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016 緊急脱出

 ミュースターはけっこう大きな村だ。

 昨日宿泊したトトスが、宿場や商店、工房などを備えた小さな町であるのに対し、ミュースターは広い農耕地と、そこを耕す人たちが住んでいる村だ。街道が側を通っている関係で、冒険者ギルドの出張所があるのが特徴だ。


「三人とも、ありがとう。楽しかったよ! ライノによろしくね」


 冒険者ギルド出張所にて、依頼完了の報告をしたマナラド、セルルータ、パタルの三人に、僕は手を振った。しかし、三人は妙な顔で僕たちを見ている。


「ん?」

「あの、村に行かないんですか? もう夜になりますよ」


 マナラドの言う通り、秋の夕暮れは早い。あちこちで灯りがともり始めている。


「宿なら心配いらないよ? そもそも、僕らはミュースターまで来るつもりなかったし」

「でも、たぶん村長が待っているんじゃないですかね」

「そうそう。村長の家を教えてあげてって、ライノさんに言われてるし」

「なんで?」


 面識もないし、行く予定がなかったのだから、先触れなど出していないはずだ。そもそも、会う理由がない。

 首を傾げまくる僕に、ハニシェが教えてくれた。


「アンダレイさんが冒険者ギルドに護衛を手配した時に、ライノさんが遣いを出してくれたんじゃないでしょうか」

「だから、なんで?」

「坊ちゃまは、領主さまの御子なんですよ? 自覚が薄いですが」

「……」


 つまり、僕が領主の息子だから、当面の生活の面倒を見るようにと、連絡がいっているらしい。

 たしかに、五歳児がいくら大丈夫だと言っても、大人には大丈夫だと思われないだろう。家出中とはいえ、領主の子供を死なせたりなどしたら、自分たちの首が胴と離れるかもしれない、という危惧もわからなくもない。


「……はあぁぁ。しょうがない、今日だけは村長とライノの顔を立てるか」

「そうなさってください」


 仕方ないので僕が折れたけれど、これが正しかったかどうかは、あとになっても僕にはわからなかった。



 ミュースターの村長宅で歓待を受けた僕だけど、ハニシェは使用人扱いで離ればなれになってしまうし、寝室に村長の孫娘(八歳)が入り込んでくるしで、眠れなかった僕の忍耐が擦り切れてしまった。


「これが普通なの? しんじられない」


 五歳児を丸め込むために八歳児に夜這いさせるなんて、どういう神経しているんだろうか。


「ショーディーさまが、あたしのお婿さんになって、この村の村長になるんじゃないの?」

「そんなわけないでしょ。誰だよ、そんなデタラメ言うの」

「おじいちゃんも、お父さんも。お母さんも、ショーディーさまに気に入られるように頑張りなさいって」

「……」


 僕の常識では計り知れない世界だった。


(こんな所に居たら、勝手に何をされるか分かったもんじゃない)


 まだ山羊車に載せてあるはずの荷物も、すでに盗まれている可能性がある。直ちに動いた方がいいだろう。


「えっと……エララだっけ?」

「うん」


 村長の孫娘は、見た目も性格も素朴だけど、親に言われただけで、僕に危害を加えようと思っているわけじゃないのはわかった。僕が聞いたことにも、素直に答えてくれるしね。


「もしも明日、お祖父さんたちに叱られたら、冒険者になりなよ。そうしたら、ぼくがエララを強くしてあげる。村から出て、一人で生活できるようになるよ」

「そうなの?」


 村の外を知らない少女はよくわかっていなさそうだったけれど、このままでは道具のような一生を送りかねない。せめて、他の道があることを知っておくべきだろう。

 僕は暗い中で身支度を整えると、エララにハニシェがいる使用人部屋の位置を教えてもらった。どうやら母屋とは別の棟らしい。


「この部屋の外、人がいるよね?」

「うん」


 見張りの気配は感じている。この客室は二階だし、抜け出すにはスキルを使うしかない。


「ありがとう、エララ。きみは大事な友達だ。つらいことがあったら、冒険者におなり。冒険者になれば、ぼくが助けてあげられるからね」

「うん」


 きゅっと握手を交わしてから、僕は【環境設計】を使って村長宅一帯を迷宮化すると、壁にドアを創り、エララがぽかんとしている間に村長宅の玄関前に抜け出した。


(……よし、誰もいないな)


 客室との扉を消して、まずは乗ってきた山羊車を探す。大山羊は厩舎の方に繋がれていたけれど、荷台は幌をかけたまま置かれていた。さいわいなことに、荷物はまだ積まれたままだ。


(さて、どうやって運ぶか)


 僕がいなくなったことは、すぐに気付かれるだろう。大山羊を繋ぎ直す時間はない。


「そうだ」


 僕は地面に向かって出入り口を開くことにした。地下駐車場に入るように坂道を創り、荷台だけを自動的に箱庭へ移動させる。

 地面を元通りに塞いだら、今度は厩舎の端に繋がれている大山羊のところへ。世話するのは大変だと思うけど、これも大事な財産だ。見比べてみればわかるけど、僕たちが連れてきた大山羊は、村の大山羊たちよりもずっと体格がいい。


「あ、ダメだ。ぼくじゃ届かない」


 なんたることだ。ショーディーくんの背が低すぎて、大山羊を繋いでいる縄や金具に手が届かなかった。


(ハニシェにやってもらおう)


 使用人たちの宿舎に行くと、静かだけど人が起きている気配がした。もしかしたら、ハニシェも見張られているのかもしれない。

 そうすると、僕だけで強行突破するのは難しい。


「ハセガワ、手伝って」

「かしこまりました」


 粗末な壁に創った扉から、僕の執事を呼び出す。


「この宿舎にハニシェがいるはずだから、連れ出したい。見張りは殺さない程度にのして構わないよ」

「お安い御用です」


 背筋をぴんと伸ばしたハセガワは、堂々と宿舎に入っていき、僕もいくつかの物音の後に続いて入った。


(やっぱ素手でも強い執事って、いいよね! 最高にカッコイイ!)


 ロマンだとは思うけれど、長谷川さんも空手の有段者だったはずなので、大変イメージしやすかった。もちろん、スキル【格闘】をもった従者として創造した。


「こちらのお嬢様でしょうか」

「うん。ありがとう、ハセガワ。ハニシェ、迎えに来たよ!」

「坊ちゃま!」


 気絶している見張りの男を乗り越えてのぞきこんだ部屋には、ハニシェの他にも同年代くらいの娘がいた。二人とも休むために薄着で、乱入してきたハセガワに怯えていたけれど、僕が来たことでハニシェが笑顔になった。


「服を着て、ハニシェ。すぐに出るから」

「は、はい!」


 ハニシェは身支度を整えて、すぐに部屋を出てきた。荷物はベルトに下げた巾着袋ひとつだけ。


「忘れ物はない?」

「大丈夫です」

「よし。じゃあ、急ごう」


 使用人宿舎を出て、厩舎に戻る。


「ぼくたちの車を引いてきたのって、この大山羊カーパーだよね?」

「そうです」


 ハニシェと、ハセガワがそれを手伝って大山羊を厩舎から連れ出してくれた。やっぱり、大山羊はとても大きい。僕は見上げてしまう。


「じゃあ、箱庭に行くよ」


 異変を察知した母屋と宿舎から人が出てくる前に、近くにあった納屋の壁に扉を創って、僕らは大山羊を連れて姿を消した。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 箱庭の中もまだ夜だけど、小さなログハウスには灯りが点いているし、先に入れておいた荷台もちゃんと車庫に入っている。


「ハニシェ、大山羊の世話ってできる?」

「えっ、あ、はい。一般的な事でしたら……」


 輝く両開きの扉を潜り抜けて呆然としているハニシェだったけれど、僕の問いには答えてくれた。ただ、少し自信なさげなので、動物の世話係は別に用意した方が良さそうだ。


「とりあえず、夜が明けてからだな」

「大山羊はこちらで厩舎に入れておきます」

「ありがとう、ハセガワ。頼んだよ。それじゃ、ぼくらはこっちだよ、ハニシェ」

「は、はい……」


 僕はメイドの手を取って、僕設計のログハウスへと案内した。


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