29 吐露
「どうもこうもない……っ! 僕は! イゾルデにふさわしくない、それだけです!!」
ドンッ!
「おっと」
いつになく激しい言いようと抗う力に、ロドウェルは意外そうに目を瞬いた。羽交い締めにしていた両腕から逃げられるも、ふふんと笑う。
「じゃあ、なぜ正式に婚約者候補を辞退しない? 知っているだろう。ランドールとオーウェンはきっちり退いた。潔すぎるくらいだ」
腕を組み、居丈高なオレンジ髪の年長騎士に痛いところを突かれ、ユーハルトはあからさまに呻いた。対面のソファーに座る両者は引き合いに出され、渋面となる。
「〜〜言っとくけどな。俺だって、諦めたくて諦めたんじゃない。姫の気持ちが、変わりようがないほどお前だけに向かってたからだ。それがなんでこんなことに……このっ、ドヘタレ!!」
「ぐっ」
「まぁまぁ、ソード君。私もきちんと伺いたいですね。こう見えても精一杯、気持ちを変えられるよう努力したつもりなので」
ちくちく、ちくちくちく。
刺されるように痛い視線を三方向から浴び、ユーハルトは天を仰いだ。両手で顔を覆っている。
「勘弁……してください。僕だってイゾルデが大切です。大切だからこそ、僕ではだめなんです……」
「殴ろうか」
「待て、早まるなロドウェル。私たちも昨日からずっと堪えてるんだ。ようやく本音を出し始めたところなのに」
「む」
――砦でのやり取りは、当人同士しか知りようがない。が、北都に向けて発つ前からイゾルデはあまりに淡々とし、ユーハルトもイゾルデに近づかなかった。
ソードとオーウェンは誤解した。
何かしらあったにせよ、騎士団の演習中である。互いに照れくさいか、恋人同士のような空気を醸さないための距離感と捉えたのだ。
ふたりがコナー伯爵家の北都別邸を訪れたのも、当初はけじめのため。やっかみ半分、祝福のためだったのに。
蓋を開ければ「断った」。
思わずふたりで二度聞きした。家格も年齢も釣り合いが取れて、曲がりなりにも老将軍ハワードからイゾルデに求婚する権利を与えられている。
何よりイゾルデの想いは、まぶしいほど一途にユーハルトだけに注がれていた。それがなぜ。
沈黙の圧に耐えかねてか、ユーハルトが居住まいを正す。
「これから話すことを、剣にかけて漏らさないと誓っていただけますか。特にイゾルデに」
「内容によるな」
「同じく」
「いいから言え」
「……はあぁ……」
頭を垂れ、両手を拳にして膝の上に。
地に沈みかねないほど重いため息をこぼしながら、ユーハルトは、これだけは、と己を奮い立たせた。面を上げ、正面のふたりと左側のロドウェルの顔を順に眺める。
「まずは、改めてご足労いただいたお詫びと……弁明を。砦での一件をなかったことにしながら、僕が婚約者候補を正式に辞さないのは両親のためです。
元々、閣下からの打診は内々に寄せられたものでした。それを敢えて表沙汰にしては、これから年始の宴までの社交シーズンで、両親が必要以上の好奇の目に晒されます。僕は、ソードやオーウェン先生のように人脈も実績もない……。将来性もありませんから、人によっては縁故を理由に婿入りをゴリ押ししたと見られてもしょうがない。僕がいなくなったあとの両親にとって、僕が負担になるのを避けたいんです。
――……すみません。単なる弱さと、我儘ですね」
「ちょっといいか。コナー」
「はい」
難しい表情をしたロドウェルが、軽く挙手した。ありありと疑念が浮かんでいる。
「なぜ、自分がいなくなる、と? 出奔の予定でもあるのか。まぁ、そのほうがかえって親不孝だろうが」
「それは……」
ユーハルトは視線を揺らがせ、言葉を濁した。
束の間の逡巡。
ソードからは訝しそうな顔を。オーウェンからは何かを察したような顔を向けられる。
(ままよ)
ぎゅっと目を瞑ったユーハルトは、いっそう拳に力を込めた。――――イゾルデを託すことになる。彼らに偽りは許されない。
静かに、静かに吐息した。
「僕は、普通の体ではないので。元々虚弱体質だったのを、幼いときに受け入れた妖精たちの力で長らえている状態です。
それに、妖精たちの力の氾濫は、単なる人間の僕には到底扱えません。暴走して、近しいひとを傷つけるかもしれない。
加えて、僕が両親より先にいなくなるかも、と想定したのは――……近ごろ、魔法を使ったときの“内側”の消耗が激しくなったからです。体を鍛えることで多少の制御力は増しましたが、気を許せば、僕の命はあっという間に彼らにすり潰されてしまう。そんな不安定なモノを」
ぎりっ、と歯を噛みしめる。
心が血を流す。続く言葉を、ユーハルトは吐き出した。
「あの、輝くばかりに綺麗なイゾルデの夫になんてできません。彼女は…………っ、彼女が、幸せになれる相手を選ぶべきです」




