宴を。言祝ぎを!(1)
エピローグがナンバリングに……!
(終わる終わる詐欺)
長くなっているので小分けにしています。
ごゆっくりどうぞ(*ノェノ)
ゼローナ北部の都、アクアジェイルにやさしい雪がちらつく。消え入りそうな冬の陽は西空いっぱいを夕映えに染め上げ、残照を浴びた都は紫を帯びた茜色とオーロラのような白。青にゆらぐ不思議な光に満ちている。
公都の壁も主要な建物も、まるで空を海に、巨大な波打ち際と化したよう。
――何ということはない。北部特産のアクア輝石が見せる、この地方ならではの景観だった。鉱物の結晶にそのような特徴があるらしい。
ゆえに、明け時と暮れ時の北都は夢のようなうつくしさに包まれる。
その幻想的な景色のなか、大路をたくさんの馬車が列をなす。
今宵は特別な夜。
一年の終わりに、盛装に身を包んだ北部貴族らが旧城に集う日。古き公国時代の慣習にちなみつつ、今なお権勢を振るう北の盟主・ジェイド公爵が主催する“アクアジェイルの年始の宴”に参加するためだった。
* * *
「エヴァンス伯爵が名代、令嬢ミズホ様。ならびにご婚約者のマルティン・アルセー様ですね。どうぞ。良い年を」
「良い年を」
年末の定句を交わし、招待状を確認した係の者に通される。
いつも通りおだやかな笑みを湛えたミズホと、彼女を緊張の面持ちでエスコートするマルティンは周囲の視線を受けながら旧城――北公邸の大ホールに足を踏み入れた。
「まあ! 見事なものですね。わたくし、やはり年の瀬の祝いは北でなければ落ち着きません」
「貴女の神経の十分の一でいいので、ぼ……、私も欲しいものです。強靭な精神を」
「あら。マルティン様ったら」
ころころと笑い、ミズホはうれしそうに、まだ背丈が自分に追いつかないマルティンの腕に身を寄せた。ほんの少しだ。
「(……!)」
それでもマルティン少年にはまだまだ刺激が強かったらしく、頬を赤くしてふいっと目を逸らす。拗ねたような横顔に、改めて愛しさをかみしめたミズホは、スッと広間の奥にある大階段を手で差し示した。
「例年、将軍閣下があちらからお越しになりますの。でも、今年は我が父も峠の手前で足止めですものね。母は街道復旧の援助や対応で領地を離れられませんし。マルティン様がご一緒してくださって心強うございます」
「……閣下も、供をなさっているエヴァンス伯も。つつがなくお戻りになられるといいですね」
「貴方のお父上のアルセー男爵もでしょう? 皆様の無事を祈りましょうね。ご挨拶のとき、黙祷の時間があるのです」
「挨拶?」
「ああ……いえ、わたくしたちからの、ではなく。主催のジェイド公爵様ですわ。ちょうど深夜の零時、今年一年を無事に過ごせた感謝と、来年の安寧を祈る時間が設けられているのです」
「なるほど。そういう」
合点がいったマルティンは素直に頷いた。
大階段の上には大きな時計がある。
あの長針と短針がかさなる少し前、主催者は入場すると聞いた。
ハワード将軍不在のいま、代わりをこなせる者はただひとり。
現在の当主ハワードの甥の娘にして、先代公爵夫妻の忘れ形見、イゾルデだけだ。
偶然、少し前に劇場で知見を得た。
彼女が先のデビュタントを断髪によって無かったことにし、来年に持ち越させたのは、なんでも無理やり婚約させられそうになったからとか――
「あ。始まりますわ」
「え?」
ふたりで会話をしつつも次々に入場する貴族らと談笑すること数十分。
なお、二十組を超えてからは数えていない。そろそろ表情筋が死にそうだ……と、隙をみて頬をぺちぺち叩いていた。その矢先だった。
大階段の先にある真っ白な帳をひらき、北都府儀典長官のコナー卿が現れる。
彼が恭しく一礼し、帳を開けとめて迎え入れたのは。
「まぁ……!」
「なんてお綺麗なの」
周囲から感嘆のため息が漏れる。さざ波のように広がるそれは貴族たちの視線を総取りにし、階段上に絡め取る。
盛装のイゾルデが佇んでいた。
――成人前なのを慮ってだろう。
かつてアクアジェイル公国最後の女大公が身につけたという小冠や身の丈より長い毛皮のマントはなかったが、楚々とまとめられた紺色の髪にはパールのヘッドドレス。同じくパールと青い宝石をあしらった耳飾りがよく似合っている。
装いは襟高く、ジェイド公爵家の象徴たる鮮やかな紫紺。体の線に添ってゆるやかに裾が広がる非常にシンプルなデザインだ。
来春には正騎士位を得ることが内定しているためか、どことなく騎士を思わせる銀布を左肩からさらりと流している。
きりっとした眉に意志の強い大きな黒瞳が印象的。立ち姿には若い女王のような威厳が滲んでいる。
デビュタントを伸ばしていようと関係ない。すばらしくうつくしく気高い、未来の女公爵だった。




