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苦手な方はご注意ください。

白の皇帝・黒の皇帝 ~side白の皇帝 世界創世期編~ 眠れない夜

挿絵(By みてみん)


 ――……。


 ――……。


 ようやく、ときおり意識を失いかけてきたな……と、寝落ちに近い感覚を自覚しながらも、うつらうつらしかけてはふっと意識が浮上して、あくびを漏らすたびにそのたびに眠りにつくタイミングを外してしまう。

 これは嫌な自覚だった。

 浮上した意識のなかで何か思考が様々巡っている感覚があって、寝るにも寝れやしないが、それでも目を閉じていれば自然と意識が深く沈んでいくかもしれない。


 ――……。


 ――……。


 そう思って自身に言い聞かせ、目を閉じたまま、寝宮の寝床で何度も寝返りを打ちながら竜族が《風》族の族長は、幾重にも連なる暗雲のような「何か」に脳内を支配されて、寝苦しさに苛まれていた。


「……チッ」


 ついに苛立ちが口から洩れて、《風》族の族長……《(ふう)(じん)は目を開けてしまった。

 夜の室内に浮かぶ瞳は、猛禽のように鋭く、金色が印象だった。

 その瞳のせいで、黙っていれば冷徹な印象も相手に抱かせるが、彼は黙っていられる性格ではなく、陽気で人好きのする気配が強い。黒髪の短髪はくせっ毛で、長身で体躯もよくしなやかで、一見はかなりの好青年だ。

 それでも黙っていればどこか油断がならないと思えるのは、彼の瞳が片眼しかないというところだろうか。

 幼い幼竜のころ、彼は右の眼を失った。

 以降は黒の長帯を眼帯のように器用に巻いて、帯留めと装飾を兼ねて、竜族特有の先の尖った耳にかけている赤珊瑚のブレスネットでそれをまとめている。


 ――だが、それらの印象はすべて起きているときの事柄だ。


 いまは眠るに眠れず、脳内に立ち込める暗雲のような不愉快な靄に苛立ちを露わにしているので、いまの彼を見たら、どう表現しても獰猛な冷酷種の何かだ。眼光ひとつで相手を簡単に射落とす、それくらいに彼は……《風》神は眠れないことで珍しく苛立っていた。

 こういうとき、手元に誰かがいれば、無聊の慰めに抱きしめでもすれば眠れたかもしれないが、生憎いまはひとり寝。腕を伸ばしたところで誰もいない。

 だからといって、《風》族の族長である自分のためだけに存在する多くの女官のなかから誰かを呼びつけ、共寝でもさせようか、そういう気は起きないし、《風》神はもともと気配に聡く、寝るときはその気配が煩雑で煩わしいので、寝宮に誰かを寄せようとは昔から一切していない。

 起きていれば賑やかが好きだ。

 けれども、ひとりのときはとことん自分以外を寄せつけたくはない。


「……なぁんで、今夜はこんなに眠れないんだぁ?」


 ぼやくようにつぶやき、さらに二度、三度、と寝返りを打って天井を仰ぐ。


 ――この世界はいま、最初の種族である竜族によって創世期の最中にある。


 遥か天空にはいくつもの浮遊大陸があって――実際は大小さまざまな群島のようなものだが――、《風》神は竜族のなかでも最高位にあたる「(りゅう)五神(ごしん)」と呼ばれる《空》、《水》、《風》、《火》、《地》の自然元素を司る神の一席に座し、天空を領域とする天空神として存在している。

 彼の居宮は浮遊大陸のひとつにあり、それは雲を眼下に置くほどの高さにある。

 なので、気象や気候に左右されることがないので、それで寝苦しさを覚えて寝つけないということはない。

 居宮や寝宮の造りも雨風を気にする必要がないので、どちらかと言えば壁のない柱ばかりが目立つ空間が多く、目隠しが必要ならばカーテンや飾り幕のようなものでそうしているため、解放感に溢れている。

 彼がいま寝転がっている寝床もそうだ。

 ヒトの感覚でいえば、広いバルコニーのようなところに《風》神が寝るのに都合がいい大きなベッドが配されている。横になって見えるのは、わずかに眼下の雲と、あとは夜空の満天の星しかない。


 ――これだけの好条件がそろっているのに、眠れないとは……。


「やってらんねぇなぁ……」


 ひとりぼやくときの彼は、少々子どもっぽい。

 だが、それを誰に聞かれるわけでも咎められるわけでもないので、《風》神は忌々しく苛立ちを吐き出して、そのまま、ふっ、と浮かび上がる。

 本人にとってこれは無自覚だが、天空を領域とする《風》神は歩くことよりも浮遊……身体をわずかに浮かせたり、文字どおり飛空で移動することがほとんどだ。なので、身体を起き上がらせる必要もなく、寝転がったまま飛んで好きに移動ができる。

 そのまま《風》神は、自身の居宮がある天空宮よりもさらに上空にある蒼穹宮を目指し飛翔した。

 目に映るのは満天の星々と、昇りだしている下弦に近い月。


 ――あと、すこし……。


 あとすこしで眠れそうだというのに、いったい「何」がこうも妨げになって眠ることができないのだろう。



□ □



 そうやって《風》神が眠れぬ夜に苛立っているころ、天上の頂点である竜族が竜の五神、その筆頭である《(くう)(じん)はただ仰向けになって夜空を見上げていた。

 彼は《風》神とおなじく天空を領域とする天空神で、その立場は主神。《風》神は彼の従神という立場になるが、それを厳格にして立場に隔たりがあるかと言えばそうでもない。

《空》神もまた浮遊大陸に自身の居宮をかまえ、それは蒼穹宮と称されている。

 造りは《風》神の天空宮と差異はなく、蒼穹宮も柱の造りが目立つものとなって解放感に溢れている。けれども、《空》神は《風》神とちがい、ほとんどを居宮の外……バルコニー造りの延長線上ともいうべきか、天然の敷石で造られた天井も柱も壁もない、ただそこにある神座のような壇上に寝るだけの用意で足りるベッドのようなものを置いて、日のほとんどをそこで寝転がり、過ごしている。


 ――ただし。


 それは無気力からくる状態や、暇に飽いて……というわけではなく、人化の身でありながら空と一体化しているような、そんな悠然とした時間を過ごしているのだ。

 彼は眠っているようで、ただ空を見上げているように横たわっている。

 その身体はヒトの感覚でいえばあまりにも大きくて、二三〇センチ近くはあるだろうか。上背は竜族のなかでも最長であるが、大柄という印象はなく、均整が取れている。

 容姿は秀麗に整い、髪と瞳は空に近い不思議な風合いの色で、髪は肩にやや流れるていどの不揃い。両の耳元から器用に縄編みのように細かくまとめているのが唯一の特徴だ。

 彼はただ、仰向けになって寝ているだけ。

 けれども奇妙な風格があって、その姿だけでも見る者に天上の頂点、天空の覇王とも感じさせる悠然さに溢れてならない。

 彼もまた、傍らに誰を侍らすというわけでもなく、ひとりでそうしていた。

《空》神にも《空》族の族長として、彼のためだけに存在する女官が多くいるが、他の部族の女官たちと異なり、その姿を目にするのは稀。そのため、《空》神はつねにひとりでそこにいる印象が強い。


「……」


 そうやって空を見ていると、どこからともなく風が流れてきた。

 ここは遥か天空に位置するので、天下ほど風を感じることはないのだが、それでもそよぐていど、《空》神の頬を撫でて吹き抜けた。

 それは自然に吹いた風ではなく、「彼」が来た証の風だということは長い付き合いのため《空》神には分かる。なので、《空》神がわずかに身体を起こすと、すでにその傍らには彼の従神である《風》神が不機嫌そうに立っていて、


「……」


 軽く目が合ったかと思うと、《風》神は片眼の目元をさらにきつくして、頬を膨らませ、唇を尖らせながら、そのまま《空》神が横たわっていたベッドに遠慮なしに寝転がってきた。

 先に述べたように、《空》神がかなりの高身長であるように、《風》神もまたそれに近しい上背を持っている。

 竜族は総じて雄も雌も上背が高い。

 けれども、その雄である天空神のふたりが気軽に寝転んでも、《空》神が横たわっていたそれに狭さは感じられない。


「……眠れないのですか?」


 低く穏やかな声で《空》神が尋ねると、ベッドに寝転がった瞬間、一気に眠気に襲われたのか、すでに意識が朦朧としかけている《風》神がわずかに聞こえる声を漏らし、


「……寝る……」


 そう言って、わずか。

 あとはもう寝息だけを聞かせるばかりに寝込んでしまった。

 先ほどまで、まるで自分の首を取りに来たような冷酷な気配を露わに苛立っていたというのに、横になった途端に寝てしまうとは。


 ――相変わらず、子どもですね。


《空》神は口端にわずかな笑みを浮かべる。

 この従神とは、彼が乳幼竜のころからの付き合いで、彼はとにかく自由奔放で甘えたがり。少年期に差しかかったころに、《風》族族長としての居宮を与えたのだが、最初はひとりで寝るのを嫌がり、成人……成竜となったいまもふらっとやってきては、こうして勝手をして、勝手に帰っていくのだ。

 察するに、先ほどまで眠れない時間に苛まれていたのだろう。


 ――いったい、何を苦にしていたのか。


 だが、ここでベッドに倒れこんだ瞬間には《風》神はあっという間に眠ってしまった。ならば、眠れぬ理由も些細なことなのだろう。

 自分にどんな作用があるのかは分からないが、自分の従神である《風》神の気が済むのなら、それでいい。

 ゆっくりと手を伸ばして、《空》神は《風》神が幼かったころにそれとなくあやしていたしぐさで彼の頭を撫でる。


 ――主神と従神は、こういう関係なのだ。


 これから下限に近い月がどんどんと天を目指して、高く昇る。

 それは夜中の時間が終わり、ゆっくりと朝に向かうころを意味しているが、ふたりはそれにこだわることなく、そのまま眠りについてしまうのだった。


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