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013 箱庭計画

 普段は姿見からアトリエに行くし、アトリエには余分な扉を創る壁の余白がない。塔の小部屋から、まずは応接室に出ると、そこには初老の男性と三十代くらいの女性がいた。


「やあ、ご苦労さま。ぼくがショーディーだよ」

「はじめまして、旦那様。お目通り叶いまして、恐悦至極でございます」


 恭しく頭を下げたのは、三つ揃いをぴしりと着こなしたロマンスグレー。


「はじめまして、ボス。私のすべては貴方と共にあります」


 こちらもタイトなスーツを着こなしたキャリアウーマンが、背筋を伸ばしてお辞儀をする。

 二人とも僕が創った従者だけれど、その外見には特徴があった。


「うん、よろしくね。ハセガワ、カガミ」


 どこからどう見ても、日本人だ。名前も姿も、前世で少し関わりのあった人から拝借している。

 長谷川さんはゼネコン社長の運転手だった人だし、各務さんは競合他社にいたデザイナーだ。二人とも礼儀正しくて仕事もできる人だったので、モデルとして採用させてもらった。


「それにしても、不思議だな。AIを積んだロボットには見えないし、魔力だけで外見どころか、設定した覚えのない人格まで僕のイメージどおりになるなんて……」

『それは、貴方がこの迷宮を管理する迷宮建築家であると同時に、貴方の下で働きたいと志願する者たちの意思があるからです』


 僕の隣に現れたシロに、僕は目を瞬かせた。


「えっ、もしかして、シロたちの魂が入ってるってこと? 従者になったら、人間として生まれられないんじゃ?」

『少し違うのですが……』


 微苦笑を浮かべるシロの説明によると、僕が創る従者には、僕の知識や価値観、イメージなどが反映されるが、それは魔力で作られた人形に過ぎない。動かすためには、永続態に供給される別の魔力が必要だが、それを受け止めるための()()()が、人形側にも必要らしい。


『言葉にするのは難しいのですが、「人間らしさ」とか「肯定的な意思」とか、そういうものです。我々は留まる存在ではありません。いまこの瞬間にも、力と意思は流れ続け、同じではないのですが、何かしらの形を得ることで、特定の意思を反映させることができます』

「……よくわからないけど、昨日と今日では、シロも中身が違うってこと?」

『一瞬一瞬を切り取るならば、そうです。貴方の知識を借りていうと……シロというインターフェースの内側を流れる情報と、電力? というものでしょうか?』


 最後は疑問形になったが、この世界に工業的な電気が無いのは察した。


「なんとなくわかった。シロたちは今この瞬間も、魂たちは死んでは生まれているから、情報と力が流動している。従者たちは、ぼくがつくったインターフェースで、動かすエネルギーと同時に、シロたちの誰かがそれに適したイグニッションキーになっているってことかな」

『まさしく。その誰かも、特定ではなく、常に流動する中で希望する意思たちです』


 深く頷くシロは、悲哀と同時に、僕の理解が嬉しいように頬を緩めた。


『生きていた時に、報われなかった、恵まれなかった者たちが、貴方のためなら働きたいと思っているのです。以前言ったように、貴方は我々の希望なのですよ』

「ずいぶん期待が重いな」


 それだけ、“障り”だらけな上に、グルメニア教が半ば支配するこの世界じゃ、ろくな人生を送れないんだろう。気の毒には思うが、自分たちのケツぐらい自分たちで拭いてほしい、というのも正直な気持ちではある。


「そういうことなら、遠慮なくこき使わせてもらおう」

「「よろしくお願いします」」


 揃ってお辞儀をしたハセガワとカガミに、僕はさっそく調べて欲しいことを指示した。


「カガミは、リンベリュート王国とライシーカ教皇国に関するすべて。人口、資源、政治機構、外交方針と周辺国との関係、諸々の生産力と持久力、経済事情、保有軍備、地理、技術力、人材、教育水準と文化、異世界の知識が適用されている分野と程度、あと……ステレオタイプでいいから、民族的な考え方も知っておきたい。最優先は両国上層部にいる人間と、再来年にやるといっている異世界召喚の儀式に関わる人間について」

「かしこまりました」


「ハセガワは、迷宮予定地のラポラルタ湿原とデリン跡地周辺に関するすべてと、冒険者ギルドについて。ついでに、フェジェイ支部のライノが信用できる奴かどうか、わかるかな? それから、明日から最優先でとりかかって欲しいのは、数日後にぼくとハニシェが隠れ住むことになる家の準備ね」

「ただちに」


 二人は応接室を退出し、僕が用意しておいた執務室へ向かっていった。

 僕と二人きりになった応接室で、嫌な汗をかいているような気配のするシロに、僕はにっこりと笑ってみせた。


「さて、言い訳を聞こうか」

『あの……返す言葉もありません。要求された情報は、すべてカガミたちに渡しますので』

「素直でよろしい。……はあ、まさか工期が十分の一に短縮なんて、そんなのありかよ」


 あらためて言葉にすると、目眩がしてくる。

 おかしい。僕は、二十年くらいは余裕があると聞いていたはずなのに。都市計画だって、何十年って期間を取るんだ。僕の外見が幼すぎて、成長を待たないと稀人に接触することも難しいし、そのくらいの時間は当然だ、と思っていたのに。


「なんで俺に、こんな面倒事を押し付けてくるんだ、クソが。ふざけんな。理不尽だ。できることと、できねーことがあんだよ。これで報酬が同じとかやっぱクソだな。馬鹿なのか。この世界は本当に馬鹿なのか。そうだな。マジで滅びろ」


 死んだ魚の目で思わず零れた前世な僕の呟きに、シロは肩を縮こませて視線を逸らせている。


「……愚痴はここまでにして、仕事するか」


 溜息をついても、やらなきゃいけない事は、たくさんある。


「あ、そうだ」


 アトリエに行きかけた足を止めて、僕はシロを振り返った。


「ひとつ、聞いていなかったことがある。ぼくもうっかりしてた」

『なんでしょうか』


 シロを見詰め、僕は自分の予想が外れて欲しいと思いながら、質問を口にした。


「この世界に連れてこられて死んだ稀人たちの魂。それって、シロたちと一緒にいる?」


 シロの唇がかすかに震えた、その瞬間の沈黙だけで、僕は察した。


『……いいえ』

「どこにいるかは?」

『我々には、わかりません。ですが、ライシーカ教皇国の最奥、かつて邪神と呼ばれる浄化装置があった場所に引き寄せられているのではないか、という説があります。証拠はありませんが』

「そんなことだろうと思った。星を巡る流れに混じる“障り”は、聖女シャヤカーから積み重なった、稀人たちのものかもな。自分たちの過ちで“障り”を出すようになった稀人すら、別の稀人に始末させるのか。どこまでも、他人頼りな世界だ。そのまま滅びればいいのに」

『……』


 文句を言い出したら止まらないけれど、僕はもう一度溜息をついて、応接室からアトリエに向かった。


(僕の仕事は、いままで犠牲になった人たちの復讐を邪魔するものかもしれない)


 僕が何もしなければ、“障り”に弱いこの世界の人間は、やがて滅びるだろう。何十年、何百年先かはわからない。その間にも稀人が召喚されるとしても、異世界人召喚は破滅までの時間を加速させるだけだ。


(どうするのが正しいのか……僕にはわからない)


 椅子に座り、パソコンモドキからラビリンス・クリエイト・ナビゲーションを起動させる。


(だけど、このままじゃいけないのは、わかる。死んだ後まで、終わることなくずっと、悲しんだり恨んだり憎んだり呪ったりするのは、とてもつらいはずだ)


 あらかじめ作ってあった、いくつかのフォルダの中から、「箱庭計画」というフォルダを開く。


(まだ、情報が、手札が、少なすぎる。だけど、時間がない)


 まずは、自分の身の安全を確保し、自由に動ける環境を整えること。

 「箱庭計画」は、その為に習作を兼ねて設計しておいた、最初の迷宮内住環境モデルだ。


「こっからは、本気でいくぞ」


 何度目かわからない溜息を低い呟きで気合に変えると、温かいコーヒーが飲みたいなと思いながらモニターに向き合った。




 夜明け前に塔の小部屋に戻って迷宮化を解いた僕は、アンダレイに揺すり起こされるまでの短い間だけ、毛布にくるまって眠った。


「うぅ……ねむい」

「こんな場所では、よく眠れなくて当たり前です。旦那様がお呼びですので、ご自室で身支度を整えましょう」

「ん。……馬車の用意はしてくれた?」

「荷物はハニシェがまとめてありますし、冒険者ギルドへも使いを出してあります。旦那様とのお話合い次第で、すぐにでも」

「ん、ありがと」


 寝不足でフラフラしている幼児では危ないと、夜番に立っていたクービェに抱っこしてもらって、塔の狭くて急な階段を下りた。

 顔を洗って服を着替え、家族がいるダイニングに行く。朝ご飯ぐらい食べてから出奔したい。


「おはようございます」


 僕が席に着くと、兄上と姉上からは返事が返ってきた。母上と父上は喧嘩をしたらしく、大変不機嫌そうだ。


「少しは反省したか、ショーディー。私は貴様をわが家から出そうと思うが、フォニアが反対していてな」

「当たり前です」


 ぎろりと夫を睨むフォニアに、ベルワィスは咳ばらいをひとつした。


「フォニアの肖像画を見たが、なかなか上手いではないか。私の肖像画を描けば、許してやろう」

「いやです」


 即答した僕を、全員が愕然とした面持ちで見詰めてきた。


「ぼくはこの家を出ていきます。いままでお世話になりました」

「なっ……」


 また激昂しかけるベルワィスに、僕はにっこり笑ってみせた。


「肖像画が欲しければ、画家を呼んでください。……稀人の知識は安全で、稀人は文句も言わずに、この世界に尽くしてくれる存在なのでしょう? そう信じているのでしょう? ご自分の主義主張くらい、貫いたらいかがですか。ぼくはもう、この家の手助けなんてしませんよ」


 結局、朝ご飯を食べ損ねたまま、僕はダイニングの席を立った。


 あとには、このままモンダートが死んだらどうするんだと喧嘩を始める夫婦と、それを聞いて呆然となっている兄と、二人を止めようとする姉が残った。


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