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騎士姫の婚約者〜見合いの必要はありません!〜  作者: 汐の音
第二章

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26/42

25 告白

 堂々と扉を閉められてしまった、とか。考えるよりも前に答えてしまった、とか。

 あらゆる意味で千歩も万歩も先をゆく大人のオーウェンに、それらが決して「模範的」なわけではないとも気づく。


(先生って……え?)


 ユーハルトの頭の中はぐるぐると混乱した。


「えっと」


 傍らで呟き声。

 戸惑うイゾルデの表情からは、気のせいか自分と同じような疑問符と取り残された感が漂う。

 現実問題、湯気の立つ食事を彼女に摂らせないという選択肢はなく。

 ふはっ、と、気の抜けた笑いが込み上げたユーハルトは、そのまま二人掛けのテーブルを手で指し示した。


「どうぞ。食べて、イゾルデ。僕はもう食べ終わったから。お茶だけご相伴に預かるね」




   *   *   *




 備え付けのカップをひとつ拝借し、テーブルに既にセットされていたポットから温かなお茶を注ぐ。

 行儀よくトレイのスープやパン、茹でたウィンナーにマッシュドポテトを平らげるイゾルデと話していると、あっさりと誤解が解けた。


「ええぇ!? そんな。ずれてた眼鏡を直してあげた……って?」

「そうよ。先生は両手が塞がってたもの」

「ああ」


 たしかに。

 対象に意識を定め、干渉し続けるたぐいの魔法は、発動中は動けない――術を解くまでは。

 なるほど、たまたまその瞬間をオーウェンの背中越しに“精霊の目”で見たから……、()()()()


「てっきり」

「てっきり?」


 うっかりこぼれた言葉の切れ端を、食べ終えてフォークを置いたイゾルデに聞き咎められる。


 ユーハルトは、頬が熱くなるのを感じた。


「何でもっ」

「なくはないでしょう? ユーハルト、顔が赤いわ。ずっと心配だったんだから……! 移動も大変だったでしょうに、あんな大きな魔法を使って。おまけにうちの見習い(あらくれ)たちと厨房で一働きしたんでしょう。失礼、熱が?」

「!!」


 ずい、と身を乗り出し、真剣な顔のイゾルデがユーハルトの額に触れる。「熱いわ」


「熱じゃない」

「うそ」

「嘘じゃないって」

「じゃあ、どうしてこっちを見てくれないの」

「……ッ」


 カチャ、とトレイが鳴り、至近距離でこちらを窺うイゾルデに、ぷちん、とユーハルトの堪忍袋の緒が切れた。

 怒り、というには語弊があるが――


 知らず、自分の口を手の甲で隠していた。

 ぎゅっと目を瞑って叫ぶ。


「あのね!? 普通に考えて! 好きな子が湯上がりで! まだ髪も乾ききってないよね!? あと、く、首元……っ、襟がひらいてるから! 頼むから、そんな格好でウロウロしないで!?!?」

「え」


 一声漏らすなり固まったイゾルデが、今度はユーハルトの倍の勢いで赤くなる。寛げた襟元から覗く白い肌は瞬く間にほんのり染まり、桜色の耳朶まで。


「ごめ」

「あの……いや、こっちこそごめん。大きな声出して」

「ううん。そっ、そうじゃなくて。さっき……その、本当に……?」

「うん。もの凄く無防備だから。危ないから。百歩譲って先輩騎士様がたはともかく、同年代の見習いたちには、あまりきみのそんな姿は見せたくないかなって」

「………………」


 ユーハルトは口をつぐんだ。胸元の布地を寄せ合わせながら黙り込むイゾルデに、心底申し訳なる。


 しかも、(オーウェン先生も)というくだりは無意識で端折(はしょ)ってしまった。気まずさに立ち上がり、トレイを持ち上げる。


「持って行くね。イゾルデは部屋に戻ってて。ゆっくり休んで――」

「待って」

「わ!?」


 機敏に立ち上り、肘上を握られたユーハルトは慌てふためいた。まだ目元が染まったままのイゾルデが、緊張で喉を震わせているのが伝わる。


「ユーハルト。お願いがあるの」

「……なに?」


 ばく、ばく、と、こちらまで心拍数が上がる。悟られないように懸命だった。

 伏し目がちだったイゾルデは、意を決したように夜色の瞳をきらめかせたあと、真っ直ぐにこちらを見た。


「私、結婚するならユーハルトがいい。私の、婚約者になってください」










 ――――――――


 ちょうどその頃。

 北公領騎士団団長にして北公・ジェイド公爵ハワードは、一通の封書を手にぼやいていた。


 公邸ではなく、騎士団詰め所の一室。騎士団長執務室である。

 つまり久しく仕事の虫だったハワードにとって、真の私室と言って等しい。公邸はあくまで嫡流たる兄夫婦、並びに甥夫婦のものだという認識がいつまでも取れない……。(※そこを、たびたびイゾルデには辛口で批判される)


 相手は四名いた候補のうち、唯一の爵位持ち。手堅い領地経営をこなすゲルン伯爵の次男、ロドウェル・グランツ子爵だ。


 イゾルデが二度目の遠征実習に赴いて三日目。幹部会議のあと、議事録を納めに来たロドウェルを捕まえての世間話。ランドール家の手紙は、そのタイミングで届けられた。

 中身はなんと、内々に婚約者候補を辞退する旨だった。ランドール伯の子息ソード(いわ)く、姫には忠心をもって仕えたいと。


 それはそれで見上げた心意気だった。喜ばしくもあるのだが、いかんせん溜め息の止めようがない。


「やれやれ、イゾルデの跳ねっ返りにも困ったものだ。やはり、()()には度量の深い年上のほうがいいのか……。卿やオーウェンのような」

「いたみいります」


 にこりと笑ったロドウェルは、軽い調子で付け加えた。


「競り勝ちたいものですね。オーウェンにも、コナー家の子息にも」

「むう」


 苦虫を噛み潰したようなハワードが唸る。


「ちなみに聞きたいが。卿であれば、イゾルデの伴侶として何が出来る?」

「伴侶として、ですか」


 やや垂れた水色の瞳をみひらき、橙の髪の青年が驚く。


「もちろん生涯大切にします。彼女自身、優れた騎士の素質も剣の腕もありますが。……いとおしいので、妻として穏やかにも過ごしていただきたいですね。

 僭越ながら、彼女が()()()()()()()()()()()()()、もっとも確実に『将軍代行』をこなせるのは私だけでしょう」

「……ふむ。有難う、グランツ副参謀」

「は」


 ねぎらい、退室を促したハワードはひとりになったあと、改めて椅子の背に体重を預けて顎髭をしごいた。



「ひとつ、機会を与えるか」



 ――――老骨に鞭打って策をひねるハワードのもとに、ソード・ランドールに引き続き、マジェス・オーウェンからの謝意を込めた辞退状が届くまで、あと数日を要する。




第二章はここまで。

次の第三章を終章とします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 第二章のユーハルトは結構積極的に動いていましたね!自分の力を制御しようとしたり、イゾルデを助けに行ったり。 そして、イゾルデが天然さんに(笑) そんな風にふわふわしているはずなのに、ちゃんと…
[良い点] 女子からのプロポーズすてきです♡ [気になる点] 身を引いた男子二人はオトナだった……。良い相手がみつかるといいですね。 [一言] 水上さまのミカン頭に笑ってしまいました。赤毛系イケメンっ…
[良い点] 【祝】両想い!!(∩´∀`)∩ばんじゃーい。 [気になる点] ……と思ったら?あれ?オジサマ、止めてあげて!
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