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044 知りたくなかった大発見

 鉱山の町コロンは、領都フェジェイに次いで人口が多い。と、いうことは……。


(くっさぁぁ~~~!!!!)


 “障り”避けと称される、うんこの壁が、やっぱり町中にあった。


(迷宮もそうだけど、ダートリアもちゃんとトイレが作られて、公衆衛生が良くなってきていたから、すっかり忘れていた……)


 きちんと窓を閉めていても、もうね、臭いが目に沁みる。


「……」

「うぅ……」

「きもちわるい……」

「もう少しで、代官邸に到着しますよ」


 姉上はハンカチで顔ごと覆っているし、兄上も僕の隣で顔色が悪い。ハニシェが励ましてくれるけど、ガタゴトと揺れる道もあって、あとちょっとで三人分のゲロが生産されるところだった。


 僕らがフラフラしながら箱車から降りると、出迎えてくれたコロンの代官が慌てて室内に入れて休ませてくれた。


「この前の嵐で、だいぶ流れたって言ってたけど……。真夏は、もっと臭かっただろうな……」

「兄上、想像したくないです……」


 姉上はベッドのある部屋に通されて、兄上と僕は談話室のソファにだらしなくのびた。


「ハニシェ、こんな所に住んでたの?」

「坑道の近くより、町中は特に臭いが酷いですが……まあ、私が住んでいた所も似たようなものですね」


 よく赤痢やコレラが発生しないよな。いや、僕が知らないだけで、似たような疫病は発生しているのかもしれないけど。


 迷宮産の水差しとポットを持ってきたから、飲み水や手洗いの水は心配していない。だけど、代官邸の中にいても漂ってくる臭いのせいで、食欲なんか絶対にわかない。


「ショーディー、やること済ませたら、さっさと帰ろうな」

「はい、兄上」


 兄上は視察にあたって、学園の教諭から課題を出されているはずだけど、きっと最速で片付けるに違いない。あんまりよくないだろうけど、僕も助言できることがあったら、遠慮なく口を出してしまいそうだ。


(少しは観光しながら街の様子を見られると思っていたけど、これは無理だ)


 衛生環境が改善されてからでないと、アクルックスのレベルに慣れた僕たちは体調を崩してしまう。


「……兄上、ぼく気が付いてしまったんですが」

「なんだ?」

「王都って、こんなもんじゃない、のかも?」

「……」


 兄上、声もなく顔を覆ってしまった。うん、気持ちはわかる。


「ロロナさまも、ダートリアやアクルックスが清潔でよろこんでいたもんね」

「ショーディー、俺、王都に行きたくねぇ」


 命の危険とは別に、行きたくない切実な理由が出来てしまった。


「元気出してください。王様の命令ですし」

「ちっくしょーー!」

「迷宮に、臭い消しの薬があるかもしれませんよ。帰ったら、聞いてみますね」

「たのむー!」


 魔力タンクアイテムを作ってくれているイトウには、残業をお願いしてしまうかもしれない。動物の世話をしているミヤモトも、臭いを消すための知識を持っているかもしれないし、急いで消臭剤を開発しよう。


 そんな感じで兄上をお慰めしていたけれど、夜には姉上の侍女から「かなり嫌味を言われている」と報告があった。


「お上品すぎてヤワな、お嬢さんと坊ちゃんだって?」

「はい」


 冒険者ギルドと迷宮都市の繋ぎをしているのが僕な関係で、姉上のまわりにいる元冒険者の使用人は、必要と思われることをこっそり僕に報告してくれる。きっと、姉上や兄上よりも、僕の方が性格悪いから、けんぼーじゅっすーに関係したことを話していいって、ライノ辺りから吹き込まれているんだろう。ひどい偏見だ。


(まあ、情報はありがたい。子供だからって、大事なことから除け者にされるより、ずぅっとマシだ)


 今回は、このコロンの代官邸にいる使用人たちの噂話に関して。


「領主の子供に対して、ずいぶんな言い様だね。領主が住んでいる城館に、わかりやすく“障り”避けがあると思っているのかな」


 アルカ族ばかりのミモザに住んで、アクルックスに遊びに行ったり、ダートリアに顔を出したりしているから、これもやっぱり忘れていた。この世界には、グジグジとした心の弱い人間が多いことを。


「姉上と兄上のお耳に、直接届かなければいいよ。ダートリアやアクルックスの清潔さを知らない羽虫が、“障り”避けの上でうるさく飛んでいるだけだ。目に余るようなら、アンダレイから父上に知らせるように」

「了解しました」


 そこは「かしこまりました」では? と、思わず苦笑いが浮かぶ。状況や雰囲気によっては、まだ冒険者の頃の癖が抜けないんだろう。


 僕は姉上の侍女と別れると、ハニシェにもお休みを言って、兄上と一緒の客室でベッドにもぐりこんだ。


「おやすみ、ショーディー」

「おやすみなさい、兄上」


 明日には、さっそく坑道の視察がある。



 コロンで一番大きな坑道がある鉄鉱山は、思っていたよりも整備されていた。


 電動掘削機なんてないけれど、燿石が使われた明かりが坑道内を照らし、トロッコが鉄鉱石を運んでいた。

 坑道の壁は綺麗にくりぬかれ、出入り口も土砂で崩れないように、しっかりと補強されている。


「え~、う~ん……」


 兄上は地面に両手をついて探査をしているけれど、結果は芳しくないようで、しきりに眉間にしわを寄せている。


「兄上?」

「魔力が全然通らない」

「へ?」


 なんじゃそりゃ、と僕が目を丸くすると、兄上は坑道の出入り口を行ったり来たりしながら、しきりに辺りを見回した。


「どうしたの、モンダート?」


 コロンの代官から説明を受けていた姉上が、兄上の落ち着かなさに声をかけてきた。


「姉上、もうちょっと人が少ない所で、探査したいです」

「ぼくたちが行きます。ハニシェ、案内してもらえる?」

「かしこまりました」


 土地勘のあるハニシェが請け負ってくれたので、僕は姉上を護衛達に任せて、兄上と一緒に別行動をすることにした。


「変だなぁ。アクルックスのダンジョンとか、ダートリアの辺りだと、ちゃんとできたんだ」

「なんででしょう?」

「わかんねー」


 アクルックスのダンジョンの中には、かつてのラポラルタ湿原を模したフィールドもあり、そこかしこに深い泥沼があるので、兄上の地中探査は安全なルートを探すのに非常に便利だ。ダンジョンの中や、水路建設のためにダートリア周辺を探査した時は使えたのに、コロンの鉱山で使えないなんて、たしかにおかしい。


「どんな感じで、できないんですか? 兄上の魔力が、消えちゃうんですか?」

「いや……なんていうか、ぐちゃぐちゃにされる感じ」

「ぐちゃぐちゃ……?」


 魔法学園でアルカ族の教諭たちにしっかり鍛えられた兄上は、魔力の操作がとても上手になった。指向性を持たせて、レーダーのように探査しているのに、それがぐちゃぐちゃになるって、どういうことだろうか。


「水が多いところとか、逆に石ばっかりのところとか、そういうのはわかるんだ。鉄鉱石の反応も、学園で予習してきたからわかる。だけど、鉱山の中は……なんていうか、滅茶苦茶に反射されるって言うか、全然わからない」


 鉱山の入り口からしばらく山道を歩いて、木材を伐り出して地面が剥き出しになった場所にたどり着いた。青々とした南の山脈が、遠くまで見える。


「この辺りには、坑道が延びていないはずです」

「ありがとう、ハニシェ」

「よし、やってみる」


 集中した兄上が地面に両手をついて探査を始め、いくばくもしないうちに立ち上がった。


「やっぱりダメでした?」

「いや、わかった。わかったけど、わかんねー」


 わけのわからないことを言い出した兄上は、腕を組んで自分の足元を睨んだ。


「坑道の先に、鉄の反応が続いている。んで、それよりもっと下に、坑道と同じような、ぐちゃぐちゃになる層があった」

「魔力を阻害する地層……そういう鉱石がある、ということでしょうか?」


 自分で言ってて、なんてヤバい物を発見してしまったんだと泣きたくなった。


「ショーディー、たぶんこれ、内緒にしておいた方がいいぞ」

「そうでしょうね。知られる前に対策しないと、魔法が封じられてしまいます」


 兄上は嫌そうに顔をゆがめ、僕も天を仰いだ。


「たぶん……燿石、だな」

「ですよねぇ」


 坑道には、燿石を使った灯りがずっと続き、トロッコが動いていた。


 僕と兄上は顔を見合わせ、大きなため息をついた。


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