7 領主邸の謎(2)
「悪いが、俺たちも詳しい事情は知らない。ただ『警護の交代要員』とだけ、な」
「ふうん」
ポクポクと石畳を鳴らして馬たちは進む。市の賑わいは徐々に後方へと遠ざかる。
茶色の鬘を被り、貴族の娘らしい外出着のイゾルデは、宣言通りソードの馬に横座りで乗せられた。
言葉少ななのは身バレを防ぐためでもあるが、単純に淑女扱いが面映いせいだ。
騎士見習いになってからは基本的にひとりで馬に乗っていた。誰かに乗せてもらうなど、そうないことだったりする……。
「なあなあソード。教えろよ、どこのご令嬢?」
「教えない」
鞍から身を乗り出してこちらを窺う騎士の冷やかしを、ソードはぴしゃりとはね退ける。
イゾルデは、それに深く感謝した。
いっぽう、ユーハルトは後続の騎士にさほど絡まれていない。会話から察するに、一般人の身で魔法士団舎に出入りする彼はそこそこ有名らしく、秘密裏に協力を求められたのでは、と当たりを付けられたようだった。
そのことが誇らしく、イゾルデは胸を張る。
(ほうらね。知っているひとは知っているのよ。ユーハルトの実力を)
「……」
ソードは何とも言えない顔でイゾルデに耳打ちした。
「デビュタントでも思ったんだけど。姫って、その。ちゃんと女だったんだな」
「…………どこをどうご覧になったのか、お尋ねしても?」
「すみません、レディ。お答えしかねます。非常にごめんなさい」
「結構」
つん、と前方へ顔を逸らす。
ソードはそれに腹筋を震わせ、くつくつと忍び笑いを漏らした。
やがて、一行は閑静な一角へと差し掛かった。緩やかな坂の向こうに、蔦が絡まるレンガ塀と鉄柵が見える。
柵の向こうは剪定された茂みや噴水。大きな邸宅は横長の三階建て。敷地内にはちらほらと北公領騎士団の人員が立つ。くっきりと検問を設けているわけではなさそうだが、相当厳重な警備だった。あれがゲルン伯爵邸だろう。
(さて、どうしたものかしら)
黙々と潜入案を練るイゾルデに、ソードは心配そうに声をかけた。
「――あのさ。本当のところ、ユーハルトだって正式な招致を受けたわけじゃないだろ。大丈夫なのか?」
「平気よ。閣下は、今日はエヴァンス伯爵領だもの。権力で私を止められる輩はいない」
「権力云々より、今は変装中だろ。何か伝手でも?」
「ないけど。当てならあるわ」
「? どういうこった」
きょとん、と問うソードに、イゾルデは鷹揚に頷いた。
変装の意味。
今の自分の装いは上級貴族家に仕える下級貴族令嬢。つまり、れっきとした侍女。階級社会である貴族出身者はまず、どこの家に仕えているかを重んじる。
これにより、いかようにも理由を付けて夫人あたりに面会を申し出ることは可能だとふんでいた。
とはいえ、大叔父にこの程度の変装は通用しない。
忍びで出歩いたことが露見すればデビュタントの減点は加算され、一年間ずっと淑女教育漬けにされる。オーカからは速攻でつまみ出されるだろう。ユーハルトにも咎が及んでしまう。
よって、ソードと同じようにこちらの正体に気付き、なおかつことを荒立てずに意を汲んでくれそうな人物を思い浮かべた。
もちろん、オーウェンがいればそれに越したことはない。
だが、より現場での発言力がつよい――昨日会えなかった“三人目の婚約者候補”なら。
「ロドウェル・グランツ副参謀殿はいらっしゃる? ご実家だもの、いるわよね。彼なら、私と閣下の両方の顔を立ててくれるはず」
ロドウェル殿、と、口のなかで呟いたソードは鬱々と呻いた。
「うえぇ……。そりゃそうだけど。いいのか? 借りを作るぞ。あの、女たらしに」
ごもっともな忠告に、イゾルデは軽く肩をすくめる。
「多少の交換条件は覚悟の上よ。でも、邸には入れてもらうわ。ユーハルトも一緒にね」
「……あんまり無茶言われたら、ちゃんと断れよ。口添えするから」
「ありがとう騎士様。心強いわ」
「まったく」
根負けしたソードが深くため息をつく。
ちょうど正門に辿り着き、取り次ぎの係に怪訝そうに見られながらも第一関門は通過した。有事らしく全員乗馬のままで邸の入口に近づく。
すると。
「待て、誰だ? その者は。…………ん? そっちは確か」
案の定、職務に忠実な青年騎士に呼び止められ、停止を余儀なくされる。
イゾルデは、馬上からにっこりと微笑んだ。
「おつとめ、ご苦労さまにございます。わたくしはジェイド公爵家のイゾルデ様より遣わされました。名はキーエ。こちらのユーハルト様をぜひ、指揮官殿に紹介したいとの仰せですわ。ご案内していただけて?」