愚かな言葉で傷つけた人は好きな人だった。
BAD ENDです。
自分がストーカー気質だということは過去を振り返れば歴然とした事実。
その証拠に好きだと言葉にしていないのに、先に振られている。
「他に好きな子がいるんだ」
「今度〇〇と付き合うことになったんだ」
「おまえうざいよ」
三人から振られた。
恋をした相手が三人だけだっただけで、他にも憧れたり好きになったりしたら同様のことを繰り返すのだろうともう解っている。
解っていても繰り返してしまうのが私の駄目なところなのだろう。
好きになったらずっと一緒にいたいし、私だけを見ていて欲しいのは当然ではないだろうか?
そんな記憶を取り戻したのはハルビィー・カンステンツとして憧れていたボールド・ゴートルドンに「あなたの視線は私に突き刺さり、そこから腐っていくような感じがします」と言われた時だった。
私はただゴートルドン様が格好いいなぁ〜と時折視界に入った時に眺めていただけだった。
恋にも育っていない時のことだった。
また私は同じことを繰り返しているのかとゾッとした。
そしてゴートルドン様が私の婚約者候補となったのは、私にとってもゴートルドン様にとって不幸でしかなかっただろう。
私はゴートルドン様に視線を向けずに声をかけ、視線を向けなかった。
見ただけで腐っていくと思われる程疎ましく思われていることが怖かった。
「ゴートルドン様、婚約者候補を断ってくださいませ。わたくしの父にゴートルドン様には嫌われているので婚約や結婚することになったら地獄を味わうことになると伝えたのですが、余計な口出しをするなと叱られてしまいました。ですから、どうぞゴートルドン様の方から断ってくださいませ。お願いします」
私はゴートルドン様に視線を向けずに伝えるべきことだけを伝えて踵を返した。
そう、わたくしはちゃんとゴートルドン様に伝えたのに、一ヶ月後にはわたくし達の婚約が両親の間で決められてしまった。
わたくしは父に「婚約が整った」と聞かされた瞬間に意識を失ってそのまま背後へと倒れ、意識を取り戻すのに五日も掛かってしまった。
意識を失った間中、前世の自分の恋の駄目なところを悪夢という形で見続けた。
そして腐っていくと言われ続けた。
意識を取り戻さないわたくしに、父もこれは本当に不味いのではないかと気がついたらしく、私の現状をゴートルドン伯爵に伝えたのだけれど、時すでに遅しで王家の認証ももらった後で婚約解消は簡単にできるような状況ではなくなっていた。
わたくしが五日目に目を覚ましてその事を聞いてまた三日、意識を失った。
そしてやはり悪夢を見続けた。
好きな人にベッタリとへばり付いて私一人が笑顔で、周りの誰もが不愉快な顔をして「好きな子が・・・他に付き合う・・・うざい・・・腐っていく・・・」と罵られた。
意識を取り戻した時には心はポッキリと折れていた。
「お父様、わたくしはどうすればいいのでしょう?私が見るだけで『腐っていくような感じがする』と言われた方と結婚など出来ません!!どうぞ、殺してくださいませっ!!」
そう言ってわたくしは泣きくずれた。
ゴートルドン様が我が家にやって来られたのは学園を休んで二十日を超えた頃でした。
わたくしは「会えない」と伝え「帰ってください」と伝えたのに、ゴートルドン様は私の部屋にまで入ってこられました。
ベッドで横になっていたわたくしは開いた扉に視線を向けてしまい、思わずゴートルドン様を見てしまいました。
慌てて上掛けの中に潜り込み「申し訳ありません!申し訳ありません!!」パニックを起こして泣き叫んだ。
ゴートルドン様が何かを言われていたけれど、わたくしは謝罪することしか頭になくて、ひたすら謝り続けた。
わたくしは謝りながらまた意識を失っていたようで、上掛けから視線だけを出すと、部屋の中は真っ暗だった。
室内をそっと見回すと誰もいなくて、安心した。
翌日、父に執務室に呼ばれたけれどわたくしはちょっとしたことでパニックを起こすようになってしまって部屋から出られなくなっていた。
父がわたくしの状態を見てショックを受け、母もわたくしをどう扱えばいいのか解らなくて困っていた。
兄妹はわたくしの変わりようについていけなくて、まるで恐ろしいものを見るような目で見た。
お医者様には精神的負担をかけないようにする以外できることはないと言われた。
父はわたくしの精神的脆さにがっかりしたのか、わたくしに関わることがなくなった。
それはそれでわたくしには堪えた。
もうわたくしには何の価値もないと示されたのだと、深く傷ついた。
学園に行けなくなって二ヶ月が経ち、ゴートルドン様から手紙や贈り物が届いていたけれど、名前を聞いただけでパニックを起こした。
時が経つごとに良くなるどころか、日に日に悪化していった。
眠ると悪夢を見て、起きていても頭の中で罵られた。
心の休まる時がわたくしにはなかった。
ボールドは自分の婚約者となったハルビィー・カンステンツ伯爵令嬢のことで頭を抱えていた。
泣き叫んで謝罪し続けるベッドの中の小さな塊にどうすればいいのか解らなかった。
教室の中で他の誰よりも視線が絡み合うことが多かった。
そう、絡み合うことが多かったのだ。
私もハルビィー嬢のことを見ていたのだ。
彼女の視線に頬が熱くなり、身の置き所に困っていた。
どうしてあの時あんな事を言ってしまったのか。
好きな子ほど虐めてしまう子供のようではないか。
『あなたの視線は私に突き刺さり、そこから腐っていくような感じがします』
そう言った時のハルビィー嬢の表情は忘れることが出来ない。
数秒私の言葉を咀嚼するように固まり、目が見開かれ口元を手で押さえてブワッと涙が溢れ出し、私から視線を外して「申し訳ありません」と五〜六回謝罪され、走って逃げられた。
その時に自分が何を言ってしまったのか理解した。
それからハルビィー嬢は私のいる方向に顔を向けることが無くなり、視線が絡むことがなくなった。
私が視界の中に入ると怯えるように体を震わせ、体ごと向きを変える。
やっと話しかけられたと思ったのにやはり視線どころか顔もこちらを向くことはなく、婚約を断ってくれと頼まれた。
私はこの婚約を嬉しく思っていたのでその衝撃は大きかった。
自分が口にしたことの失敗が己に返ってきているのだと思うとハルビィー嬢を責めることなど出来なかった。
婚約が整ってしまえばハルビィー嬢の態度も変わるだろうと呑気に構えていたら、悪い方向へと態度が変わっていった。
学園を三日ほど休んだ時は風邪でもひいたのかと思っていた。
五日経っても八日経っても学園に現れなかった。
父からは婚約解消の打診があったと聞かされ、思わず首を横に振った。
それから手紙を二度ほど送ってみたけれど返事はなく、二十日以上学園に現れなくて心配だった私は学園が終わるとカンステンツ家へと馬車を走らせていた。
訪問するとカンステンツ伯爵にハルビィー嬢の状況の悪さを聞かされ、頭を抱えた。
カンステンツ伯爵に頼んで部屋へと案内してもらったら、好きな子に泣きながら謝罪され続け意識を失われた。
意識を失ったハルビィー嬢は一回り小さくなっていた。
手紙と贈り物を送ると、ハルビィー嬢がパニックを起こすので送ってこないで欲しいとカンステンツ伯爵にやんわりと断られた。
送ったものも全て返送されてきた。
話すきっかけが欲しくて、つい口をついて出た言葉がこんなにも傷つけてしまうなど考えも及ばなかった。
どんなに後悔しても時間は巻き戻らない。
なんとかしてハルビィー嬢との関係を取り戻したいのに、会うことも手紙すらも断られてはどうしようもない。
このままだと婚約解消か、破棄になってしまう。
なんとかそれだけは拒絶したくて必死で考えたけれど、いい考えは何一つ思い浮かばなかった。
ハルビィー嬢が学園に来なくなって三ヶ月が経ち、ハルビィー嬢は進級出来ないと決まってしまった。
貴族としてはあまりにも大きな傷になってしまったことにボールドは唇を噛み締めた。
翌日、婚約解消の打診が再びあり父はそれを受け入れた。
父に苦言を呈したが、婚約解消打診の手紙を私に差し出すだけだった。
ハルビィー嬢の病状の改善の見込みはなく、今はゴートルドンという名前を聞いただけで意識を失うようになった。と書かれていた。
部屋から出られなくなり、些細なことでパニックを起こしてしまう。それは自分を傷つけることもいとわず、このままでは死んでしまうとも書かれていた。
死んでしまうとまで書かれたら婚約破棄を拒絶することは出来ない。
あの言葉を口にする前に婚約が決まっていればと、後悔して、後悔して、後悔した。
「婚約を解消した」
父から聞かされた言葉でこんなに嬉しい言葉は今までになかった。
心を、体を、蝕んでいたものが一気に引いていき、ようやく安心して眠ることが出来た。
食事が取れるようになり、ベッドから体を起こすことができるようになった。
ベッドで体を起こせるようになるとそれからは早かった。
立ち上がれるようになり、歩けるようになり、部屋から出られるようになった。
食堂で家族と食事ができるようになり、表情に笑顔が戻るようになった。
そしてハルビィーは父とこれからのことを話し合った。
留年した学園に通い続けるのか、それとも退学するのか。
ハルビィーは学園には戻れないと父に伝えた。
学年が変わってもゴートルドン様が学園に居ると思うと通えない。
学園を退学して貴族籍から抜いて修道院に入ることを望んだ。
学園を卒業できなかったら貴族とは認められないので、貴族籍が抜けてしまうことはどうしようもなかった。
このままカンステンツ家に残ると、どこにも嫁げない娘を抱えているのは外聞が悪い。
修道院に行く以外ハルビィーには方法がなかった。
両親と兄妹は「気にせず家に居ればいい」言ってくれたが、いずれ邪魔だと思われることは解りきっていた。
それなら最初から修道院に入る方がよほどいい。
前世を思い出していなければここまで酷いことにはなっていなかったのではないかと思う。
二ヶ月話し合って私は学院を退学した。
ゴートルドン様に会うことも二度とないことが何より嬉しいことだった。
せめて卒業の年までは家に居なさいと言われたけれど首を横に振った。
ハルビィーは家族とも二度と会わずにいられる、領地の反対側で一番遠いところの修道院に決めた。
修道院に旅立つ日、両親、兄妹に謝罪した。
「ご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」
「ハルビィーは何も悪くないわ!!」
母が私をかばってくれたが、私が悪いのだ。
ほんの少し、ゴートルドン様に憧れてしまったから。
恋に育つ前で本当に良かった。
ハルビィーは車窓から空を見上げてそう思った。
ボールドはハルビィー嬢との婚約解消後、婚約者選びに少しだけ苦労した。父親が。
表立ってはハルビィー嬢が病気になったと認識されている。
学園を退学するとは思わなかった。
一学年遅れても学院を卒業するとばかり思っていた。
ハルビィー嬢が落ち着いているようだったら謝罪したいと思った。
父に「許して欲しいために謝罪するのなら止めなさい」と言われた。
そう言われて、謝罪は自分が楽になりたいだけの謝罪だと気がついた。
一人の貴族令嬢の人生を潰してしまったことは重くのしかかった。
貴族社会からひっそりと居なくなってしまったハルビィー嬢。
少しだけ行方を探ろうとしたけれど、両親に止められてしまった。
今はもう謝罪も出来ない。
それなのに自分は何事もなかったかのように学園に通い、婚約者を見つけて結婚して子供を作るのだろう。
何の処罰もない事が辛かった。
ハルビィー嬢との婚約解消してから八ヶ月後、新たな婚約者が決まった。
今度は迂闊なことを言わないように心がけた。
好きだと感じられなかったけれど、学園を卒業して一年半後結婚することになった。
心をあまり通わせることが出来ていない結婚だった。
体を繋げても心は通わず三人目の子供が生まれた後、体の繋がりもなくなった。
貴族らしい上辺だけの家族を演じながら、ハルビィー嬢と結婚していたらどうだったのだろう?と毎日考えている。
きっとそのことを妻は感じ取っているのだろう。
子供達が成人すると離婚を告げられ、受諾した。
妻は離婚後半年で再婚して幸せに暮らしていると子供達に教えられた。
私はまた一人の貴族女性の人生を潰していたのだ。
学生の頃から何も変わっていないのだと、自分を情けなく思った。
ハルビィー嬢は今、幸せなのだろうか?