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003 迷宮建築家

 グルメニア教を妄信する僕の両親だけがおかしくて、一般人はまともかもしれないと思ったけど、そんなことはなかった。


「姉上も兄上も、ハニシェたちにも、みんなに聞いてもおなじだった……」


 自室に置かれた大きな姿見に両手をついて、僕はがっくりと頭を垂れた。

 庭師や洗濯メイドまで同じというか、より一層、敬虔なグルメニア教徒だった。稀人さえいれば、この世界が良くなり、豊かで楽な生活ができるのだと、本気で信じているのだ。


「ヤバいのはわかった。それで、ぼくはどうする? なにができるの?」


 装飾枠が付いた綺麗な姿見は、記憶が戻ってから強請って設置してもらったものだ。稀人の知識が使われた物はなんでも高価だったが、我がブルネルティ家にとってはそこまで大きな出費ではなかったらしい。

 歪みも曇りもない鏡面に、癖のある短い金髪が生えた僕の顔が映っている。目は血のように濃い赤だけど、頬や唇はほんのり桜色。大変愛らしいショーディー少年がいるのだけれど、僕はこの彼に見覚えがあった。


(あの時はガリガリに痩せていたし、真っ白だったからね。僕の方がまだ小さいけど、記憶が戻ってから鏡を見て、びっくりしたよ)


 生まれ変わる直前に、あの病院のロビーのような不思議空間で僕の手を引いて行った、真っ白な少年。いまの僕は、彼にそっくりだった。

 僕の姿があの子と瓜二つだとわかってから、僕はこうして、時々鏡に向かって自問自答する癖ができた。まわり全部が敵とは言わないけれど、信用できる味方がいない中で、どうすれば転生した役目を果たせるだろうか。


(別に、そんな義理はないんだけどさ)


 なんの了承もした覚えはないのに、自動的に転生させられた。報酬もないのに頼まれごとを素直に聞いて、問題を解決する義理もない。


(だけど、同じ日本人が搾取されているのは、気に入らない)


 召喚された稀人たちは、なるべく清潔で安全な場所で生活するためにグルメニア教へ知識を提供させられ、戦える者は害獣討伐の最前線に送られるらしい。地球に帰ることができず、わずか数年しか生きられないこの世界で足掻くしかない彼らを、僕もなんとか助け出したいと思う。


(最終的には召喚も止めさせたいけど、六百年以上続いていることを、僕一代でどうにかするのは難しい)


 異世界人召喚を忌避する風潮を興せればいいが、それはこの世界を牛耳るグルメニア教に敵対することになる。十分な力をつけてからでなければ、あっさりと潰されてしまうだろう。


「ねえ、ぼくになにができるの?」


 鏡の中の少年に向かって、あの白い少年に対して問いかけたその時、コツコツと聞き慣れた足音が廊下から聞こえてきた。


「坊ちゃま、そろそろお休みのお時間ですよ」

「はぁい」


 僕が鏡面から両手を離して振り向くと、鏡の中の僕もそれに倣い、扉を開けて入ってきたハニシェのところへ僕が行くと、姿見からは誰もいなくなった。




 異世界人召喚を主導しているグルメニア教は、神様を祀っていない。強いて言えば、聖ライシーカが救世主メシア的な扱いだが、彼らが信仰しているのは、稀人がもたらす異世界の知識そのものだ。

 この世界の人間が、謙虚な姿勢でその知識を正しく使えていれば、ここまで話がこじれることもなかったかもしれない。

 だけど、この世界の人間は安易に得られる知識に甘え、自分たちの世界に落とし込むような研究を怠り、ただひたすらに、新しい知識を求めて異世界人を召喚し続けた。唯一、彼らが情熱を注いで研究し、進化し続けさせたものが、異世界人召喚に使う術式だと知った時、僕は思わず鼻で哂ってしまった。



「スキルの、かんてい、ですか?」


 その話を父であるベルワィスから聞いて、僕は首を傾げた。


「うむ。お前はずいぶんと賢しい。なにか有用なスキルでも持っているなら、いまから知っていても良かろう」

「でも、ぼくはまだ、十歳になってないです」

「はっきりと鑑定できるのがそのくらいの年齢というだけで、幼くとも鑑定して害があるわけではない。来月、モンダートと一緒に鑑定受けるように」

「はい。わかりました、父上」


 話はそれだけだから下がっていいと言われて、僕は父上の執務室から出て、自分の部屋に向かって歩き始めた。


(スキル鑑定ねぇ……。これも稀人の入れ知恵かな)


 話を聞く限り、この世界の人間のほとんどはスキルを持っていない。才女にして姫騎士な、僕の姉上(ネィジェーヌ)ですら持っていないのだ。

 持っているのは本当にわずかな人数で、しかも【裁縫】や【調味】、あるいは【木工】といった、上から下まで実用的なものが多い。あとは【剛力】や【剣術】などが発現したら、もはや英雄クラスだ。


(それを、有用に使えればいいんだけどね)


 この世界の人間は基本的に、時間をかけて観察をし、工夫や研究を重ね、新しいものを生み出す、という発想がない。稀人がもたらす知識こそが至上である、という思想が浸透しているせいだ。稀人がこの世界に合わせて調整したものを、そのまま使っていることが多く、ローカライズされていない稀人の知識は使うことができないし、なんとか使えるようにしようという気さえないのだ。


(【木工】スキル持ちに、ひたすら板材を作らせるだけとか、【調味】スキル持ちにスパイスや茶のブレンド研究をさせないで、単純に料理の味付けだけをさせるなんて、もったいなさ過ぎるだろ)


 それとは別に、レベル制という形で、基礎能力が数値で見えるらしい。ただ、このレベルは主に害獣と戦った時に上がるらしく、障毒に弱くて害獣との戦いには及び腰なせいで、おしなべて低い。

 例外は教皇国の重装兵と、冒険者という害獣駆除を生業にする庶民だ。フルプレートで身を守った兵士はまだいいが、冒険者は生きるために軽装で害獣と戦い、レベルを上げながらも障毒にやられて引退していくという。


(こういう使い捨てにされているような人たちも、何とかしてあげたいけどなぁ)


 さすがに五歳児では物理的に何もできないので、いまは勉強という名の情報収集にいそしむしかない。




 一ヶ月後。


 僕と五つ違いの兄モンダートは、城館に招かれたグルメニア教の司教の前に立っていた。

 この世界では、お布施をすることで、グルメニア教にスキル鑑定をしてもらうことができる。もっとも、お布施が高すぎる上に、そもそもスキル持ちが少ないので、富裕層のくじ引き感覚なのだとか。


「では、こちらの魔道具に触れてください」


 まずは、十歳になったばかりの兄上が、緊張で強張った顔のまま、ドーム型の水晶をはめたような魔道具に右手を載せた。


「……おおっ、なんと! 【土魔法】! 閣下、お慶びくだされ! ご子息には魔法の才がおありですぞ!」


 ぱぁっと表情が華やいだ兄上が、両腕を広げた父上に飛び込んでいく。


「父上!」

「よくやった、モンダート!」


 ただでさえスキル持ちが少ない中、魔法関係のスキルを持っている人間はさらに少ない。昔はそれなりにいたらしいけれど、年々発現する人が減っているそうだ。


(あの様子じゃ、兄上が跡取り確定かなぁ)


 努力の人である姉上が、ちょっと気の毒だ。


「兄上、すごいです!」

「ありがとう! ショーディーもやってもらうといい」


 次は僕が、魔道具に触れた。


「こ、これは……」


 口ごもった司教を僕が見上げると、彼は眉間にしわを寄せ、困ったように僕を見下ろし、そして僕の両親に視線を向けた。


「下の御子息も、スキルをお持ちです。ですが……」


(ですが?)


 僕はどういう事かと思って、爪先立ちをして魔道具のドームを覗き込んだ。



【環境設計】



「は?」


 僕の中に、前世の仕事で得たあれこれが、一気に溢れ出てきた。


 学生時代に手こずった計算、試験の緊張……不況の中、安い金でこき使われた暗黒時代は、物理的に不可能なことを要求され続け、あちこちで板挟みのまま叱責され、爪に火を点すような生活をしながら、創造という生命力にも似たリソースを削っていた。

 何もかもを絞り出しきって、自分が生きているのか死んでいるのかも曖昧になっていく。そんな時に、手を差し伸べてくれた人がいた。


―― 俺は、善哉ぜんざいさんのデザイン好きだよ。

―― なんかあったかくてさ、こういう優しい所に住みたいなって思うんだ。


 彼のおかげで独立し、なんとか食っていけるようになった。

 自分自身で自分の価値を定め、自分が思うように手足を動かし、自分の責任で自分の創造を提案していく。その、当たり前のありがたさ。


(俺は全部を失う前に……俺を殺した人間のようになる前に、助けてもらえた)


 ならば、次は自分が誰かを助ける番だ。


(あの『廃城ブラムス』、かっこよかったなぁ)


 おどろおどろしくも、荘厳で美しい廃城のジオラマは、プロが仕事として作った物ではなく、一般のプレイヤーが趣味で作った物だった。


(僕にも、作れるかな? いや、作るんだ。そんで、僕が作った街に、稀人に住んでもらおう!)


 魔道具に浮き上がった【環境設計】というこの世界の文字の下に、ぼんやりと重なるように、美しく装飾された地球の文字が僕には見えていた。



 Labyrinth creator (迷宮建築家)



 それが、生まれ変わった僕に望まれた仕事であり、与えられた道具だった。


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