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011 聡明な末弟 ーネィジェーヌ

 再来年……遅くとも三年後には、我がリンベリュート王国で異世界人召喚の儀式が行われ、害獣討伐が始まる。

 それはネィジェーヌも初耳で驚いたが、末弟ショーディーの反応は驚きというよりも、しらけたものだった。


(あんなに稀人について調べていたのに、稀人に会えるかもしれないのが、嬉しくないのかしら?)


 ネィジェーヌはてっきり弟が喜ぶかと思ったのだが、誇らしげに胸を張るベルワィスを見る弟の目は冷え切っていた。


「……それは、ほんとうですか、父上?」

「もちろんだ。先月、王都より報せがあり、儀式にはモンダートも参加する」

「ばっかじゃねーの」

「んなっ……!」


 父に対するあまりの暴言に、ベルワィスも、ネィジェーヌも言葉を失った。


「兄上をころすきですか、父上。二年後の兄上は、まだ十二歳です。儀式に参加したら、魔力枯渇で死にますよ」

「そんな馬鹿なことがあるか!」

「知らないんですか、大人でも犠牲がでているのに」


 むしろ、五歳の弟がそんなことまで知っていることに、ネィジェーヌは驚いた。異世界人召喚の儀式が参加者にとって危険だなどと、ネィジェーヌも家庭教師に教えてもらっていないが、ショーディーは城館中の書物という書物を読み漁っていたと思い出す。


(そんなに難しい物は、眺めているだけで、読めないと思っていたのに……)


 大人に口答えする生意気な末弟だが、言っていることは筋が通っており、とても頭の回転が早い子なのだとは思っていた。だが、実際に大人を凌駕する見識を持っていたとは。


「どうせ、兄上が魔法のスキルをさずかったのを、誰かが妬んで、そそのかしたに違いありません。こころあたり、ありませんか、父上」


 明らかに動揺して目が泳ぐベルワィスから、ショーディーは出入り口で控えていたアンダレイを振り向いて、視線で肯定を受け取った。

 たしかに、ブルネルティ家を目の敵にする他家は存在するし、ネィジェーヌも隙を見せないようにと、母フォニアからきつく指導されていた。


「はぁ……、どうしよう……」


 まだ丸みのある額に手を当てて溜息をつく姿は、本当にませているのに、妙に様になっている。


「ねえ、ショーディー、私になにかできる?」

「あねうえ……」

「モンダートを死なせたくないわ。大切な弟だもの」

「……わかりました。かんがえてみます」


 ショーディーは小さな両手で頭を抱えていたが、唸るように解決方法を探すと頷いた。

 ネィジェーヌの下の弟は、前代未聞の【環境設計】というスキルを持っている。スキルの詳細はわからないが、望む結果を出すための場を整えるためのもらしい。


(きっと、いい方法を提案してくれるはずだわ)


 父や母が、その提案を採用するかどうかは別だが、自分が出来ることはしようとネィジェーヌは心に決めた。


(ショーディーは、私が次期当主に相応しいと言ってくれた。その期待に応えなくては)


 ネィジェーヌは、どうしても領主になりたいわけではない。ただ、そう教育されてきただけで、他にやりたいことも特になかった。他家に嫁ぐことにも、反感はない。

 ただ、これまで言われたとおりに努力してきた時間や、子として従ってきた精神を、姉はもらえなかったスキルを弟が授かったというだけで、親にないがしろにされるのは悲しかったし、ショーディーが評価してくれたのは嬉しかった。


「お父様、いまからでもモンダートの参加をやめられませんか?」

「王命では難しい。モンダートが流行り病にかかって動けないというならまだしも、その前に王都に召喚されて監視されるだろう。異世界人召喚の儀式は、国がなくなりでもしない限り、まず中止されん」

「モンダートを逃がしてやることはできませんか?」

「馬鹿者。我が家が反逆罪に問われかねんわ」


 ベルワィスの苦渋に満ちた答えに、ネィジェーヌは八方塞がりだと顔を覆った。

 しかし、ショーディーだけは顔を上げて言い放った。


「兄上のことは、ぼくにお任せください。兄上のやる気次第ですが、兄上お一人なら……二年あれば、なんとかできるとおもいます」

「本当か?」

「はい。父上と姉上には、ほかの……もっと広い範囲のことを、おねがいしたいです」


 つまり、外交的なことだろう。いくらショーディーの頭が良くても、五歳では子供同士のお茶会に出るので精いっぱいだ。


「まず、ぼくは、異世界人召喚に反対です。そのうえで、害獣を安全に退治する方法をていあんします。“障り”が減って、害獣の被害がなくなれば、王国に稀人を召喚する理由がなくなります。冒険者ギルドにも、協力をおねがいするとおもいます」


 ライノにむかって、ショーディーはぺこりと頭を下げた。


「もちろん、害獣を安全に狩れるならば、我々もショーディーさまにお力添えさせていただきます」

「ありがとうございます。冒険者ギルドについても、またくわしくきかせてください」


 さりげなくショーディー個人への忠誠を冒険者ギルドに持たせた弟に、ネィジェーヌは気付いたが黙っていた。


「ぼくがめざすのは、ぼくたちの力で成り立つ、ぼくたちの世界です。ぼくたちは、稀人の知識をいかしきれていないとおもいます。ぼくたちが、ぼくたちの世界のことを、知らなすぎるからです」

「活かしきれていない、とはどういうことかしら? 教会が教えてくれる稀人の知識が、間違っているというの?」

「そうではありません、姉上。稀人がおしえてくれるのは、あくまで、稀人の世界でつうようする、知識です。おしえてもらったことを、ぼくたちの世界用にあわせないと、ちゃんとつかえないんです」


 言われてみれば、そのとおりかもしれない。ネィジェーヌは、はじめてその可能性に気付かされた。


「稀人は、長く生きられません。なぜだとおもいますか。ここが、稀人たちにとって、生きにくい異世界だからです。生まれ育った場所と、ぜんぜん違うんですよ!」


 ぱん、と小さな両手がテーブルを叩いた。


「その違いを、ぼくたちはわかっていないんです。ぼくたちは、稀人の知識に甘えて、ぼくたちが生きている世界について、知らなすぎます。これは、いろいろな意味で、とても危険なことです」


 稀人がもたらす知識は置いておき、自分たち自身を知ることが、現状おろそかだと、ショーディーは言う。

 ネィジェーヌは、まるで視界が拓けるような感覚で末弟を見詰めた。しかし、ベルワィスは胡乱気な表情をしており、ライノは逆に大きく頷いた。


「おっしゃる通りです、ショーディーさま。己を知らなければ、そして常を知らなければ、危険を目の前にしても、比較してそれが危険だとわからないものです」

「なにを言っている。稀人の知識は教会が保証している。危険などなく、安全に使えているではないか」


 呑気な父の発言に、ネィジェーヌは首を振った。ショーディーが言いたいのは、そこではない。戦乱もなく、安全で裕福な暮らしをし、教会からもたらされる稀人の知識に慣れたベルワィスには、危機感がなかった。

 そして、それを叩き割るように、彼の小さな息子は声を上げた。


「もしも自分が、家族が、ぜんぜん知らない世界に、勝手に連れていかれたら、どうおもいますか。そこでは三年しか生きれなくて、こわい害獣とたたかえっていわれたら、どうおもいますか!」


 炎のように強い光を込めた赤い目が、キッとその場にいる者たちを見渡す。幼い、本当に小さな体が、歴戦の弁舌家のように大きく見えた。


「稀人にとって、こんなに理不尽なことってないです! ぼくたち、稀人の知識やスキルでほろぼされても、文句いえないです! 異世界人召喚は、やめるべきです! 教会も、王国も、どうしてそれを、わかんないんですか!」

「教会と王家に対する冒涜が過ぎる! ショーディー、西の塔で反省しろ!」

「お父様! お考えなお……」

「お前は黙っていろ! アンダレイ、終わりだ! ジェグズとクービェにショーディーを連れて行かせろ!」


 いくらなんでも、塔への軟禁は過ぎるとネィジェーヌは思った。そろそろ朝晩が冷えてくる季節であり、日当たりが悪く寒い塔で孤独に過ごすのは、五歳の幼児には過酷だ。


「わかりました。姉上、かばっていただき、ありがとうございます」


 しかし、ショーディーは待ってましたとばかりに、にやりと笑みを浮かべた。


「ライノさん、冒険者って、ぼくたちでもなれますか?」

「冒険者という職業に、身分は関係ありません。他国ですが、王族でも冒険者ギルドに登録された例があります。ですが、ギルドに登録できるのは七歳からになりますので、ショーディーさまは、もう少しお待ちください」

「わかりました。またおはなしを聞かせてください」


 そこで衛兵のジェグズとクービェが到着し、ショーディーは逆らうことなく彼らについていってしまった。


「まったく生意気になりおって。誰に似たのか……」

「お父様……」


 母が聞いたら「わたくしが生意気だとおっしゃりたいの?」なんて激昂されそうなことを呟く父を諫める言葉を、ネィジェーヌは持たない。ネィジェーヌには、末弟のような無謀にも見える度胸はなかった。

 だが、少なくとも周囲を見渡して、必要な礼儀を尽くせるよう、母から教育を受けていた。


「ライノさま、本日はありがとうございました。私も弟も、大変勉強になりました」

「恐れ入ります。またご用命の折は、遠慮なくお声がけください」


 慇懃に礼をして退出していくライノを見送ると、ネィジェーヌはまだぷりぷりと怒っているベルワィスの背を横目に、テーブルに広げられたままの地図を見下ろした。

 リンベリュート王国の国土の片隅にある、ブルネルティ家の領地。決して小さいとは思わないが、押しも押されもせぬと言える勢力ではない。


(……でも、ショーディーが見ているものは、きっとこの地図に収まらない)


 ネィジェーヌはブルネルティ家の当主として、この領地を治められるかもしれない。だが、それはとても小さいことに思えてきた。


(私たちの力で成り立つ、私たちの世界……)


 末弟が示した理想の道は、あまりにもあやふやで、つかみどころがない。政戦両面において危険極まりなく、想像もしていなかった考え方。

 だがそれは、ネィジェーヌの胸を温かく高鳴らせてやまないものだった。


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