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018 第一回迷宮会議

 貞操の危機を感じてミュースター村から逃げ出して、約一ヶ月。


 僕がやったことは、大きく分けて三つ。


 ひとつはブルネルティ家の領地の“障り”分布を把握して、どこからどの程度“障り”を引っ張ってくるかという調整。これは迷宮の資源を確保すると同時に、冒険者の仕事を奪いすぎない塩梅が求められる。

 人間が生活している以上、“障り”は永続的に出るけれど、害獣がまったく出なくなってしまうのは不自然だし、この世界の連中が何もしていないのに平和になってしまうのはダメだ。


(ラポラルタ湿原が候補地に挙がったのは、星の力が巡る道の上にあったからなんだな)


 そんなに大きくはないが、流れの中に入り込んでいる“障り”も吸い取ることができる。

 ラポラルタ湿原を農地にして耕すと、戦乱で埋もれたアレコレが発掘されてしまうので、残したい大自然の風景と一緒に迷宮に取り込むことにした。広大な土地は、ダンジョンを擁する独立都市として設計する予定だ。


 ふたつめは、この世界の人間達との折衝。具体的に言うと、兄姉とアンダレイとライノへ手紙を書いた。

 行方不明になった僕たちが、場所は明かせないが無事でいること、家出に協力してくれたお礼、モンダート兄上を死なせないための対策はちゃんとやっていること、冒険者たちを対象にした大きな事象が起こるので、そのうち相談に行くこと、ついでにエララが冒険者になったら保護しといて……とか、そんな内容だ。

 ミュースター村の冒険者ギルド出張所に、早めに配達してもらうよう、ハニシェと一緒にこっそり依頼しに行ったので、たぶん問題ないはずだ。


「ライノはフェジェイ支部の副支部長なのか」

「はい。支部長はメーリガという女性です。障毒で体を壊して一線からは退きましたが、人望のある人物のようです」

「へ~」


 ハセガワは僕がお願いした通り、ライノについて調べてくれていた。


「噂の域ですが、ライノ氏は王都出身で貴族の血筋なのだとか。これは公表されていませんが、【未来視】のスキル持ちです」

「えっ!? すごいじゃん!」


 そう驚きつつ、僕ははっと思い出した。初対面の時、やたらと凝視されていたような気がする。


「……もしかして、ぼくに関して、なにか見えたのかな」


 ちょっと嫌な汗が出そうだ。


「信用できるかどうか、という問題ですが、冒険者たちに利を示し続ければ、裏切る可能性は低いでしょう。上流階級との繋がりというか因縁はありますが、たいてい嫌がらせをされて振り払っていることの繰り返しです」

「かわいそうに」


 僕の両親を見ればわかるように、この国の上流階級の人間は、ネチネチと面倒くさいのが多いらしい。


「王都で活動することになった場合、ライノに協力を仰げる可能性もあるか。彼からの依頼は無下にしないように気をつけよう」


 カガミが調べてくれた王国と教皇国に関する膨大な情報は、いまだ精査の途中だ。異世界人召喚の儀式のために、モンダート兄上が連れていかれる前に、しっかりと対策を練っておきたい。


 みっつめは、人材を創造すること。


「それじゃあ、第一回迷宮会議を始めるよ」


 オフィスエリアに新しく増設した会議室には、僕、ハセガワ、カガミの他に、四人の従者が着席している。


 引き締まった体つきをした中年男性のミヤモト。生物学や獣医関係のスキルを持たせていて、この世界の生物と害獣について研究してもらう予定だ。いまのところは、僕とハニシェが連れてきた大山羊の世話を担当してくれている。


 眼鏡をかけた小柄な女性はイトウ。彼女には錬金術や医療関係のスキルを持たせていて、迷宮で手に入るアイテムの開発などを担当してもらう。この世界の人間と稀人との違いを研究してもらって、いずれは稀人の医療にも携わってもらおうと思っている。


 ややぽっちゃりとした体つきの男性はダイモン。経済の担当で、迷宮のお金まわりのことを一手に引き受けてもらう。必要なら、外部との交渉にも力を発揮してもらう予定だ。


(そして……)


 これまでの三人も、前世で関わったことのある思い出深い人たちをモデルにした。だけど最後の一人は、営業や経営企画といった仕事を任せるために、前世で出会った人で、最も優秀だと思った人をモデルにした。


「ヒイラギ、迷宮都市の概要について、情報を共有してくれ」

「はい、ボス」


 三十代後半に見える男性のヒイラギが、穏やかに微笑んで立ち上がった。


「お手元の資料にあるとおり、この世界における迷宮の役割は、『“障り”を減らし、魔力を放出する装置』であることは明白です。そして、人間が迷宮に挑戦することで得られるメリットは、『魔力及び有用なアイテムの入手』と『レベルの上昇』。デメリットは、死んだらそれまでという事のみ。まずは心理的な抵抗を減らして、誘い込むことが肝要になります」


 ハキハキした声が聞き取りやすいスピードで流れて、そこに紙がこすれる音が重なる。各自がめくった資料には、僕が設計した迷宮都市のおおまかな地図が載せられていた。


「迷宮から産出されるアイテムに加えて、都市部におけるサービスの充実が、それを後押しできると考えております。宿泊所や案内所はもちろんですが、私から提案させていただくのは、見目のいいキャストによる誠実な応対です」

「えー。それって、ナメられない?」


 小さく片手を上げつつ、口を尖らせたのはイトウだ。


「相手は稀人みたいに礼儀正しいわけじゃないんだよ? この世界基準の方が良くない?」


 イトウの言い方はきついけど、僕はなんだか日本の観光地や寺社仏閣を荒らされて度々ニュースになっていたことを思い出す。


「もちろん、無礼を働いた者には、相応の罰を用意しますよ。都市部で冒険者を案内するキャストも、我々とは違います」


 ヒイラギから視線を受けて、僕が頷いた。


「ああ、うん。そうなんだ。ここにいるメンバーを含めて、稀人の容姿をしている者は、なるべくこの世界の人間と顔を合わせない。この世界の人間の相手をするのは、いろいろ考えた結果、別に創ることにしたんだ」


 ハセガワやヒイラギをはじめとする、僕の側近、迷宮運営の中核メンバーは、タウンエリアに保護する予定の稀人との交流を視野に入れている。交流と言っても、近所の顔見知り程度でいいんだ。『日本人に見える』人間がまわりにいた方が、稀人も安心すると思ったんだよね。


「シロに聞いたんだけど、この世界は地球と同じで、人間らしい人間しかいない。エルフもドワーフもセリアンスロープもいない。ただし、魔族と呼ばれる異次元の存在はいる」


 迷宮に住む従者たちを、魔力で出来ているから魔族と呼称しようかと思ったんだけど、シロからストップがかかった。


 この世界は、ごく近い場所に別の世界が隣接しているらしく、その世界はこことは比べものにならないほど高濃度の魔力で満ちているらしい。詳しくはわかっていないけれど、その異次元か別世界かの住人が、なにかの拍子にこちらの世界に押し出されてくることがあるらしく、それを「魔族」と呼んでいるそうだ。

 こちらに移動してしまった魔族は、存在を維持できなくてすぐに消えてしまうので、いまのところ脅威とは思われていない。だけど、ものすごい魔力の塊なので、出現場所によっては何らかの影響があるかもしれない、と注意を受けた。迷宮の近くに出現する確率が、ゼロとは言えないってことだ。


「魔族の出現はとても珍しい事で、すぐに消えてしまうのは事実であるけれど、魔力が少ない世界で魔力に満ちた迷宮に引き寄せられる可能性はある。他にも、教会や国が、軍隊を連れて迷宮を攻撃してくる可能性もある。こっちの方が可能性は高いかな。だから、都市部のキャストは充分な戦闘能力を持った者を充てることにした」


 僕が設計したキャストは、まさしくファンタジー世界の住人。エルフにドワーフ、獣人や妖精といった容姿の者たちだ。彼らが護衛として一緒にいれば、例え稀人が紛れていても、冒険者にはキャストの一部だと思われて目立たなくなるはずだ。


「彼らはまとめて、迷宮の住人『アルカ族』と呼ぶことにした。広義では、きみたちもアルカ族だね」


 迷宮という方舟アルカの民ってことだ。


「ぼくらのルールと、ぼくらに対するマナーは守ってもらう。それができなければ追放するし、悪質なら処刑して、魂をぼくの管理にする。迷宮で、永遠に善良な冒険者の糧になってもらうよ」


 それは僕がシロに請求できる報酬だし、誰にも文句は言わせない。


 魔力とこの世界の人の魂で動いている従者たちに、ピリッとした空気が走ったけれど、けっして反抗的なものではなく、みんなが背筋を伸ばしたようだ。


「ヒイラギ、続けて」

「はい、ボス。迷宮都市に出入りできるのは、冒険者ギルドに登録されている者で、グルメニア教と関わりのない者のみとします。教徒は許容範囲ですが、教会内に少しでも地位のある者は弾かれる仕様です」


 これはかなり面倒くさくて、厳格な区別をつけにくいんだけど、シロに情報を吐き出させることで連動することができた。

 たとえば、孤児として教会に保護されていたけれど、七歳になって冒険者として独り立ちした者はOK。聖職者として名簿に載っていたけど、還俗して冒険者になった者はNG。

 稀人の知識を独占して栄えているグルメニア教とライシーカ教皇国は、戸籍や僧籍がきちんと管理されている。除籍された記録も残っているらしいので、今回はそれを逆手に取った。

 グルメニア教からは睨まれるだろうけれど、彼らから逃れたい者にとっては駆け込み寺……って言うと皮肉だな。安全地帯になるはずだ。そういう人たちを、迷宮都市では積極的に受け入れていこうと思っている。


「ただ、聖職者として地位がなくても、聖職者と非常に懇意だとか、逆に脅されているとか、いろいろな理由でガードをすり抜けて迷宮都市に入り込んでくる者はいるはずだ。だから、警戒は厳重にしておくし、どんな理由があろうとも迷宮に仇成す者は、ぼくが処分する」


 処するのはいいんだけど、警戒網の仕組みを考えるのが大変なんだよね。


(まっ、そこも従者たちにやってもらうんだけどね!)


 責任や決定権は僕にあるけど、その他の雑事は従者たちにお任せするよ。


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