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134 知られざる脅威

 亡国ニーザルディアの王都ディアフラまで到達した僕たちだが、ここから旧ニーザルディア領を抜けて東へ進むには、少し準備がいる。


 なにしろ、越えようとしているトルマーダ砂漠には流れ込む川がない、極度の乾燥地域だ。北をプルタンド山脈、南をガトロンショ山脈に挟まれ、西のニーザルディアからの海風は山地に吸収されて満足に届かない。厳しい砂漠気候であり、夏の暑さが収まってから冬の寒さが始まるまでに通り過ぎないといけない。


「問題は、足なんだよな」


 そう、車輪が砂地に沈んでしまうため、大山羊車が使えないのだ。


 ラクダみたいな乗り物になる生物がいればいいのだけれど、残念ながらトルマーダ砂漠周辺には、そういう生き物で飼いならされたものがいないので、自分の足で歩いていくしかない。ニーザルディアが栄えていた時には、砂漠の山沿いを伝ってくるキャラバンがあったそうだけれど、その記憶が現在の地理に使えるかどうかも不明だ。

 リンベリュート西の秘境を探検していた時には、迷宮を出せるだけの“障り”があったけれど、トルマーダ砂漠南側のガトロンショ山脈は、ライシーカ教皇国の領土であり、どんな不測の事態があるかわからない。

 今回は、トルマーダ砂漠の北側……というより、プルタンド山脈の裾野を、できれば大山羊車で、できなければ徒歩&迷宮ワープで横断する予定だ。


「登山ブーツはあるけど、砂塵避けのスカーフがいるな」


 人数分の装備を整え、エースの体調や蹄の状態を万全にしてから、僕らは『水涯の古都アケルナル』となった旧王都ディアフラを出立した。



 ディアフラからバダァド川を途中まで遡って、リンフェ山地へ向かう街道へ飛び移る。古い地図によると、バダァド川はこのままプルタンド山脈の北側へ行ってしまい、そちらは森林や凍土になっていて道がない。

 僕らは旧ニーザルディア領内で、所々に町や村があった街道を辿り、リンフェ山地を乗り越えて、その向こうのトルマーダ砂漠に出る予定だ。


「……坊ちゃま、あれは何でしょう?」


 山越えのために緩やかな坂道を登っていた時、ふいにハニシェが声を上げた。


「どれ?」


 箱車の中からハニシェの指先をたどってみるが、よくわからない。


「あの、山のてっぺんです。なんだか、色が変じゃありませんか?」

「んん?」


 僕は一度大山羊車を停めさせ、箱車の上に登って、ハニシェが言っていた南の方向を、迷宮産双眼鏡で確かめた。


「あっ! 本当だ。なんだろう?」


 周りは青々とした山なのに、僅かに、赤茶けた天辺が見えている場所があった。ソルとスハイルにも双眼鏡で見てもらったが、不自然という以外にはわからなかった。


「木の葉の色?」

「紅葉は、もうちょっと先じゃないかなぁ?」

「……もしや、オーファリエでしょうか?」


 スハイルの呟きに、僕はぎょっとなってしまった。だって、ニーザルディアとオーファリエの間には、このリンフェ山地の他にも、ガトロンショ山脈の端っこや、カルモンディ渓谷がある。


「まさか、ガトロンショ山脈の端を禿山にしながら、国土を広げたのですか!?」


 ハニシェの声が上ずっているが、緩く頭を振った僕の声もかすれ気味だ。


「カルモンディ渓谷が塞がった原因かもしれないね。無理な開発をしたせいで、大雨を蓄えきれずに、水や土砂がこちら側に流れてきた可能性がある」


 オーファリエの主な産業は、鉱石や宝石の採掘だ。

 鉱脈が枯れたなら、次の鉱脈を探すしかない。


「オーファリエの南はエル・ニーザルディア、東はライシーカ教皇国。西はカルモンディ渓谷と、人が住めなくなった旧ニーザルディア。ならば、北のガトロンショ山脈を切り崩すしかないでしょう」

「ニーザルディアがあったら、気付いていただろうな。いや、人がいなくなったから、気を使う必要がなくなったのか」


 スハイルとソルの言う通りかもしれない。


 オーファリエの南側には、まだ豊かな鉱脈があったが、ニーザルディアが崩壊すると同時に、有力貴族が武力と知識をもったまま流れてきてしまった。エル・ニーザルディアが建国されてしまうと、オーファリエはそれ以上南に行けなくなった。ならば、広げる先は北しかないわけだ。


(オーファリエは耕作に適した地が少なくて、食料を教皇国に頼っている。いわんや、武力なんて持ってない。兵を養う食糧を調達するより、教皇国に守ってもらった方が楽なんだ)


 そもそも、山間部で敵が攻めて来ようのない土地にあるオーファリエであるから、エル・ニーザルディア側から道を作らなかったら、そこから出てこようなんて考えなかっただろう。


「だけど、仮にあれがオーファリエの北限とするなら、開拓速度が早過ぎるんじゃない? たった五十年で、山をいくつも枯らせるかな?」


 現代の重機があれば、数年で丸刈りに出来るかもしれないけれど、この世界で、しかも燿石による魔力不全地域であり、魔法を使うことができないオーファリエで、そんなことができるだろうか。


 僕はそう思ったのだけど、言い難そうにソルが意見を述べてくれた。


「セーゼ・ラロォナであった前々回の召喚儀式では、知識を得られていないと思います。でも、前回と、三回前の召喚儀式で、使える知識があったのかも」

「なるほど……」


 前回召喚儀式が行われたのは、十年前のラァタースという国で、内海を挟んだ南側の大陸にある。

 前々回は、三十八年前。ソルたちの故郷セーゼ・ラロォナで、ライシーカ教皇国の建国六百年の節目だった。

 その前の召喚儀式は、五十九年前のルスサファという国で、僕らがこれから向かう大陸の東側にある。ただ、現在は国の体を成していない、という情報もある。

 リンベリュート王国が来年で建国五十年なので、ニーザルディアが完全に滅亡したのがその少し前として、ソルが言う可能性はある。


(稀人の魂がシロに合流できないから、どんな知識だったのか具体的にわからないんだよなぁ)


 迷宮で引き出せる稀人の知識は、迷宮に入った稀人から提供されたものか、稀人がこの世界の人間にわかるよう教授して残したものだ。

 それが燿石の技術と悪魔的に合体した時、どんな結果を生み出すか、僕にはちょっと想像できない。


(それでなくても、鉱石を精製する段階で、鉛や硫化水素なんかをまき散らしたなら、まあ禿山にはなるな)


 対策を取らなければ、オーファリエは稀人の知識で滅んだ、本当の忌地になる可能性があるだろう。

 とはいえ、現段階で僕にどうこうできる事はない。情報だけは取得して、僕は旅路を急ぐことにした。



 ニーザルディア時代には、リンフェ山地にも集落があったはずなのだけれど、現在はそれらしい廃墟を見かけるだけで、無人となっていた。


(少しは人が残っているかと思ったのにな)


 野生の大山羊の群や、珍しい色合いの羽蜴獣ジャビアのつがいは見かけた。夜は箱庭に戻ってしまうのでわからないが、きっと狼や熊のような猛獣もいるだろう。


「ここに住んでいた人たちは、どこに行っちゃったのかな?」

「ミストは見かけなくなりましたが……耕作を諦めて、トルマーダ砂漠を越えたのかもしれませんね。“障り”が酷かったときは、害獣も多かったでしょうし」

「そっかー……」


 ハニシェの言葉に、僕は全滅を察した。田舎なら、害獣に対する過剰な戦力を置いておく余裕はない。

 王都ディアフラ近郊から逃げてきた人もいただろうが、交易が途絶えてしまっては、この土地の生産力だけでは、支えきれなかったのかもしれない。


 昔はキャラバンが通ったはずのリンフェ山地も、途中で道らしい道が無くなって大山羊車が通れなくなったので、僕らは徒歩に切り替えて、迷宮ワープを駆使して山の中を進んでいった。

 そうして二日後には、白茶けた荒野を視界におさめ、やがて、果てしなく広がる砂漠地帯へと、僕らは足を踏み入れた。


 ところが……。


「いやまさか、()()()害獣がいるとは思わんて」


 さいわいなことに、砂漠の北側は大山羊車が走れるだけの固さはあったが、かつてあったはずの交易中継地はすべて廃墟になり、半ば砂に埋もれようとしていた。


 そんな荒野は命薄い土地かと思えば、巨大害獣のパラダイスだった。


 家すら呑み込めそうな巨大砂虫ギガントワーム、四枚の翼で群れを成す屍告鷲ヴァルチャー、水辺と勘違いさせて踏み込んだ物を取り込む幻水苔ブロッブ、鱗の代わりに金属の塊に覆われた黒鉱蛇アダマンコブラ、文字通り山のような蟻塚を造る白骨蟻デスアント、などなど……。


 これらはみんな巨躯を持ち、はじめて目撃した時は魔獣だと思ったほどだ。

 ところが、『フェイネス魔獣・害獣図鑑』によると、すべて害獣であり、元は無害な動植物だったらしい。


(ヤバすぎでしょ。どんな“障り”があったら、こんな害獣になれるのよ)


 どいつもこいつも、僕が高難度ダンジョンの奥に生息させているようなモンスターばかりだ。

 さすがにこんなデカブツたちを正面から全部相手にするわけにもいかず、僕の迷宮に取り込むことで、数体分の即死体を情報として取得して、あとはさっさと逃げた。命大事に。安全第一だ。


「人間がいないのに、害獣がいるなんて。しかも、魔獣であってもおかしくないほど大きいのに……」


 僕は砂塵避けのスカーフの下で唇を噛み、砂漠の向こうで見えないガトロンショ山脈を眺めやった。

 聖都ソロイルの“障り”が送られ、巫女たちの消息が途絶える、聖地シャヤカー大霊廟。ガトロンショ山脈の奥深くにあるそこに、なにかしらの答えがあるに違いない。


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