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【ローファンタジー】 『ありふれた怪異、街の名物』

その生き物は展示されていた

作者: 小雨川蛙
掲載日:2024/08/22

 

 動物園の中を私達は歩いていた。

「早く早く!」

 興奮した様子で前を歩く娘に私は手を引っ張られる。

「だめだよ。お母さんをそんなに引っ張っちゃ」

 夫が笑いながら私の数歩後ろを歩いていた。

 前日のやり取りを思い出す。

『俺はあんまり行きたくないなぁ……』

 苦笑いをしながらそう言った夫に対して私は呆れながら言った。

『まだ気にするような歳でもないでしょ?』

『いや、確かにそうなんだけど……』

 全く情けない。

 頑固親父が娘の連れて来た男を絶対に認めないなんてよく聞く話だけれど。

 それにしたって私達の子供はまだ七つを迎えたばかり。

 今からこんな調子でいたら身が持たないだろうに。

『で、その子に会ったことはあるの?』

『うん。小学校で隣の席になったって、こないだはしゃいでいたよ』

 この年頃の恋なんてまだ遊びと大差なく微笑ましいものだと私は思うのだが夫にとっては違うらしい。

「お母さん! もっと早く!」

 ぐいっと娘に引っ張られて私は現実に引き戻される。

「こら! お母さんの腕をそんなに引っ張っちゃダメだよ!」

 離れていた数歩の距離を詰めて来ながら夫が娘を叱った。

「お母さんが転んじゃったら大変でしょ」

 それを聞いて娘はしゅんとする。

「ごめんなさい」

 謝った娘の頭を撫でながら夫は微笑む。

「分かれば良いんだよ。さぁ、お父さんとも手を繋ごう」

「うん!」

 先ほどまでの複雑な感情を全て押し殺して、夫は見事に父親として振舞っていた。

 親子三人で手をつなぎながら、私達はその檻へとやって来る。

 檻の中には実に奇妙な姿をした命がこちらをじっと見つめていた。

「この子がそうなの?」

 娘の問いに私は頷く。

「うん。そう。お母さんも若い頃にお父さんとこの子を一緒に見たことがあるの」

「そうだね。お父さんとお母さんがまだ高校生くらいの頃だったかな」

 昔を懐かしみながら夫が言った。

 そうだ。

 あの頃、私達はまだ高校生で数えきれないほど行ったデートの内の一回をここに来たのだ。

 若かったあの頃を思い出しながら、私はその命をじっと見つめていた。

 それは何も言わずに私達夫婦を見返している。

 存在したかも分からないほど瞬の沈黙を娘の声が破った。

「えっ!? それじゃ、好きな人と一緒に見ないといけないの?」

「そうだよ。好きな人が二人で見なきゃだめだ」

 夫の意地の悪い言葉を聞いて娘が叫ぶ。

「なにそれ! お父さんのいじわる! もっと早く言ってよ! 知っていたらあの子も一緒に連れて来たのに!」

「どうしても見に行きたいって言ったじゃないか」

 からかうような夫に娘が「いじわる!」と言いながらポカポカと何度も殴っていた。

 夫の娘に対する細やかな抵抗にしてしょうもないやり取りを温かな気持ちで見つめながら、私は改めてこちらをじっと見る命を見つめた。

 それは相変わらず、こちらをじっと見つめていた。

 その心の内は誰にも分からない。

 知る必要もないけれど。

 夫と娘の傍にはこの檻に入れられた動物の名前と詳細が書かれた札が下げられていた。

 それによれば、この生き物は遥か昔からこの国で生きており、男女の仲を取り持つ奇妙な行動をしていた。

 かつては『縁結びの神様』などと呼ばれていたらしいし、その力も私や夫の関係を思えば現在でもしっかり持っているようだ。

 かつて神様とさえ呼ばれた存在と気軽に会うことが出来るなんて、何と良い時代になったものだろうか。

 そんなことを呑気に考えながら私は夫と娘がやいのやいのと騒ぐ様を穏やかに見つめていた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  娘や夫との愛を語るそれが、神殺しをして尚傲慢な人の世を表すようですね。
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