通りに面していて、馬車や荷車の出し入れが楽だ。ただ、ちょっと中心街からは外れているな」
「こちらは少々高いですが、貴族街の端に位置していて、王城や省庁舎へのアクセスも良いですね。ブルネルティ家の威を示すには、ちょうどよいかと」
「これは……見覚えのある住所だな。あぁ、ネッテルベア家のだな? えっ、売りに出してるのか?」
「ああ、あの大豪邸でしたか。貴族家の持ち物ですから、見栄えもいいですし、設備も充実していますよ。ただ……ちょっと広すぎますかね?」
「んじゃあ、保留だな。それよりこっちのがいいか。こいつは立地も規模も申し分ないが、ちと古い屋敷だな」
住所や築年や敷地面積や付属設備や家賃やらが書き込まれた書類を見比べ、僕は最終的に五つの候補に絞った。
ちなみに、僕は父上から、家賃に関する費用に糸目はつけなくていいと言われている。それは、今回の王都入りが、国王の指示だからで、滞在費は国が持ってくれることになっている。太っ腹なことだが、自分で呼んでおいてケチ臭いと思われたくないなら、必要経費だろう。
「じゃあ、実際に見に行ってみよう」
「では、お車をまわしますね」
「それには及ばんな。ウチの馬車を用意させている」
ルドゥクがにべもなく言って立ち上がったので、僕とポルトルルもそれに続いた。だけど、そんな喧嘩腰な言い方で大丈夫だったのかと、少し心配になった。
「ねえねえ、運輸ギルドの馬車の方がいいの?」
こそこそとポルトルルに聞けば、周囲に油断ない視線を走らせていた表情を柔らかく崩して、僕に頷いた。
「ええ。見れば、納得されるでしょう」
はたして、ポルトルルの言ったとおりだった。
「ちっさ!」
商業ギルドの前に停まっていた、装飾だけは立派な馬車は、箱車自体が小さくて、車輪も無駄に彫刻とかが入っている。なんだか、前世で見たデコ系改造車を思い出した。高級車なんだろうけれど、金のかけ方というか、方向性に偏りを感じる。
(それでも、王都の道を走らせるなら、一頭立てでこのくらいのサイズでちょうどいいのか?)
装飾のせいで重量がかさんでいるのか、おそらく見た目ほど車内は広くないだろう。本当に四人乗れるのかどうかもあやしく思う。
「おう。こっちだ、こっち」
対して、ルドゥクが用意した馬車は、四頭立てで……。
「すごい。でっかい。すごい」
僕の語彙が死んだ。
たぶん、馬車なんだろう。馬が牽いているから。だけど、箱車のサイズがおかしい。幅は僕の大山羊車より一回り大きいし、長さなんて倍以上ある。どこもかしこも頑丈そうで、たしかにこのくらい大きくないと、巨漢のルドゥクが乗れない……かもしれない。
「……これ、曲がれるの?」
「あたぼうよ! さぁっ、乗った、乗った!」
ルドゥクに急かされて乗ってみると、車内はまるでリムジンだった。壁際に詰め物がたっぷり入ったソファが並んでいて、脚もゆったりと伸ばせる。車体が大きいからといって、床がたわむこともなく、扉や窓から見える壁の厚さも十分だ。
実際はトレーラーのような、「馬で引っ張るリムジンっぽい豪華箱車」がより全体を表すのに適しているかもしれないけれど、この車が高級リムジンだとしたら、さっきのは過剰にデコった軽だろう。
「迷宮を職人に開放してくれたおかげで、こんなにスゲェ車を作れるようになったんだぜ? まず、功労者にお披露目をするべきだよなぁ?」
どっかりと座ったルドゥクの隣を示されて、僕もちょこんと座る。
ルドゥクリムジンには、僕とルドゥクとポルトルルとウルダンと、最後にエスポロが乗り込んだ。
エスポロが乗ることに、ルドゥクは嫌な顔をするのかと思ったけれど、逆にすごいドヤ顔で面白かった。この車を作れたことが、すんごい自慢なんだろうな。
走り出したルドゥクリムジンは、僕の大山羊と同じくらいは静かで揺れなかった。おそらく、同じ技術か、職人たちによってもっと洗練された部品や機構が使われているのだろう。
(やる気のある人は、やる気があるし、向上心もちゃんとあるんだな)
個人の気持ちは元より、こうして採用先がある、適正価格で買い取ってくれるところがある、っていうのがいいんだろう。
モチベーションっていうのは、そもそも報酬のことだ。十分に報われるからこそ、もっと頑張ってやろう、という気がおきるのであって、ただ搾取されるだけでは、意欲などおきようはずもない。
「どーよぉ! この広さ、この静かさ、この揺れなさ! 追及された快適ってやつだ!」
「すごいね! ぜんぜんお尻が痛くないよ!」
「だろう? こいつがあれば、やんごとない身分の方々も、気軽に遠出できるってわけだ」
実際、地方に住んでいる僕たちのような領主家にとっては、ありがたい車になるだろう。王都に来るにしても、近隣の他領主のところに行くにも、今よりもぐっと楽になるはずだ。
ルドゥクは職人ギルドと提携して、大々的に売り出すそうだ。
「ぼくの父上も、欲しがるんじゃないかなぁ。サイズは、もうちょっと小さくていいんだけど」
「ブルネルティ領には、もっといい車があるんじゃねぇですかい?」
「ここまでの物を作るには、もう少し職人が腕を上げないとね。それに、材料の質も、ルドゥクが集めている以上の物はないよ」
各地で作られる素材を知っている運輸ギルドなら、国中どころか国外の物だって手に入るだろう。
「こんなに大きな馬車が作れるようになったんだから、道ももっと整備しないとね」
「そうっ! そこなんだよな! だから、この車を売る時に、領主の皆々様には、ぜひ街道の整備をお願いすることにしているんだ」
街道が整えば、物流が活発になり、より豊かになるだろう。
そんな風に、僕とルドゥクの会話は弾んでいたけれど、馬車がゆっくりと停まったことで、エスポロが嫌な笑い方をしたのが見えた。




