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騎士姫の婚約者〜見合いの必要はありません!〜  作者: 汐の音
第三章

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33/42

32 婚約破棄? ―伯爵令嬢ミズホ・エヴァンスの場合―

すみません、劇中劇のようなものです(震え)

広いお心で居合わせた人たちの「は?」に同調していただければ……



「ミズホ・エヴァンス! きみとの婚約は解消だ! もう、これ以上耐えられない……!!」



 ざわり。

 由緒正しいスノウ座のロビーに突拍子もない叫び声が響き渡った。高級感あふれる燭台や花を飾った談話用のテーブル。赤絨毯が敷かれた落ち着いた空間に一種異様な沈黙が降りる。


(…………は??)


 イゾルデも固まった。

 もの慣れたロドウェルのエスコートで入口の階段を昇った。開演三十分前だった。

 一階部分の一般席は平民。二階以上のボックス席が貴族という暗黙のルールのもと、軽い飲食や会話を嗜むことができる二階ロビーへと案内された。その瞬間の出来事だった。


 それまで、やれ挨拶だの社交だのをせざるを得ないか――と、ある程度腹を括っていたイゾルデだが、おかげで誰もこちらを見ていない。奥まった位置で対峙する若い男女に釘付けになっている。


 男女――片方はまだ少年と言っていい。十を少し過ぎたくらい。かたやフルネームで呼ばれてしまった女性は。


「……あちらの、栗色の髪の女性がエヴァンス卿のご息女ですね。貴女より三つ歳上の」

「ありがとうグランツ卿。思い出しました。では、あの少年は?」


 身をかがめて耳打ちするロドウェルに、手にした扇を広げて若干の壁を作る。

 馬車のなかとは打って変わって相変わらずの防御力(ガード)を発揮するイゾルデに、ロドウェルはほろりと笑んだ。


「ええ。今年、かの伯爵家に婿入りが決まった男爵家のご子息です。名はマルティン・アルセー」

「なるほど」


 頷き、しばらく様子見の構えをとる。というか、いろいろ付いていけない。

 いっぽう、男女の修羅場や痴話喧嘩には耐性があるのか、ロドウェルはどこか楽しそうにふたりを憐れんでいる。


「いやあ他人事とはいえ気の毒ですね。こんな場で。そもそもミズホ殿といえば才媛で有名なかた。五年前のデビュタントの折は王城からお声がかかり、秘書官として出仕なされたと聞きます。

 マルティン殿はまだ若いので人柄については知りませんでしたが…………おや、あんなに顔を赤くして。これはいけない、その辺の少年愛好家がもじもじしてしまう」

「卿、ちょっと黙ってくださる?」

「はい」

「結構」


 くい、と、閉じた扇でロドウェルの顎を押しやり、イゾルデは再び向こうを注視した。


 ――――なんとなく、助けが必要であれば仲裁に入るか、ロドウェルを遣ろうと思っていた。




   *   *   *




 栗色の真っ直ぐな髪をハーフアップにして、瞳と同じ菫色のドレスを着ている。ミズホ・エヴァンスは「まあ」と呟き、困ったように片頬に手を当てた。


「マルティン様。聞き捨てなりませんわ。いかな貴方といえど、こんなところで。今日の演目、気に入りませんでした?」

「気に入る入らない以前の問題だろ! 僕には、もうきみがわからない!」


 ざわざわと周囲がさざめく。

 マルティン少年は、きっ、と(まなじり)を強めた。


「僕は来年から騎士見習いになる。きみの父上が出した条件だったし、僕の父も了承した。僕も(やぶさ)かではなかった」

「マルティン様は幼い頃からハワード閣下に憧れていらっしゃいますものね」

「いっ、言うなよそういうこと! そういうところが……っ! それに何だよ! 当てつけか? 演目の『婚約破棄は私から』って。どうせ、オペラなんかちっともわからない子どもだよ! ミズホは嫌なんだろう!? こんなガキが相手じゃ!!」

「まあぁ……そんなつもりでお誘いしたわけではありませんわ。たまたまです。王都の流行りで」

「煩い、うるさーーい!!!」



「――失礼。煩いのはどちらかしら」


「なっ……!?!!?」

「! 貴女は」



 ふたりは同時に声がした方に顔を向けた。


 人垣がするすると割れる。最初に認められたのは、周囲の紳士がたより頭一つ抜きん出たオレンジ色の髪。

 が、彼はあくまで付き添いで、その斜め前を歩く少女が声の主と知れた。

 少女を見て、マルティンとミズホはそれぞれ最大限まで目をみひらいた。反応がより大きかったのは前者だった。すかさず片膝をつき、大声で挨拶を述べる。


「たっ!! 大変失礼いたしました!! まさか、このような場所に貴女が」

「居てはいけない?」

「いっ、いいえ!!」


 口ごもる少年の後ろで栗色の髪の乙女が礼をとる。洗練されてとてもうつくしい所作だった。

 イゾルデは、ふう、とため息をつく。ひらいた扇を口元に当て、ちらりと傍らのロドウェルを流し見た。


()()()()()殿()

「! は」


 それまで余裕一色だった大人の表情が、驚きで素の顔になる。らしくなく、ぽかんと口を開けた副参謀殿に、イゾルデはにこりと微笑んだ。


「送ってくださってありがとう。このあとはミズホ嬢とご一緒するわ。どうも、マルティン殿は具合が優れぬご様子……お邸まで送って差し上げて欲しいのですが」

「は……」


 とっさに返せず、ロドウェルが目を瞬く。

 すると、自然と観客と化した周囲からのヒソヒソ声が聞こえた。



 ――――おい、あの令嬢もしや。

 ――――お付きのかた、グランツ子爵ではありませんこと?

 ――――仲がよろしいのね、ご婚約間近なのかしら!

 ――――え? お相手候補はまだ数名いらっしゃるだろ。



(……)

 むう、と黙り込んだロドウェルだったが、イゾルデの真意は理解できた。

 ようは、助け舟なのだ。たまたま行き合った彼らへの。



 やられたな、とは正直な所感。「まさかこんな場面で名前呼びをなさるとは」と、こっそり憎まれ口を叩く。

 イゾルデは、いかにも存ぜぬと淑やかに小首を傾げた。


「何のことでしょう」

「いえ……まあ、いいでしょう。さあどうぞ、マルティン殿。エヴァンス伯爵の北都邸でよろしいか?」


「は、はい」


 マルティン少年は慌てて立ち上がり、複雑そうな顔で婚約者の女性を眺めたあと、律義にイゾルデに頭を下げた。


「……お騒がせして申し訳ありません」

「お大事にね」

「はい」


 根は素直なのだろう。意外にきちんとしているな……と、評価を改めて取り残された女性に向き直る。

 そこで開場のベルが鳴った。


 夢から醒めたように、わらわらと人が動く。その波に抗い、悠然とオレンジ髪の青年は少年を連れて行った。

 イゾルデは、扇をパチリと畳んでミズホに笑いかけた。


「ごめんなさい。余計なことをしたかしら」

「いいえ、そんな! 何とお礼を言っていいか」


 では、と、ひらいた大扉とミズホを交互に見る。


「せっかくなので、本当にご一緒していただける? わたくし、観劇は初めてなの」

「まああ……、喜んで!」



 初対面の伯爵令嬢と公爵令嬢は互いに吹き出してくすくすと笑い、ボックス席へと向かった。




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― 新着の感想 ―
[一言] こんなの惚れちゃうよ( ˘ω˘ )
[良い点] ぬおぉ! 別の物語が始まったのかと思っちゃいました(笑) オレンジ頭……、ちょっとお気の毒ですなぁ〜
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