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026 不良娘と放蕩息子

 『魔法都市アクルックス』の側に、人間の集落が出来始めたのは、僕の予想よりも遅く、温かな春の風が吹いてからだった。


 これは、ギルド間の調整が長引いたこともあるけれど、それ以上にアクルックスの水道事情を真似ようと頑張った結果だ。


 頑迷で協調性のないギルド長たちの話し合いに、いい加減うんざりしたらしいライノは、途中で王都にある冒険者ギルド本部に向かってしまい、代わりにだいぶ回復したメーリガ支部長がまとめてくれたようだ。


「そこに、私が担ぎ上げられるなんてね」


 アクルックスのオシャレなカフェで僕と向かい合い、上品な所作でお茶を飲むネィジェーヌ姉上は薄く苦笑いを溢した。

 城館にいた頃の重そうなドレスは脱いで、こざっぱりとしたロングスカートにベスト姿が軽やかな印象を受ける。彼女はこれに剣を佩いて、ダンジョンにも挑戦していた。


「お父様よりも御しやすいと思われたのね。まあ、ちょうどよかったのだけれど」

「正当性はありますから、姉上が代官として住んでも、誰からも文句は出ませんよ」


 新しくできた人間の集落は、モンダート兄上の名前からとって、ダートリアと名付けられた。いまはアクルックスの宿に逗留している姉上も、代官邸が出来次第、ダートリアに住むことになっている。


 町の名前の元にされたモンダート兄上は、アクルックスの魔法学園寄宿舎で寝泊まりして、魔法の勉強漬けにされている。自分の命がかかっているので文句など言えないが、マンツーマンどころか、並み居る教諭陣に囲まれて、連日しごかれてボロボロになっているらしい。

 くじけそうになっても、僕に「立派な大魔法使いになるには、いっぱい修業しないといけないんですね。兄上、すごくかっこいいです!」と言われてしまい、弱音を吐きつつも頑張っているそうだ。兄上、チョロい。


「父上の性格なら、この町に攻め込んでくると思っていました」

「ショーディー、貴方はお父様について思い違いをしているわ」


 姉上は穏やかに僕を嗜めるけれど、それはより正確に事柄を認識させるためだった。


「お父様はああ見えて、かなり怖がりなのよ」

「へ?」


 間抜け面をさらした僕に、姉上は長子らしい年季を感じさせる笑みを浮かべた。


「きっと、おじいさまたちが強すぎたのだと思うわ。強がっているけれど、お父様はよくわからないものを遠ざけたがるの。誰かが代わりに片付けてくれるなら、そうしたいのよ」

「……そうだったんですか。知りませんでした」

「うふふふ」


 悪戯っぽく笑うネィジェーヌ姉上に聞けば、父上だけでなく母上の意外な一面も知れるかもしれない。


(記憶が戻ってからの数ヶ月じゃ、ちょっと観察不足だったか)


 血の繋がった親子とはいえ、親子の触れ合いも少なかったのだ。広い家で同居しているけど、よく知らない大人、くらいの認識で観察した方が良かったかもしれない。


(それにしても、姉上のしっかりしていることと言ったら……。この世界の人間にしてはマトモな神経をしているせいで、苦労してきたんだろうなぁ)


 とてもティーンエイジャーに見えない落ち着きだ。中学生って、こんなに親を冷静に分析していたかな?


 僕も前世では妹が二人もいるお兄ちゃんだったけれど、もっとこう……暗黒の波動に目覚めそうなバカだった気がする。「終末世界で共に旅する魔剣」とか「世界の滅亡が予言された暗黒の魔導書」とか、ノートの端っこにいくつも描いていた。当時は世紀末が近かったとはいえ、予言書か魔導書かはっきりしろと言いたい。


「ありがとう、ショーディー」

「んえ?」


 恥ずかしい思い出に思考が泳いでいた僕は、慌てて目の前の姉上に視線を戻した。


「失敗した使用人たちのこと、かばっていたでしょう? 私、ショーディーがなぜそんなことをするのか、はじめはわからなかった。私たちと使用人は明確に違う者。そういう風に教わってきたから……」


 姉上はとても言いにくそうに、もじもじとしていたけれど、顔を赤くしながらも続きを話してくれた。


「ショーディーがいなくなってから、私やモンダートのことも、ずっと前から護ってくれていたんだって、気が付いたの。私のことだけでも、跡継ぎに相応しいとか、お母様から少し離してくれたとか……。心がね、痛かったのを助けてもらっていたんだって、ショーディーがいなくなってから、私、はじめて気が付いて……」


 姉上の青い目から、ぽろりぽろりと涙があふれてしまって、僕は慌ててハンカチを探したけれど、姉上の指先に先に拭われてしまった。


「お母様や先生たちが求める成績に届かなくて叱られても、誰も助けてくれなかった。ショーディーだけが褒めてくれて、慰めてくれたのよ。それでね、ああ、こういう事だったのねって、わかったの」

「姉上……」

「だからね、私、もう嫌なことを我慢するの、止めることにしたの!」


 それまで言いつけどおりに過ごしてきたけれど、多感な思春期を迎えた姉上におかれては、小癪で傍若無人な弟のせいで、模範的な淑女の道を踏み外させてしまったらしい。


 黄金色の髪よりも、涙が止まった青い目よりも、最高に輝く笑顔の美少女が、僕の前にいた。


「そう決めてね、モンダートを連れて、いい機会だから家出してきたのよ。ショーディーと一緒ね」

「あははっ、お揃いですね!」

「お揃い、いい響きね」


 姉弟で憎しみ相食むよりも、力を合わせて仲良く暮らせた方がいいに決まっている。


「私たちは、ブルネルティ家の不良娘と放蕩息子よ。お父様やお母様たちとは違う考え方で……この町のような、清潔で平和な領地を作りたいわ」


 窓の外を行きかうアルカ族や冒険者たちをながめながら、ネィジェーヌ姉上はそう抱負を呟く。


「父上を、追いやるんですか?」

「すぐにじゃないわ。はじめは、ダートリアを栄えさせて、お父様にもお母様にも文句を言われないようにするの」

「いい考えだと思います」


 こういう慎重で堅実なところが、姉上の良いところだと僕は思う。兄上は、もっと感情や行動に、ドガガーンとかズババーンとか擬音が付くし。


「ただ、ちょっと困っていることがあるのよね」

「なんです?」


 涙が乾いた頬を手でさすりながら、姉上はわずかに首を傾げた。


「アクルックスにいる間は、ショーディーのおかげで、宿で世話してもらえるし、アルカ族の人が案内をしてくれるけど……」

「ああ、侍女と護衛が必要ですね」


 姉上は領主の娘。しかも跡取りの筆頭候補だ。当然、侍女と護衛はいるし、代官邸の警備も必要だ。

 ブルネルティ家は、爵位のある貴族ではない。というか、この国には明確な爵位という身分制度がない。家名を持つそれぞれが、少ない職位を巡って椅子取りをしており、時流や些細なきっかけで変わる、あいまいで不文律な勢力図があるだけだ。ちょっと面倒くさい。


(うちを無理やり当てはめると……旗本、かなぁ?)


 貴族と呼ばれている人たちを、国政に携わる職位をほぼ独占する公家だとする(ライノの実家が、たぶんこれくらい。ものすごい上流階級)。

 うちのような武で成り上がった家は、旗本とか御家人みたいな感じ。その中でも、ブルネルティ家は領地があって国王にも謁見できるので、旗本扱いが妥当なところだろう。


 つまり姉上は、規模は違えども、大名の御姫様だと思えばいい。当然、専属の侍女や護衛が必須だ。


(アルカ族をやるわけにはいかないしなぁ。新しく人を募集するしかない)


 アルカ族は迷宮でしか生きられない。いろんな人が出入りするダートリアの町中で、代官邸の敷地だけ迷宮にするわけにはいかないだろう。僕も面倒だ。


「そういえば、姉上の侍女は、どうされたんです?」

「退職金を持って実家に帰ったわ。他のところに就職するか、結婚するんじゃないかしら?」

「あー……」


 僕に心酔していて、かつ実家と仲良くないハニシェと違って、姉上の侍女は何かの理由で結婚が流れた、ちょっといいお家出身のお嬢さんだったはず。完全に行き遅れになる前に、ちょうどいい機会だと思ったんだろうか。


「家令としてアンダレイが来てくれる予定だから、代官邸の中は人事を含めて任せるつもりだけど……どうしても、お父様やお母様の意向が挟まりそうなのよね」

「たしかにそうですね。護衛は?」

「モンダートの護衛が、なんで付いてこなかったのか。知らないわけじゃないでしょう?」

「あはは……」


 姉上がため息をつきたくなるのも、仕方がない。

 領主に使える兵士や騎士という職業は、イコールそれなりの身分を保証されていると考える人間が多い。


(つまり、「冒険者なんて下賤なものになれるか!」ってことだ。自分だって領主じゃなくて、同じ平民なのにねぇ)


 たしかに、領主が身元のはっきりしない人間を雇うことは少ないし、庶民からすれば公的な武器を持っている人間に権力を感じはする。だけど、それは職分であって、社会的な序列を意味する身分ではない。社会的な信用度という話まで来ると少し変わるけれど、冒険者だって兵士や騎士と変わらない、立派な職業のひとつだ。


(公務員か自営業かの違いだろうに)


 残念ながら、そこを勘違いしている者が、かなりの割合を占めていると言っていいだろう。

 なまじ剣術を習い、武器防具を支給されているせいで、変にプライドを持っている。だから、城館から離れたがらず、レベルを上げる機会を失っていることに気付いていない。


「モンダート兄上の護衛なんて、超有望ポストなのに。ば……ええっと……」

「遠くが見えづらい方なのでしょう」


 単純な罵倒しか出てこない僕に、姉上は的確な表現を教えてくれた。


「はい、それです」

「うふふふ。ハニシェから聞きましたよ。上品な言葉遣いをしたいだなんて、ショーディーは頑張り屋さんですね」

「あ、ありがとうございます」


 なんだか久しぶりに、年上から年下への相応なお褒めを姉上からいただき、ボキャブラリーの少なさを恥じる気持ちも相まって、僕の頬はだいぶ熱くなっていた。


(姉上の侍女や護衛は、メーリガに相談して冒険者から募ろう。障毒から回復しても、もう引退したいって人にお願いできないかな)


 姉上の身辺は、できるだけ信用できる女性で固めたい。モンダート兄上も、きっと賛成してくれるだろう。


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