表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/115

005 世界の危機と、迷宮の意義

 ざっと触ってみた結果、僕にある裁量が膨大なことだけはわかった。



― ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションにようこそ


― デザインから施工、運営管理まで

― あなたが創造する迷宮を、的確にサポートいたします



 見慣れないアプリは「ラビリンス・クリエイト・ナビゲーション」というらしく、迷宮創造に関するすべての操作がここからできるらしい。


「建設場所選定、施工計画、建材モデル、ギミックデザイン、素材エディタ……やれることがいっぱい……」


『我々にとって、貴方が希望なのです。貴方を危険から守りつつ、存分に力を発揮していただく。そのためのスキルです』

「ぼくの【環境設計】スキル、パない!」


 迷宮と言っても、いわゆるゲームみたいなダンジョンを創るだけではない。僕が姿見からこの部屋に入ったように、どこでも迷宮に改造することができるのが『迷宮建築家』であり、付随するユニークスキル【環境設計】なのだとか。


「うわ、すごい。このスキルなに?」


 僕のスキルのことではなく、アプリ内の「スキル一覧」というカテゴリーに入っていた、膨大なスキル群のことだ。


『この世界で確認されている、すべてのスキルが網羅されています。迷宮運営に関わる従者を製造する時に付与するなど、ご自由にお使いください』

「ええっ、勝手に使っていいの!?」


 たしかに、迷宮を護るモンスターも、稀人のお世話をする従者も作れるみたいだ。

 この世界の人間には憧れのスキルを自由に付与できるって、ほとんど神なった気分だよ。気を引き締めてかからないと、僕自身が倫理的にダメな人間になりそうだ。バランスも大事だしね。


 僕はひとまずアプリを閉じると、虚空に話しかけた。


「んーと……聞きたいことがいっぱいあるんだけど、いいかな?」

『どうぞ』

「あー、そのまえに、話しにくいから、出てきてもらえる?」


 白い少年が姿を見せてくれたので、僕はチェアから降りて、彼の手を引いた。


「えっと、こっちに応接室があったよね」


 前世の記憶を頼りに、アトリエの壁にドアと、その向こうにあるはずの応接室をイメージする。仕事が立て込んで家に帰れないときは、そこのソファで寝たこともあった。


「ん、できた」


 さすが僕の【環境設計】。現れたドアを引き開くと、そこには簡素な応接室ができていた。


「すわって。飲み物あるかなー?」


 応接室の隅に設置されたミニ冷蔵庫には、いつも水かお茶は入っていたはずだ。はたして、紙パック入りの緑茶が入っていた。


「グラス……んー、でてこい!」


 前世の記憶から給湯室を思い出すのも面倒くさくなって、両手にグラスをイメージする。シンプルながら、普通にガラスのコップが出てきた。


『もうスキルを使いこなしていますね』

「こういうのは、イメージと、気合がだいじって、前世でしってる」


 ローテーブルにグラスを並べ、パックから冷えた緑茶を注いだ。


「そちゃですが」

『ふふっ、ありがとうございます。……これが、貴方の世界の味なんですね』


 僕も白い少年の隣に座って、グラスからお茶を飲んだ。うん、ちゃんと緑茶の味がする。


「ねえ、キミのこと、なんて呼べばいい? かみさま?」


 白い少年は少し考えるように沈黙した後、首を横に振った。


『神……この世界を創造した者という意味ならば、違います。我々を表す、適切な言葉は存在しません。貴方の語彙に当てはめれば、我々は意思であり、エネルギーであり、この世界に生まれては還る多くの魂です』

「ライフストリームとか、みんなのご先祖さまとか?」

『その解釈で、おおむね』


 たしかに、神様っていう雰囲気ではないけれど、日本の宗教観に照らし合わせれば、言いようによっては神様の範疇に入るかもしれない。


「むーん。じゃあ、なんて呼ぼう? 名前がないと不便だよ」


 僕と同じ姿で真っ白だと、色を塗る前の塗り絵みたいに見えるんだよねえ。


「ぼく、ネーミングセンスないから、見たままのシロとかになっちゃうよ?」

『いいですよ』

「ええー」


 そんなでいいのか、と思ったけど、中身稀人からの命名が嬉しいのかもしれない。シロは笑顔だけれど、出会った頃と相変わらず、病気しているようにガリガリだ。


『貴方のサポートするこの姿の時は、シロと名乗りましょう』

「……まあ、それでいいなら」


 気に入ったなら、僕が文句を言う筋合いではないだろう。

 頷いた僕は、空になっていたそれぞれのコップにお茶を継ぎ足して、肝心の質問に移ることにした。


「あのね、そもそも、どうして迷宮が必要で、ぼくが呼ばれたの?」

『……そうですね。長い話になりますが、最初からお話させていただきます』


 シロは悲し気に顔を曇らせると、この世界の仕組みから話してくれた。



 僕が呼ばれたこの世界は、やはり科学よりも魔法が発達するような構造になっていたらしい。

 人々は魔力を扱い、独自の法則で文明を発達させていく……はずだった。


『いまから、正確には六四二年前のこと。人々の生活が、いまだに狩猟や採集が主で、原始的な農作や牧畜を始めた所では、ゆるやかな都市国家が形成されてきた頃のことです。ライシーカという男が現れました』

「あっ、さいしょに、異世界人を召喚したひと、だね」

『はい。そして、現在のライシーカ教皇国の基礎を築いた人物です。ただ……彼がこの世界の人間だったかどうかは、我々にもわかりません』

「え……ど、どういうこと?」


 現在言い伝えられている聖ライシーカは、強力な魔法使いであり、この世界には存在していなかった、召喚魔法を作り出し、彼方の世界から異世界人を呼び寄せることに成功した。


『彼が特異点だったのか、それとも完全な異物だったのか、それは我々にはわかりません。確かなことは、我々の中にライシーカがいないことです』

「え……じゃあ、ライシーカは死んでも、たましいがこの星に還らなかったか、ライシーカがまだ生きているってこと?」

『はい。それか、生きているうちに彼自身の世界に帰ったか。考えられるのは、そのくらいでしょう。もしかしたら、ライシーカこそが、神だったのかもしれませんが』


 シロの肯定に、僕は心の中で「そんな馬鹿な」と唸った。


 この世界を巡るエネルギーであり、魂の集合体であるシロたちにとって、ライシーカは正体不明な存在であるという。

 もしも六百年以上も前の人間であるはずのライシーカがまだ生きているならば、稀人を保護しようとしている僕は、完全に敵対者という事になる。人間かどうかもあやしいライシーカとグルメニア教に狙われたら、僕は安全な迷宮から外に出ることができなくなるだろう。


『こう言ってはなんですが、異世界人召喚だけなら、ここまで急速に世界が滅びに向かう事はなかったでしょう。稀人は、魔法に理解があります』

「どういうこと?」


 僕が隣を見ると、シロは今までに見たことがない苦々しい表情を浮かべていた。


『……貴方は、この世界の人間を見て、どう思いましたか? 性格というか、気質的な意味です』

「ほえ?」


 そう言われても、僕が知っているのは家族と、城館で働いている使用人たちしかいない。


「んんー、たくさんの人を知っているわけじゃないけど……よくいえば、素朴で素直」

『……悪く言えば?』

「かんたんに騙されるし、感情的だし、あんまり自分でかんがえない」


 つまり、精神的に未熟。向上心も探求心も乏しい。ネィジェーヌ姉上の自制心がすごい上振れしているのは間違いないけど、日本の小中学生を知っている僕からすれば上の下程度。つまり、わりと普通に真面目な子って感じ。


 おそらく、この世界の人間は、忍耐を必要とする試行錯誤をしてこなかったせいで、根性や粘りなどに対する理解が低く、時間と資本をかける必要を軽視している。稀人から結果物が提供されるから、失敗に慣れていないのだ。そして、自分たちで積み重ねた知識や経験、研鑽が、圧倒的に少ない。()()()()()のための土台がない。急速かつ簡単に、便利になりすぎた弊害だろう。


「理解できなかったり、言い負かされたりすると、すぐに怒るし。たぶん、ぼくなら、父上も、姉上の先生たちも、ぜんいん泣かせられる」

『い、いじめないであげて……』


 僕の物騒な発言に、シロが震えた声を出した。大丈夫だよ、虐めないよ。僕を虐めてこなければの話だけど。


『貴方の言うとおり……この世界の人間は元々、とても打たれ弱い性質を持っています。簡単に他人を妬み、困難に対して怒り、自分ばかりが貧しいと嘆き、もっと便利な知識が欲しいと強欲です。それでいて、稀人の境遇には無頓着。薄情です』

「シロ、自分でわかってるのに、なんで?」

『まっさらに忘れて生まれるからです。そして、死んで我々に還って、後悔する。その繰り返しを、延々と繰り返してきました』


 それは辛いなぁ。豆腐メンタルなのに、死んだ後もダメージが入るなんて。完全に病むよ? あ、だからシロはこんなに痩せてるの?


『元から惰弱な我々に、世界は救済の仕組みを与えてくれていました。我々の悍ましく浅ましい感情を集めて無毒化し、さらにそれを魔力に変換する仕組みです』

「ほうほう!」

『それを……ライシーカは破壊しました。召喚した異世界人を使って』

「へ、ぇ…………まさか、“障り”って……」


 絶句した僕に、シロは申し訳なさそうに、小さな声で告げた。


『グルメニア教が邪神と呼んでいるのは、その浄化変換装置です。“障り”は浄化されていない感情が凝ったもの。実際に影響を及ぼす怨念。……貴方に作っていただきたい迷宮は、その代替システムなのです』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ