22 騎士の誓い、姫の受難
オーウェンは各属性の魔法に長け、魔力量も水準より多い。器用なタイプの魔法士だ。だからこそ、本来なら祠の入口全体がぺしゃんこになるような大惨事を防いでいられる。
とはいえ、何事も刻限というものは存在するわけで。
「……いつまで保ちますか。私に、何か出来ることは?」
「出来ること、ですか」
イゾルデの問いに、落盤の衝撃で眼鏡が若干ずれてしまったオーウェンは、わずかに首を傾げた。
それ以外は身動きひとつしない。
――できないのだろう。密着したイゾルデの背に回した両手で杖を掲げ、しずかに魔力を巡らせているようだった。
「ううん……魔力抵抗の感覚から察するに、維持だけなら夜明けまででしょうか。残念ながら、天井と壁を支えながら突破口をひらくには、いささか掛かる比重が大き過ぎて。していただけるとすれば――――……あっ」
「!? ありますか」
「ええ。その、私の腰のポーチに飴が。じつは、微量の魔力回復効果があるのです。手が塞がっていますから、よろしければ食べさせていただけると……」
「なるほど」
納得して、イゾルデは顔を伏せた。
オーウェンの杖が魔法を発動させている証に、ふたりを包む空洞内はやんわりと光が満ちている。その明かりを頼りに彼のマントの内側に右手を差し入れ、腰の後ろのポーチを発見。留め金を外し、指をそうっと滑らせた。
――が、どれが飴なのかわからない。いろんな物が入っている。
もぞもぞと迷う気配に、察したオーウェンが苦笑をもらした。
「小瓶です。コルクの蓋の」
「あ、これですね。……っしょ、と。よし、取れた。先生?」
「………………なかなか。つらいですね、これ」
「えぇっ!?? 大変じゃないですか。このまま入れても?」
「はい。お願いします」
どこか諦め口調の魔法士に、イゾルデは心配になりつつ上を向く。
こちらを見つめる熱っぽい灰色の瞳の不穏さは気になったが、軽くひらいた薄い唇にのみ視線を合わせた。「失礼します」
琥珀色の丸い飴玉をオーウェンの口元に運び、唇の間に押し込む。オーウェンはそれで、ホッとしたように肩の力を抜いた。
これで、いくらか魔力消費の負担も減らせればいいのだが……。
イゾルデは、ぐるぐると思考を巡らせた。
助けは比較的早く来ると確信する。
だが、どうすれば穏便に脱出できるのか。
『祠』と言っていた。村にとっては大切な場所のはずだ。地盤の崩落は、水源でもある滝壺にあまり良い影響を及ぼさないはず――
すると。
「イゾルデ嬢」
「え、あ、はい?」
心ここにあらずの風情でこんこんと考え込んでいたイゾルデに、オーウェンは何とも言えない顔をした。
「貴女というかたは……こんなときまでご自身のことより民のことを。場の保全について考えておられましたね?」
「もちろんです。だって、先生がこんなにも全力で支えてくださっている。つまり、必要があるのでしょう? 私たちだけで抜けることは出来たはずです。『こう』なる前に」
「おや」
オーウェンは片眉を上げた。少しだけひとの悪い表情になる。
「……大正解ですが、私が貴女を堂々とこの手でかき抱ける好機ととらえたとは、些少も思わないわけで?」
「そうなんですか?」
「どうでしょう」
(!)
怜悧な面に近寄られ、相手が――――このとき、ようやく婚約者候補でもある魔法座学の師なのだと理解が追いついた。とたんに言葉に詰まる。
心なし、覆い被されるように密着度が高まっている。元々の身長差からして本当に抱き込まれているようだった。
……だが。
イゾルデは赤面しつつも身じろぎで胸元に隙間を作り、両腕をねじ込んで距離をとる。代わりに長身の師の支え棒となるよう、額を彼の胸に押し当てた。
「イゾルデ」
「ストップです、先生。先生ならご存知のはずです。私が誰を想っているか」
「……」
「言い換えましょう、マジェス・オーウェン殿」
「……はい」
ぐっと一呼吸。額を離し、肝を据えてから顔を上げる。
口づけすら可能なほどの近さでイゾルデは微笑み、両手を彼の目元まで上げた。驚くオーウェンの銀縁眼鏡に手を添え、正しそうな位置まで直す。
「いつも、尊敬しています。貴方は、私にとって必要なかたです。
――伴侶としてではなく。いま、貴方が自身の判断でホロンの人びとに良かれと動いたように。私と同じまなざしで民を護ってくださる。同胞として。
ともに在れたらと願います。若輩の私が、爵位を受け継いだあとも。
どうか、これからも側に。私を助けていただけますか?」
「………………」
焦点が合ったのだろう。
オーウェンは瞬き、唇を引き結んだ。切なそうに吐息して、観念したように額をイゾルデの肩に乗せる。
両腕は杖を掲げたまま。
まるで、誓いのように。
「――もちろんです」
言葉のぬくもりは、イゾルデの左耳のすぐそばに落とされた。
「もちろん、我が剣と知恵は北の大地の安寧のために。我が姫にして未来の北公閣下。私の忠誠のすべてを捧げます」
「ありがとう……ございます」
オーウェン先生、と、答えようとした。
そのとき、隔絶した外から集う人びとの気配が。聞き慣れた声が耳を打った。
「姫! オーウェン師! 無事か!?」
「イゾルデ……っ、オーウェン先生!! そのままで聞いてください!! 落ち着いて!」
((!!?))
ふたりは同時に顔を見合わせた。声の主は、間違いなくこの場にいないはずの幼馴染たちだった。
切羽詰まったログムの声が大きく響く。
「いいかぁあ、オーウェン! 術式はまだ解くな!! 足場がヤバい!! 川が……っ、増水した! ここら一帯、池になってやがるんだーー!!!」




