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4 会えなかった三人目

 その日の夜。

 イゾルデは、めずらしく夜更け前に帰城したハワードに掴みかかる勢いで突進した。


「さぁ閣下、ご説明を! 今日はマジェス・オーウェン先生から婚約者の件を伺いました。それに、昼間の大騒ぎは? オーカの街で何があったというのです」

「……イゾルデ。老骨に対していささか鞭打ち過ぎではないか? 淑女の挨拶も労りもないとは」


 ひとまず休ませろ、とぼやいたハワードは溜め息とともに執事に上着を渡し、袖口のカフスボタンを外した。

 効率よく身軽になりながら、滑らかな体重移動で長い通路を闊歩する。こんな老骨、見たことない。(迫真)


 イゾルデは負けじと歩調を合わせて食らいつくことにした。

 こと、大叔父閣下(ハワード)に手加減や婉曲表現などは通用しない。この御仁は、根回しや社交といった貴族の(わざ)は、根っからの苦手なのだ。

 よって眉尻をきりりと上げ、小言モードに切り替える。


「よろしいですか? いわゆる老骨(おいぼれ)とされるかたは、こんなに遅くまで仕事をいたしません。百歩譲っても早めにお戻りになり、可愛い養女をもっと気遣うでことしょう。わたくしは、ただでさえ昨日の今日で、閣下に裏切られた心の傷が癒えていないのですよ」

「む…………、それは」

「そ・も・そ・も! 閣下はあらゆる方面において言葉が足りません。なぜ、当事者であるわたくしがっ! 当家の面子を前面に押し出してゴリ押しされたであろう令息から説明を受けねばならないのです。しかもオーウェン先生から!! 恥ずかしくて顔から火が出るかと思いました!」

「なんだ、そなた。オーウェン侯の弟が好みか」

「どうしてそうなるのです? 前々から言っているでしょう、ユーハルトがいいと」

「無理だ、諦めろ」

「諦めません」

「むうぅ………………で、あとの二人とは? 話せたのか」



 日常で飽きるほど繰り返した応酬にいたり、ハワードはようやく力を抜いて柔和な表情となった。

 ちょうど自室に到着したこともあり、控えの召使いに命じて夜食と寝酒を運ばせる。


 どかりと椅子に腰掛けた将軍は、軽い手の動きだけでイゾルデに相席を促した。

 イゾルデは勧められるままに客用のソファに座り、やや恨み節を混ぜてソードのことを話しだした。


「気の毒なものです。ソードもオーウェン先生も、すこぶる優良物件ですから。先生がご結婚なさらないのは騎士団業務を第一としたいからだと伺いましたが」

「良いのではないか」

「いえ、だから……まあいいです。ところで、三人目とは会えませんでした。名前もわかりません。話の途中で先生が任務に駆り出されましたからね。で、オーカは何が起きたのです? 騎士団で、誰に訊いても釈然としない」

「そうか。うむ、ならば仕方ない。事が発覚したのは昼過ぎ。いち早く抜けたか……。三人目はロドウェル・グランツ子爵だ。第一隊副参謀の」

「!! グランツ副参謀。あの、やり手の???」

「快諾であったぞ」


(ええぇ……)




   *   *   *




 結局。

 その後聞き出せたのはグランツ子爵の実家であるゲルン伯爵家の所領・オーカで、何らかの問題が起きたということだけ。


 伯爵家の次男であるロドウェルは魔獣討伐の功績により、二十歳で所領なしの子爵位を授かっている。騎士団内では若手の出世頭だ。

 ただ、本人も優秀な自覚はあるらしく、華やかな恋の噂に事欠かない。

 おまけに気が多いたちなのか、ことあるごとにイゾルデにも言い寄っていた。なかなかの恐れ知らずだ。


 粘っても口を割らず、きっちり公私の区別を付ける大叔父に「夜も遅いから」と追い払われたイゾルデは、侍女の手も借りずに夜着に着替えた。もそもそと寝具に潜り込む。

 思い返すのは、今日の出来事。やはり、どうしても気になる。


(……教官室では専門職がどうのと言っていた。おそらく、増員要請がかかったのは魔法士。ごたごたと騎士隊も動いているのは、オーカがそこそこ大きな街だからだ。必定(ひつじょう)、公にしづらい何かが起きた。ゆるい箝口令……事態の原因究明に必要とされるのは魔法職。であるならば)


 バッ、と上掛けをめくる。

 仰向けになり、寝台の天蓋(てんがい)を見つめた。


「手柄をあげるチャンスだ。――――ユーハルトが」


 もし、ほかの一人前の騎士や魔法士たちがぐずぐすと手をこまねいているなら。

 彼の抜きん出た“瞳”と“力”は解決の糸口となり得るかもしれない。むしろ、それしかない。


 心を決めたイゾルデは頭の中で明日のスケジュールを組み上げると、すう、と健やかな眠りに落ちた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 可愛らしいです。イゾルデ様。 ですが、恋のレースはまだまだ序盤戦。 老骨の愛馬(?)に鞭を入れるには早すぎます……。 ここは余力を残しておいて、いざゴール直前で百回でも二百回でも尻をしばき…
[一言] ( ˘ω˘)スヤァ
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