表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/42

18 恋敵


「お前さ、なんで『自分も婚約者候補になった』って言わないわけ!? 姫に」

「ソード。ノックぐらいして」


 ――イゾルデが来た翌日。

 ユーハルトが呻きながら全身の筋肉痛と戦うさなか、もうひとりの幼馴染みが現れた。

 北公領騎士団の若き騎士、ソード・ランドールだ。


 家格は同じ伯爵家だが、歴史も浅く文官肌のコナー家と異なり、ランドール家ははっきりした武官の流れを汲む。もとを辿ればジェイド家が北方全体を治める“アクアジェイル公国”の盟主、ジェイド大公家だった頃まで遡る。


 ランドール家――ちなみに当時は違う家名だった――は、古くから北方魔族との戦いや、たび重なる魔獣の襲来においてジェイド家を支え、武名を馳せてきた。


 ゆえに、次男だろうとソードは容赦なく鍛えられた。元々の主家――ジェイド家への忠誠心も失われていない。おそらく、イゾルデの婚約者候補に立った四名のうち、ハワードが最も本命視するのは彼だろう。

 コナー伯爵(ちち)伯爵夫人(はは)も、その辺りの事情はよくわかっている。だからこそ。


 ユーハルトはあらゆる痛みを堪え、寝台の上からにこやかに挨拶をした。



「いらっしゃい。イゾルデと同じ調子で僕の部屋まで訪ねてくれるのも、きみくらいだよね」

「人の話聞けよ……で? 今日は何。熱じゃないなら筋肉痛か。姫、昨日の夜は相当ふわふわしてたもんな」

「!! ふわふわ…………えっ、夜? (いて)ッ!」

「ばーか。晩餐だよ。うちの親父たちも含めて公爵家に招かれてた。コナー伯爵も来てたぞ? 姫は不思議がってたけどさ。ほら、見せてみろ。いい湿布持ってきたから」

「ソード、好き。優しい」

「任せろ。俺は恋敵にもとびきりの塩を送れる男だ」

「……なぜ塩?」

「気にすんな。異国の武将の逸話らしい」

「ふうん」


 『恋敵』は完全無視。

 素直に半身を起こし、痛む箇所を伝えると、細身だがしなやかな筋肉の持ち主であるソードは口の端を下げて持参した包みを枕元のサイドテーブルに置いた。


「あ〜、あとで邸の誰かに貼ってもらえ。家令さんがお茶を運ばせるって言ってた。流石に誤解されそうだ」

「だよね」


 年頃のメイドが目にしては刺激的すぎる絵面を想像し、両者とも苦く微笑む。

 ちょうど扉が叩かれ、主人と客の少年の気遣いに救われたメイドがするすると入室。手際よく深緑の薬湯と紅茶を配膳すると、包みを受け取って静かに退室した。


 微妙な顔で薬湯に口を付けるユーハルトに、馥郁(ふくいく)たる香りを漂わせる茶器を手にしたソードが問う。


「飲めんの、それ」

「飲むしかない……」

「不味い?」

「飲んでみる?」

「やめとく」

「だよね」


 ぽんぽんと合間に軽口が飛ぶ、心地よい静寂が部屋に満ちる。会話の中身は昨日のイゾルデのこと(※不可抗力の場面は伏せる)、昨夜の晩餐のこと。騎士団のこと。

 業務報告というよりも、それは同性として、同年代としての忠告のようなものだった。


「やっかみが凄えんだわ」

「ソードに? まさか」

「違うって! お前だよ。わかってんの? 姫はあぁ見えてモテるんだ! 閣下はうまいこと水面上では捌いたけどさ、考えてもみろ。思春期の男どものなかに気安い格好のイゾルデがいる……」

「きみがいるじゃないか。オーウェン先生も、ロドウェル殿も」

「俺もオーウェン師も副参謀も、騎士見習いとしての姫にずっと目を光らせんのは無理なんだよ。噂なんか山ほど入ってくるし」

「噂?」


 ごくん、と盛大に独特な味わいの薬湯を飲み下し、ケホケホと噎せたユーハルトは反芻した。

 苦虫を噛み潰したような表情のソードが答える。


「姫がお前に首ったけなのは周知の事実だろ。で、善意で内容を伏せられたオーカ事件の功労者として、お前に特別魔法士の位が与えられた。――――周りからしたら、姫のゴリ押しだと思われてんだ。お前と結婚するための」

「そんな!」


 非難の声をあげる深窓の令息に、ソードは溜め息をつく。


「で、あいつら、これ見よがしに噂で盛り上がりさえすれば、姫が火消しに食いつくって学んじまった」

「騎士じゃないよね。見習い?」

「だいたいな」

「そうか……」


 眉間を険しくしたユーハルトが、ぽつりとこぼす。

 薬湯の器が空なのをみとめたソードがそれを取り、サイドテーブルに戻した。

 それから再び尋問体勢へ。体重をかけられた椅子の背もたれが、キシッと鳴る。


「ご理解いただけたところで最初の質問な。なんで名乗りを上げないんだよ。姫だけじゃない、閣下のせっかくの譲歩が水の泡じゃんか」

「譲歩」

「閣下、自覚ないけどめちゃくちゃ姫に甘いだろ」

「だね」

「ありゃ本能だと思うね。娘が惚れた男には心底(から)くなる」

「!!?!? 惚れ……………………えっ!?」

「……え?」

「いやだって、イゾルデは」

「ストップ。それ以上言ったら殴るぞ」

「あ、はい」


 とたんに大人しくなったユーハルトに、ソードは盛大な舌打ちをした。「とにかくだ。早々に覚悟を決めちまえ」




 紅茶を飲み終えたソードが椅子から立ち上がったとき。

 ふいに、ユーハルトの胸に(よぎ)るものがあった。口をついて、それは不安の芽としてこぼれる。


「今日、イゾルデは?」


 ソードは振り返り、似たような表情(かお)で呟いた。


「峠の補修視察を兼ねた、北の砦研修。いちおう、オーウェン師が同行してる」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 越後の龍とツンデレ養父……仲間臭がぷんぷん。(笑) [一言] ゼローナシリーズも様々なキャラを主役にして物語を重ねてきた所為か、何の躊躇いもなく物語の世界観に没頭できる様になりました。…
[良い点] ソードが良いやつすぎて泣ける……( ;∀;) [気になる点] 私以外の感想欄が、メイドが入ってくる前のシーンで大盛り上がりなこと ……ええっと。僕わかんない(純粋な瞳で)
[一言] ぶるうちいず先生「エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ