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034 生き物は難しい

 それからしばらくは平穏な日々が続き、まずは『学徒街ミモザ』が出現。表向き『魔法都市アクルックス』の市長邸居候となっていた僕とハニシェは、箱庭からミモザの戸建てに移住。


 続いてダートリアに代官邸の一部が完成して、ネィジェーヌ姉上がそちらへ移住。ブルネルティ家の城館からも、アンダレイを含め何人か使用人が移ってきた。


 モンダート兄上は相変わらず、アクルックス魔法学園の寄宿舎で暮らしている。学食メニューにカツ丼が加わったので、それをモチベーションにがんばっているらしい。



 季節はそろそろ、盛夏を迎えようとしていた。



 囲いの中で放し飼いにされている、鶏っぽくも、鶏冠の位置が僕の背丈と同じ高さになった、もっちりしたデカ鳥を眺めつつ、僕の唇は山を作り、眉間には縦ジワができている。


「ふーん、なるほどねえ」


 『学徒街ミモザ』にできた農業学校の一角にある家畜舎で、僕はミヤモトから報告を受けていた。


 宮本さんは転生前の僕の顧客の一人だ。元々獣医になりたかったけれど、家の事情で地方公務員になったらしい。観光客の呼び込みや地域活性化のための、動物触れ合いパークをつくるというプロジェクトの役員で、施設のデザインを請け負った僕とその時に親しくなった。真面目で動物が好きな、いい人だった。


 そんな宮本さんをモデルに創った彼は、毎日家畜の世話をしながら、コツコツとデータを取ってくれている。おかげで、流動的な魔獣・野獣・家畜・害獣の分類が、少しずつ進んできた。


「魔力に親和性があって、昔は魔獣扱いされていたけれど、魔力が少なくなっていくと同時に家畜化された動物だけが、迷宮ででっかくなっちゃうんだ」

「そうです。およそ千年前には、大山羊カーパーはガプ、ココはクガリースという魔獣だったようです。それを徐々に家畜化していく過程で、魔力の減少もあって小型になったようです。逆に、昔から大きさがほとんど変わっていないのは馬くらいですね」


 魔力を溜め込み巨体を維持しているのが魔獣。個体によっては魔法を含めた様々な攻撃手段を持っているらしく、普通の人間では到底太刀打ちできない。


 野獣はそのまま、野生に生息している獣。人間に狩られることもあるが、“障り”の影響を受けると害獣に変化してしまうことがある。


 家畜は大山羊や鶏、馬など、現在人間に飼育可能な動物。“障り”の影響を受けにくいのか、いまのところ害獣に変化したという報告はない。


 害獣は“障り”の影響を受けた動物で、見た目はほぼミュータントな化物。こいつらに攻撃された人間は障毒を受ける可能性があるので、速やかな討伐が必要だけれど、慎重に対応する必要がある。


 牛も豚も、大昔の野生状態では巨体で、ほぼ魔獣扱いだったらしい。それを狩って食べていたそうだから、今に比べて大昔の人類の方が強かったんだろう。


(たぶん、人間も常に魔力に晒されていたおかげで、今よりも平均レベルが高かったんだな)


 魔力が減ったせいで、全体的に弱体化していったんだろう。


「犬や猫はどう? ぼく、この世界に来てから、ペット的な動物を見てないんだけど」

「犬はほぼ狼で、人間の生活圏に近付くと害獣化してしまう個体が多いようです。猫はイエネコの分布が見られません。おそらくトラやライオンのような大型の野獣として、自然の中で生息していると思われます。彼らが昔と比べて小型化したかは、サンプルがないので今のところ不明です」

「うんうん。じゃあ、ネズミ捕りとか、猪や熊避けとかの役割って、動物はしてなかったのか」


 猫や犬は、農作や牧畜をする際、収穫物を守る昔からのパートナーだ。それが存在しないという事は、この世界では生産量に対して損失率がかなり高いのではないだろうか。


「そうですね。ネズミや昆虫のような、害獣化しても平気で増え続ける生物がいるので、まったく被害がなかったとは言いませんが、人間の生活圏に入ると“障り”のせいで害獣化してしまうので、野生動物もあまり近付きたがらなかったんじゃないでしょうか。害獣化したら、それこそ討伐の対象ですし」

「あー、そういうことか」


 農村地帯は都市部よりも少ないだけで、“障り”がないわけではない。人が侵入してこない森の奥で暮らした方がいいに決まっている。


「迷宮で大きくなった家畜の話に戻るけど、凶暴化とかはしていない?」

「それはいまのところないですね。あれだけ大きくなったエースも、相変わらずいい子で大人しいですし」


 僕らが実家から連れてきた大山羊はエースと名付けられ、いまは『学徒街ミモザ』周辺に生い茂った草木を、仲間の大山羊たちと一緒にモリモリと食べている。彼らが除草した跡地には、広い農地が整備される予定だ。

 ちなみに、大山羊がいるなら小さな山羊もいるだろうと思ったら、中型の岳山羊クープという動物がいた。ただ、万年雪をかぶっているような峻厳な高山で暮らしているらしく、この辺りには生息していなかった。しかも、草食ではなく雑食で、かなり凶暴な野獣らしい。


 リンベリュート王国が侵略してくる前に、この地を支配していた豪族デオハブ家の本拠地デリンがあった場所に、『学徒街ミモザ』は出現している。

 ミモザとアクルックスを繋ぐ道はできており、都市を呑み込んでいた木々は、すべてダートリアの建設と、堆肥の材料に使われた。


 その際、森に生息していた大山羊たちを捕まえて家畜とし、エースをリーダーとした群れに編成した。迷宮に入れたままにしていると、また大きくなってしまうので、ミモザの外に厩舎を造り、そこから放牧している。

 いま僕の目の前で、「グッカドッカドゥゥゥゥ!!」と大音声を上げている巨大化鶏も、近いうちにミモザの外に鶏舎を造って移動させる予定だ。


(卵まででっかいんだよなー……。一個で三人前のオムレツができちゃうよ)


 畜産品の増量という点では、迷宮で巨大化させてから外で飼育する方法もあったけれど、いずれは外にも迷宮の魔力が出て濃くなっていくはずだから、無理に大きくする必要はないと考えている。


 ミモザでの家畜の世話だけど、障毒のせいで引退した冒険者たちが担っている。湯治後の第二の人生として、勉強付きの仕事を斡旋したんだ。アルカ族から牧畜や農作の指導を受けるのと一緒に、読み書き計算を習うのだ。

 彼らが修業したら、姉上が用意した新しい農場や牧場に移り、食料を生産しながら後進を育てていくことになるだろう。


「この調子で頼むよ、ミヤモト」

「了解しました。害獣についての中間報告ですが……」

「聞こう」


 人間の生活圏内で一番よく見かける害獣はネズミだけれど、昆虫や爬虫類、両生類に鳥類など、様々な生き物が害獣になっている。

 逆に、家畜は害獣にならないので、ミヤモトには“障り”の影響を受けやすい生き物と、そうでない生き物の違いを研究してもらっている。


 はじめは魔力の影響を受けやすい動物が“障り”の影響を受けやすいのかと思われたが、魔力に親和性があって昔は魔獣だった家畜は害獣にならない。ならば、他に原因があるはずだ。

 その結果、そもそも体躯が小さいとか、保有魔力が少ないとか、人間の感情の機微に反応しやすい脳の構造をしているような動物が、“障り”の影響を受けやすいのではないか、という予想がたてられた。


「そりゃあ狼が人間に寄り添っていって、飼い犬になれないわけだ」


 古代には人間と共にいられたかもしれないが、“障り”が出るようになってからは、犬の方が参ってしまい、害獣化すれば処分されてしまったので、次第に野生に還っていったのだろう。


「一番不思議なのは馬なんですけどね。保有魔力が多いのに、魔獣ほど巨体にならないんですから」

「完成された生き物なのかな」

「完成されていても、ゴキブリは害獣化していますが」

「あれはミュータントにならなくても害虫だ」


 筋肉隆々な二足歩行生物に進化しなくて、本当に良かった。ただ、害獣化したら、カブトムシみたいにでっかくなって、体中に裂けた口ができたんだけど。怖すぎる。


「報告は以上です。……そういえば、ボスは今度、鉱山の視察に行かれるんですよね?」

「うん。あっ、日程をみんなに伝えてなかったね。ごめん、ごめん」


 ダートリアの姉上のところに、ブルネルティ家の使用人が来たので、姉上と兄上と一緒に南の鉱山地域の視察に行くことにしたんだ。森林の状況や坑道内の安全性とか、鉱毒の処理とか、気になっていたし。兄上は、地質探査ができるかのチャレンジだ。


(ハニシェの家族に会わないようにしたいなぁ)


 ハニシェの出身であるコロンの町は、鉱山地帯の中でも一番大きな町だ。だから、行かないわけにはいかないんだけど、そこで毒親気味なハニシェの両親と遭遇するのは、できれば避けたい。


(ハニシェに留守番させようかとも思ったけど、ついていくって聞かないし……)


 現地を見ながら詳しい話を聞けるだろうから、来てくれるのは嬉しいけれど、そのせいで避けられるはずの嫌な思いをする必要はないわけで。


 そんなことを考えていたら、『学徒街ミモザ』の町長にして防衛隊長のシンが僕を呼びに来た。部下にまかせず、シンが直接来るなんて、なにかあったか?


「ショーディー様」

「どうしたの?」

「ネィジェーヌ様の使いが参りました。冒険者ギルドのライノ殿が、アクルックスに湯治客を連れてきました。混乱を避けるために、まずはダートリアにて面談を求めているそうです」

「湯治……客? 冒険者じゃないの?」


 冒険者でなければ迷宮に入場することはできないので、そこはライノが手配して冒険者証は発行されているらしい。

 シンはルナティエに似た美貌を困惑気味に歪ませており、よほどの人物が来訪したことがうかがえる。


「公方家の、ロロナ・ヨーガレイドと名乗っているそうです」

「よっ……」


 僕が絶句した隣で、ミヤモトもぎょっと息を呑んだ気配がした。


 ヨーガレイド家は有数の大貴族で、リンベリュート王家と親戚関係にある。ざっくりと筆頭公爵家だと思ってくれていい。



 そして、ロロナ・ヨーガレイドは、ヨーガレイド家に降嫁した、現王の妹君だ。


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