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039 利用するなら対価を支払え

 ダートリアの街を爆走して、アクルックスまで急ごうと思っていたのに、結局ダートリアの門に到着する前に、見回りの衛兵に捕まってしまった。


 僕のことは知られているし、僕が悪いんじゃなくて、「領主の子供に罪人を乗せた荷車なんか牽かせられない」ということだった。

 家出した身とはいえ、功績を上げ続けているので、領主の子供扱いされておいた方が、まあ都合がいいだろう。言われてみれば、納得の理由だ。


「それだけではありません。ショーディーさまが力持ちで、ご自分で行った方が早いと思われるのは、我々にもわかります。ですが、小さなお体では、まわりから見えづらくて、事故に遭いやすいのです」

「あっ、たしかに」


 ダートリアはまだまだ建築途中で、大荷物を抱えた労働者や大山羊車が、出たり入ったりしている。


(工事現場に子供がウロチョロするものじゃないな。これは明らかに、僕が悪かった)


 大人しく衛兵に牽引を代わってもらい、そのままダートリアを抜けてアクルックスまで歩いた。


 元は湿地帯だけど、冒険者たちによって道が踏み固められたので、一時間もあればアクルックスの城門が見えてくる。ただ、そろそろ日が暮れるので、急いだほうがいいだろう。

 アクルックスの城門前は、退去させられた冒険者でごった返していたけれど、原因の罪人を連れてきたから通してと言ったら、すぐに道が開けた。


 ルナティエと冒険者たちとの間で死んでないか心配だったけれど、胃が痛そうな顔色をしつつもライノは生きていた。


「ロロナ様の許可取ってきたよ~。煮るなり焼くなりさらし首なり、好きにしろって」

「そ、そうか……」


 ライノは安心したのか、ふらふらと顔を押さえてしゃがみこんでしまった。貧血かな? 大丈夫?


「ルナティエ、この二人が、アクルックスをよこせって、きょーかつしてきた、ヨーガレイド家の侍女だよ。しょぶんは、迷宮主の判断におまかせだよ!」

「承りました。では、こちらでお預かりいたしますねぇ」


 じたばた暴れている侍女二人が荷車から降ろされ、アクルックスの屈強な衛兵に引き渡された。引きずられるように歩かされ、遠ざかっていく間、何やら泣き喚いているのが聞こえたけれど、僕たちの誰も気にしない。


 それどころか、ルナティエの次の宣言に、大きな歓声が沸いた。


「浅ましく欲深き輩は、迷宮に断罪されました。我々の勝利です。緊急警戒宣言は直ちに取り下げられ、ダンジョンにも入っていただけることでしょう。また祝賀のため、本日の宿泊費は、どこの宿でも半額にさせていただきます!」


 一度追い出されはしたものの、すぐに再入場できて、しかも宿代が半額になると聞いて、冒険者たちは続々と城門の前に整列していった。以前なら、我先にと殺到しただろうけれど、アクルックスの中で順番に並ぶ癖がついたのかのかもしれない。


(些細な事でも問題を起こすと、すぐに警備員に捕まるからな)


 三回強制退場でアクルックスに出入り禁止になるし、悪質ならその場で処刑されて、迷宮に飲み込まれる。学習しない輩に、迷宮都市に入る資格はないのだ。

 子供の躾かと若干情けなくなるが、彼らが生まれ育った国では、日本のような文化ではないので仕方がないだろう。


「お仕事増やして悪いんだけど、これ代官邸に返してきてもらえる?」

「了解しました。ショーディーさまは、戻られないのですか?」

「ぼくは、これからルナティエとお話しなくちゃだから、今夜は市長のお家に泊めてもらうよ」

「わかりました。そのようにネィジェーヌさまにお伝えします」


 ここまで牽いてきた荷車をダートリアの衛兵に任せて、僕は冒険者たちに混じってアクルックスに入った。


「ショーディーさま」


 真っ白なユニコーンが牽く馬車の前で、ルナティエが待っていてくれた。


「ありがとう。今回はご苦労様だったね」

「恐れ入りますぅ。実際の脅威はありませんでしたので、良い訓練になりましたねぇ」


 僕がルナティエと一緒に乗り込むと、馬車はすぐに動き出した。


「おお、全然揺れないし、静かだね」

「ご期待にそえて、よかったですわぁ。運用はアクルックス内だけですので、数台だけ用意しておりますぅ」

「うんうん。他の迷宮都市を出した時にも、同じ車体を作らせていいかな?」

「はいぃ、もちろんでございますぅ」


 僕には前世での機械系の知識は少ないけれど、これまでに召喚されて来た稀人たちの知識には、乗り物の部品についてもちゃんとあった。近代的な素材が手に入らなくても、迷宮でなら似た物を魔力で作れるから、本当に便利で快適だ。


 馬車に乗っていると市長邸にはすぐ着いてしまうので、さっそく今回の事後処理について打ち合わせをした。


「一発の使い捨てとはいえ、緊急時にちゃんと使えてよかったよ」


 僕がロロナ様の侍女を無力化している時、ルナティエには魔道具を使って連絡をいれていた。

 いまのところ、一方的に、一言二言しか声を届けることはできないが、それでも役に立った。


「迷宮の外にも魔力が満ちれば、もう少し魔道具の負担が少ないものが出来るかもしれませんねぇ」

「そうなんだよねー。いまはこれが精いっぱいだって、イトウも言ってたよ」


 迷宮の中でなら、電話に似た通信手段は作れそうだった。ただ、迷宮の外に出てしまうと、魔力不足でどうにもならない。

 迷宮産の魔道具には、ダンジョンでドロップする魔力石や属性石が、電池やバッテリー代わりの動力源として組み込まれている。だけど、通信機器を作ろうとすると、運用に大量の魔力が必要になり、そうすると内臓の魔力石だけでは出力不足になった。もちろん、携帯電話のような小型化は、いまのところ夢物語だ。

 今回僕が使ったのは、ひとつの魔力石を二分割し、片方に込められた声をもう片方で聞けるという単純なものだ。ただ、それだけでも、僕の手のひらくらいの、かなり大きな魔力石が必要だった。


「まあ、技術はこれから発展していってくれればいいよ。それで、今回のお客さんについてなんだけどね」


 僕はロロナ・ヨーガレイドの立場と境遇、そして、いずれはアクルックスで居住したい意思を伝えた。


「かしこまりましたぁ。住居と、アルカ族の使用人候補を、見繕っておきますねぇ。バリアフリー化はされますかぁ?」


 おっと、その問題があったか。


「最終的に、ロロナ様の体調と、立地条件を見てからかな。要望をまとめてもらえれば、改修はこっちでやるよ」

「かしこまりましたぁ」

「よろしくね。ギルドがサポートするだろうし、住居費用とかは普通に取り立てていいけど、ロロナ様とは、仲良くしておきたいんだ。火魔法が使える様な事を言っていたから、ダンジョンに入るのと同じように、希望されれば魔法学園への入学も許可してほしいかな」

「では、そのようにぃ」


 ロロナ様に関するあれこれを伝え終わったら、あとは公方家をはじめとする貴族家が文句を言ってきた場合の対応だ。

 ただ、これは前々から協議を重ねてきたので、そう変わることはない。今回、ロロナ・ヨーガレイドというお偉いさんが、たまたま味方になったという話だ。


「お偉いさんとはいっても、ロロナ様には何かを動かす権限がないからなぁ。いかにその名前を利用するか、存在を盾にするか、ってところかな」

「たいそう御立派な銅像ですからねぇ」


 僕の考え方もたいがいだと思うけど、ルナティエの言い草はそれ以上に容赦がない。なんでこんなに、人間嫌いな感じになってしまったんだろうか。


「ま、まあ、たしかに? ロロナ様はこれで、王家とヨーガレイド家からは解放されたけど、代わりにアクルックスが睨まれる可能性は増えたかな」

「それでもショーディーさまは、元王女様を受け入れられましたねぇ。なにか、お考えがありますのぉ?」


 ロロナ様を拒否する明確な理由がないのもそうだけど、本人にダンジョンを攻略する前向きな意思があるし、あるいはただの同情でもない。ルナティエの言う通り、ロロナ様には利用価値がある。


「リンベリュート王国の現政権が倒れた時、女王ではなくとも、後見人のような立場に据えられる」

「傀儡政権という奴ですかぁ」


 実はこれ、ヒイラギからの献策だ。


 来年に迫った異世界人召喚の儀式は、今の僕には止められない。それでも、あんまりにもライシーカ教皇国の影響が大きすぎるようなら、準備が整い次第、この国を潰す。そのとき、頭だけ挿げ替えることができれば、労力は最小限で済むだろう。

 いずれ、何某かの理由で迷宮に助けを求めてくる人間は出てくる。そのすべてに甲斐甲斐しく手を差し伸べることはないけれど、“クーデターを起こした時に頭になれる人材”は確保しておくべき。というのが、ヒイラギの意見だった。


(正統性かカリスマ性、武力と財力。これを兼ね備えた人材なんて、その辺に転がっているわけないだろうに)


 転がり込んできたロロナ様は、独自の武力や財力は皆無だけれど、正統性は疑いもなく、また冒険者ギルドという後ろ盾がある。そして、妖怪じみた、あの胆力と粘り強さである。普通に王女として大成しそうだったよな、あの人。


「とはいっても、ロロナ様もお歳だし、時間切れで無駄になるかもしれないけれどね。それまではせいぜい、広告塔になってもらうさ」

「承りましたわぁ」


 元王女という身分で、大貴族の幽閉から匿ってやるには、それなりの対価を支払ってもらう。


(ロロナ様はたぶん、それを理解している人だろう)


 だからこそ、障毒の治療をしてそこで終わりではなく、ダンジョンに入ると言い出したのだ。

 迷宮での滞在費を、冒険者ギルドに肩代わりさせることもできただろう。アクルックスでは物価が高すぎるので、王国のゼルジ貨幣で会計ができるダートリアで暮らすこともできた。

 だけど、彼女は自分の身の安全を第一に考え、それに付随する冒険者ギルドやブルネルティ家の負担を最小限にしたのだ。火魔法が使えると明かしてまで、アクルックスに自分が居るメリットを示してみせた。


「ライノは身分と引き換えに自由を得たって言っていたけれど……。やれやれ。一筋縄ではいかない人が来たもんだ」


 首をコキコキと鳴らした僕は、市長邸で停まった馬車から降りて、アトリエに向かうことにした。


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