24 話し合いで解決することが、世の中にはたくさんあるんですよ
事件を解決した遠征実習の騎士隊は、それからほどなく村を発ち、ぎりぎり日没前に国境地帯の砦に到着した。あわや生き埋めになりそうになったイゾルデとオーウェンは全身土埃まみれで着替えてもいない。容赦のないスピード重視である。
が、実戦であればよくあることと、両者ともけろりとしている点が流石と言うべきか。
否、唯一イゾルデが表情を一喜一憂させる相手がいた。
斜陽を受けてオレンジに染まる古びた石壁と整備された石畳。厩舎の手前で長い影の先にいる、思いがけず会えた幼馴染の元へと小走りで駆ける。
さほど背は変わらない。イゾルデは、妙に精彩を欠いて見える少年の顔を覗き込む。
「さっきはありがとう、ユーハルト。体は大丈夫?」
「うん、平気。馬はソードが乗せてくれたから」
――馬。
そうだけど、そうじゃない。
もどかしさで一杯になったイゾルデはまた眉宇をひそめた。
ぶじに祠を出て、すぐに礼を伝えてからというもの、ずっとこうだ。
わざわざ追いかけてくれたことも、危機に尽力してくれたことも、そのどれもが体力面に問題のあるユーハルトを苛まないはずはないのに。
(ソードがユーハルトの体に無茶させる乗り方、するわけない。……だから、そこは信用してる。そうじゃなくて)
ちらりと目線で謎の違和感を解く協力をしてくれそうな相棒を探すが、当のソードはログム隊長と何かを話し込んでいる。
なぜ、来てくれたのか、とか。
どうやって水を引かせたのか、とか。
聞きたいことは山ほどあるのに、いつの間にか築かれた透明で分厚い壁がそれを許さない。イゾルデは拳を握り、唇を噛んでから再挑戦を試みた。
「あの――」
「イゾルデ嬢、ここにいたんですね。馬の世話は騎士ソードが引き受けてくれるそうです。荷を持って砦に入りなさい。先に湯屋を使うといいですよ」
「あ、はい」
「次は私が使えとの隊長の指示でした。失礼、コナー君。またあとでね」
会釈し、再度恩人に礼を伝えてから、ふたりで砦に向かう。
イゾルデは、それとなく背に当てられたオーウェンの手を気にしつつ後ろを振り向いたが、ユーハルトは既に目を逸らしていた。
すると、どうしてそうなったのかよくわからないが、馬の世話を終えたらしい騎士見習いたちが順に彼に飛びかかっている。
男子特有の、何かの洗礼だろうか……?
揉みくちゃにされつつ、嫌ではなさそうなユーハルトにホッと一息。
それが、手のひら越しに如実に伝わったのだろう。オーウェンは苦笑ぎみに問いかけた。
「気になりますか? 彼が」
「意地悪な質問ですね、先生」
つん、と顎をそびやかし、言外に(当たり前)と告げればくすくすと笑われる。
勝手知ったる――とは言い難いが、去年の実習でも使用した砦の仔細はわかる。滞在可能な一画へと足は急いだ。
「まずは、先生がどの部屋を使われるのか教えてください。終わったら知らせに参ります」
「わかりました」
* * *
いっぽう。
「なあなあ〜! 凄かったなさっきの!」
「自然現象に働きかけるなんて大きな魔法、初めて見た。どうやったんだ?」
「ごめんな、今まで。ちょっとやっかんでてさ。絶対イゾルデ嬢のコネで魔法士待遇に――いてッ」
「ばか、お前。直球で言う奴がいるかよ」
現場でもホロン村でも私語を禁じられていた見習いたちはユーハルトの肩に手を回し、どさくさで脇腹を小突くわ、ぐしゃぐしゃに髪をかき混ぜるわ、やりたい放題だった。見かねた引率の騎士がため息まじりに近づいて来る。
「あー、魔法士殿をあんまり苛めんなよ? ホロンの村長は泊まっていけと言ってくれたが、隊が丸ごと入れる施設はなかった。非番のソードは遠乗り中に寄っただけだと謝礼を受け取らないし、魔法士殿にいたっては、今後のために砦を見学したいと申し出られての同行だ。さっさと飯にするぞ。ひとまず砦を案内するから、一列で来い」
「「「「はい!」」」」
「わっ」
たちまち人だかりから解放され、呆然としたところを戻ってきたソードに気の毒な人を眺める視線で見つめられる。軽く髪を直され、ポンポンと肩を叩かれた。
「ほら行くぞ。あいつら、食欲魔人だからな。うかうかしてたら食いっぱぐれちまう」
* * *
「ふう。さっぱりした」
湯屋は砦の南翼一階。一個師団が長期滞在できるように作られた構造上、外見はものものしいが内容は充実している。
とくに厨房は大人数を賄える設備が整っており、おそらく見習いたちは早速その場で芋の皮むきに従事したはずだ。(※遠征実習における由緒正しい恒例行事。長期保存が可能な芋の下処理は面倒だが必須作業のため、たいていは新入りの仕事になる)
洗い髪をゴシゴシと布で拭きながら二階へ。
教官や上官が個室を与えられる区画は廊下が絨毯敷きで、一階のだだっ広い雑魚寝スペースとは明らかに待遇が違う。
(とはいえ、私は無条件でこの区画なんだけど)
過去、女性騎士はいないでもなかったが、現在は魔族との間に不可侵条約が結ばれて久しい。
時おり冒険者となる女性はいるそうだが、国という大義名分を背負う騎士になりたがる女性は、そういなかった。
もし、自分以外に騎士を志す女性がいれば、そのときはこういった砦の造りにも手を入れねば……と、決意を新たにする。湯屋が男湯しかないのは不便だった。
ひとつの扉の前に立ち、ノックをする。
「オーウェン先生、次どうぞ」
ありがとう、と返事が聞こえ、すぐに内側からドアが開けられた。
すると。
「あ」
「?? ユーハルト? どうしたの。――その食事。あっ、ひょっとして先生に?」
「う、うん。隊長殿に頼まれて。生還組に持っていってやれって。イゾルデのも持ってくるよ。待ってて」
「そんなっ。見習いの子たち、ずいぶん貴方を上手く使ってるのね……? ちょっと首根っこ捕まえてやらなきゃ気が済まないわ。言ってこないと」
「まあまあ」
「先生?」
反対側の廊下から現れたユーハルトが両手に持つトレイを、オーウェンは軽々と片手で受け取る。おもむろに歩き出した。
「貴女の部屋はこちらでしたね」
「え? はぁ」
きょとん、と瞬く間に長髪教師は二つ向こうの部屋を開け、すたすたと入室。中央のテーブルにカチャリと置き、そのまま退室してくる。
オーウェンはイゾルデと目が合い、にっこりと笑った。
「私はこれから湯浴みですので、温かいうちに貴女が食べてください。コナー君。良かったら、彼女が食べ終わったトレイを下げてもらえるかな」
「……それはもちろん。いいですが」
戸惑いがちなユーハルトに、やや意地悪そうな笑みを湛えたオーウェンがそっと顔を寄せる。
なお、隣のイゾルデには聞きとれない。絶妙な囁きだった。
「(――考えても見なさい。要領がいいだけの若造たちに湯上がりの彼女を拝ませることはない)」
「同感です」
「素直でよろしい」
「?」
ごゆっくり、と微笑み、オーウェンはふたりを残してドアを閉めた。




