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023 ダンジョンの真の価値

 『魔法都市アクルックス』市長ルナティエは、女性エルフタイプの姿形をしている。アルカ族が僕をあるじとして偏愛しているのは仕方がないとして、ルナティエはアクルックスを何よりも大事にするよう設計した。

 魔法全般に優れ、都市の繁栄と市民の安寧を願う才女だ。


「まあまあ、アクルックス(うち)を気に入ってくださって嬉しいわぁ。どこでも住めば都、とは言いますけど、えらい働き者な人間さんたちですなぁ」


 それがどうして、『ぶぶ漬けいかがどす?』とか言いそうな感じになってしまったんだろうか。僕が一番不思議に思っている。


(外見が日本人な側近アルカ族以外は、特にモデルはいないんだけどなぁ。僕の無意識なイメージのせいなのか、イグニッション役をした魂のせいなのか……)


 自分のスキルで使っていてなんだけど、ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションも、ずいぶん謎が多いと思う。


「ライノ、ライノの勘は当たってるから、だいじょうぶだよ。ルナティエは笑顔で、そうとわからない嫌味を言うから。気にしたら負け、ぐらいに思ってて」

「……わかった」


 引きつった顔で席についているライノが、ちょっとかわいそうになってきた。

 僕、ハニシェ、ハセガワは、ルナティエとライノを連れて迷宮案内所を出て、大通りにある高級レストランに入った。

 この店には特別いろいろな食材やレシピを供給している上に、料理人やスタッフたちもそれなりのアルカ族を用意したので、料理の質もサービスの質も一流だ。

 僕やハニシェは屋台で買い食いすることもあるけど、ルナティエやライノのような要人を交えての会食には、こういう所がいいだろう。真っ白なクロスがかかったテーブルには、前菜とカボチャのポタージュに続いて、鮭のホワイトソース掛けが出てきたところだ。

 ハセガワは席につかずに、僕の給仕とハニシェの介助にまわっている。頭パーンを見てしまったハニシェは、食欲なく顔色が悪かったけど、新作のオレンジシャーベットを食べたら、少し元気になったみたいだ。


「いや、ルナティエ市長は上品だからな。全然違う。……この国では、貴族でももっと直接的に言ってくる。そっちには慣れているんだが」

「やっぱりライノって、貴族出身なんだ」

「きみは知っていると思っていた」

「噂だけ。ライノが良かったら、また今度聞かせて」


 今回は、アクルックスと冒険者ギルドとの折衝が目的だ。


「あのね、ぼくがこのまちを引っ張り出したのは、兄上に死んでほしくないからなんだ」

「モンダートさま……そういえば、土魔法スキルを得たそうだな。そのせいで、異世界人召喚の儀式に呼ばれていると」

「うん。ここでレベル上げすれば……ギリギリ間に合うかも」

「お任せくださいなぁ。うちの先生たちが、しっかり鍛えてさしあげますからねぇ」


 ルナティエが言う通り、アクルックスには魔法に長けたアルカ族が多いし、魔法に関する学校というか、修練所も作った。兄上が生き残れる可能性を少しでも高めたくて、迷宮の外でも魔力が補給できるアイテムもイトウに作らせている。


「兄上にはアクルックスで修業してもらうとして。……冒険者ギルドにも、お願いしたくて」


 ライノをじっと見つめると、表情を変えずに返事があった。


「討伐控え、か」

「うん。いままで通り、害獣を退治してほしいんだ」


 召喚される異世界人の使い道は、新しい知識を搾り取ることと、害獣を討伐させること。冒険者ギルドの仕事と被っているんだ。


(誰だって障毒に侵される危険は避けたい。冒険者が討伐控えなんてしたら、困るのは国民だ。討伐控えされているのに、万が一召喚事業がとん挫なんてしたら、不満は領主、その上の国王に向く)


 だから、国家機密として、関係者以外には極秘にされているはずだ。父上がライノもいるところでぽろっと言っちゃったので、すでに冒険者ギルドの上層部には知れ渡っていることだろう。


「ダンジョンでレベルを上げて、良い装備をそろえられれば、害獣退治も少しは楽になるかなって」

「なぜ、そこまでされる? いまのきみは、家出少年に過ぎないだろうに」


 渋い表情になるライノの言いたいこともわかる。正直言って、ここまでするのは、領主の息子の分すら超えている。


「べつに、領地のためとかじゃないよ。ぼくが異世界人召喚に反対なの、ライノも知ってるでしょ?」


 迷宮建築家としての目的はあるけれど、ショーディー・ブルネルティがいろいろ知っているのは不自然すぎる。だから、僕が言えないことは多い。


「あの儀式をすると、この世界から魔力がなくなってしまうんじゃないかなって、思うんだ。むかしと比べて、魔法使いが減ってるでしょ?」

「たしかにそうだが……」

「だけどね、迷宮には魔力がいっぱいあるんだ。この魔力を外に持ち出せれば、世界に少しずつ魔力が戻るんだよ。そうだよね、ルナティエ?」


 デザートのバニラアイス添えアップルパイを食べていたルナティエが、こちらを見てにこりと微笑んだ。


「はい。ダンジョンから産出される物は、すべて魔力に満ちています。ダンジョンのドロップ品なら、武器でも防具でもアクセサリーでも、なんでも持ち出していただいて構いませんよぅ」

「ダンジョン産の装備は、すっごく強いから、害獣討伐をする冒険者の役に立つと思うんだ。だけど、ライノも知っているとおり、価値の差が大きくて……」

「軽々しく持ち出したら、大騒ぎになるな」

「うん。冒険者が頑張れば流通量が増えて、そのぶん値段は下がるはず。だから、冒険者ギルドだけじゃなくて、職人ギルドや商人ギルドなんかにも声をかけてもらって、調整してほしいんだ。サンプルを渡すから、みんなで検討してほしい」

「そういうことか。わかった」


 僕がまず冒険者ギルドに要請することが、混乱を避けるためのものだとライノは理解してくれた。


「迷宮都市には、僕とハニシェ以外の人間は冒険者しか入れないことになっているから、視察に来るなら、他のギルドの人も冒険者証を発行してもらえるかな?」

「それは問題ない。冒険者ギルドをこの町に置かせてもらえるとありがたいが」


 僕が視線を向けると、ルナティエが変わらない笑顔ではっきりと断った。


「お断りですねぇ。アクルックスの外になら、ギルドでも町でも作ればよろしいでしょう」

「うん。ぼくも無理だと思うよ。迷宮案内所があるし」


 そういう風に僕が創ったんだけど、ライノが知る必要はない。


「だが、街道沿いに新たな集落ができると、領主が……」


 これ以上の面倒事は避けたいとライノは思っているようだけど、行政側としては譲れない所だ。


「そこは父上の領分だから、ぼくにはどうにもできないなぁ。アンダレイはぼくの味方だけど、家令のヴィープほどの力はないし」


 そこで、はたと思い出した。


「そうだ! ライノ、ぼく酷いめにあったんだからね!」

「な、なにが……?」


 ミュースター村の村長宅であった災難を糾弾すると、ライノも怫然とした顔になる。


「仕方なかろう。アンダレイ殿の要請だったのだから」

「元凶はアンダレイだったか……!」

「一応、きみは領主の子供なんだぞ?」

「それ、ハニシェにも言われた。だけど、ぼくの、()()()()()()()だったんだから!」


 ぷふーと膨らんだ頬が、アップルパイを取り込んで、ぷにゃんと潰れる。おいちぃ。


「んぐ。エララは、冒険者になった?」

「まだ申請はされていないな。ただ、様子を見ている者によれば、時間の問題ではないかと」

「じゃあ、はやく新しいギルドの支部を、新しい町につくって。ギルド同士でまとまれば、父上にも対抗できるでしょ?」

「……そうだな。冒険者ギルドだけでやるよりマシだ」


 エララに約束した通り、独り立ちできるよう保護してあげるには、迷宮都市だけでなく、隣接した新しい町が必要だ。


「話を元に戻すけど、こっちにとっても、アクルックスの近くに人間の町が欲しいんだ」

「というと?」

「アクルックスじゃなくて人間の町で、ゼルジ硬貨で売って欲しい物もあるんだ。エン高ゼルジ安が過ぎて、アクルックスでもちょっと困っているんだよね。冒険者に両替してあげるゼルジがなくなっちゃうから」


 一人一エンの両替だとしても、王国金貨一枚……千ゼルジ用意しなくてはならない。冒険者の出入りが激しくなると、あっという間にゼルジが尽きてしまうだろう。


 ちなみに、ゼルジで売ってもらうのは、迷宮都市で処理される人糞から作った肥料だ。食糧すら魔力で生産できる迷宮都市では農作をおこなわないから、肥料を作っても要らないんだよね。

 現代の日本の屎尿処理施設でも、人糞が原料の肥料はつくられていたはずだ。家畜の糞からも作られるけど、寄生虫の卵や病原体の処理をきちんとすれば、人糞でもリンや窒素を含んだ良い肥料になる。

 アクルックスに訪れる冒険者が多くなれば、肥料もたくさんできることだろう。


「冒険者がダンジョンで拾った物を、アクルックスの外で売って、そのゼルジを持ってアクルックスで両替してくれるだけでもうれしいけどね」

「その外で売るための価格を、ギルド同士で決めなければならないのだな」

「そういうこと。いろいろ押し付けてごめんね」

「各ギルドの協力が得られれば、私だけが苦労することでもあるまい。苦労に見合う利益がぶら下がっているのだから、どこも拒みはしないだろう」


 うんうん、そのくらい気楽に考えてもらえると嬉しい。


「たぶんねえ、ぼく……というか、この町と父上は、対立すると思うんだ。まあ、仕方ないけどね」


 領内に治外法権を有した税金が取れない場所ができるなんて、父上は激怒するに違いない。


「だけど、兄上をお救いするには必要だし、結果的には領地が潤うはずなんだ。姉上なら、父上より頭柔らかいから、次期領主として支持してくれると嬉しいな」

「もちろんだ。冒険者のレベルが上がれば、害獣討伐にも有利になる」

「うん。あ、そうだ。もうひとつ、この町と対立する勢力がいる」

「王家か?」


 眉をひそめたライノに、僕はフルフルと首を横に振ってみせた。


「ううん。ライシーカ教皇国。ダンジョンってねぇ、稀人の知識がでてくるんだよ。ねっ、ルナティエ?」

「ええ。稀人のものだけでなく、世界中の知識が手に入りますよぉ」


 ライノの手からフォークが滑り落ちて皿に当たり、高い音を立てた。


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