表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/42

17 騎士姫の手ほどき

 ゼローナ北部の冬の訪れは早い。かつ、容赦ない。

 それは北都アクアジェイルにおいても例に漏れず――


「ご機嫌よう、ユーハルト。来たわよ!」

「こんにちはイゾルデ。えっ……まさか、またやるの?」

「もちろんよ。さあ来て」

「ええ〜」


 ――突撃・幼馴染みの邸への予約(アポ)なし訪問はお手のもの。

 男装のイゾルデは、にっこりと笑った。




   *   *   *




 秋の見舞いからあっという間に時が経ち、現在は十一の月半ば。山間部では雪が降り始め、平地もぐんと冷える。どんな貴族も平民も、装いはすっかり秋から冬のそれになる頃合いだ。


 そんななか、残念ながらユーハルトは以前に増して()()()()()になった。


 ――しょうがないかな、と、イゾルデは思う。


 彼の本来の外出頻度は週三度。小康状態を維持するためのギリギリのラインがそれらしく、基礎体力値が徹底的に低い。そこに、オーカの精霊事件が起きたのだから。


 氷の妖精たちにはずいぶんと生命(いのち)の力をもぎ取られたらしく、見舞い以降の彼は明らかに邸で過ごす日が増えた。

 もともと常勤できる状態にないから与えられた”特別魔法士“という称号は、事件の仔細を知らない人間には名のみと映る場合がある。

 イゾルデは、そんな好奇の噂を何度となく耳にした。


 できる限り、都度打ち消してきたつもりだが、彼が騎士団舎に寄り付かなくなったのは、それもあるのかもしれない……。

 つまり、会うためには赴くしかない。


 こうして、イゾルデは鍛錬や勉強の合間に頻繁にコナー邸を訪れるようになった。




   *   *   *




 押し問答の結果、イゾルデは煮え切らないユーハルトの腕をぐいっと掴み、椅子から立たせた。

 すると、バランスを崩したユーハルトの体が傾いだため、慌てて両腕で支えた。


「わっ」

「! ごめんなさい。大丈夫?」

「いや、こっちこそごめん」

「う、ううん。平気」


 自然と距離が近くなり、ふたりとも瞬時に顔を赤くさせる。


 杖になったと言えば聞こえはいいが、まるで抱きついたような按配(あんばい)だ。ユーハルトの手が肩と腰に回されているのもいけない。

 おまけに、いつの間にか身長差が開いている。少し前までは同じくらいだったのに。

 見上げた額に彼の長い前髪がかかり、ともすれば唇が触れてしまうのでは…………と感じるのは錯覚だろうか。


 そう、あの日のように。



(〜〜雑念ッ! 消えて! いまのは事故!!!)



 とっさに離れ、ぶんぶんと顔を横に振り、深呼吸をしてからユーハルトに向き合う。


 ――そう、ダンスだと思えばいい。レッスンなら教師とたくさんした。今度からは急に引っ張らないようにしないと。


 そっと、手を差し出した。



「おいでいただけますか、ユーハルト殿。ご両親の許可はいただいております」

「………………」

「何」

「イゾルデって、ときどき生まれた性別間違えるよね」


 口をぽかんと開けつつ体勢を立て直すユーハルトに、イゾルデは首を傾げた。


「性別……ときめいてくれたってこと? 私のエスコートに」

「男の僕が、きみの紳士な所作にくらっと来てどうするの。待って、いまの無し」

「無しって」


 不満げなユーハルトの言い草に子どもの頃を思い出し、イゾルデはころころと笑う。


 雪の深いコナー伯爵領では、冬の無聊を慰めるためにたびたび遊戯盤ボードゲームを持ち出していた。

 そんなときの他愛のないやり取りに似て頬がほころんだのだ。



 ユーハルトは、そんなイゾルデを眩しそうに見つめてから手を重ね。おもむろに、もう片方の手を下から添えて包み込んだ。


「な……っ!?」

「行きますよ、姫君。どこ? やっぱり玄関ホール(エントランス)?」

「そっ、そうよ」


 眉を下げ、声を震わせるイゾルデに困り笑いを向けたユーハルトは、するりと指の角度を変えた。ふつうに手を繋ぎ、ひらいたままの扉に向かう。

 部屋を出る瞬間(とき)、ごく小声で呟いた。「イゾルデは女の子だよ。僕の大事な」


「!!? ユユ、ユーハルト?」


 表情は窺えず、それでも手と声があたたかい。


 イゾルデはそれ以上を訊き返せず、とてもこそばゆい面持ちで廊下を連れ立って歩いた。








 たいていの家屋敷には鍛錬用の部屋などないため、体を動かすなら玄関ホールがいちばん手っ取り早い。

 イゾルデは、あらかじめ控えてもらっていたコナー家の家令から木剣を二振り受け取ると、先ほどまでの乙女ぶりはどこへやら、快活な笑みとともに一振りを幼馴染みに手渡した。

 適度な距離をとり、半身・片手剣中段の構えで相対する。


「はい。どうぞ」

「本当にね……イゾルデくらいだよ。僕を剣の稽古に引っ張り出せるのなんて」

「お喋りはいいから。息がもたないわよ? 覚えてるわよね、基本の型」

「うう。了解」


 渋々と正面・両手剣中段の構えとなったユーハルトは、意を決して踏み込み、型通りに剣を振るってはイゾルデに軽く受け流される――彼女いわく”準備運動“に没頭させられた。


 あまり無茶をさせてもいけない。さりとて、何もしなければ体力も筋力もジリ貧だ。いざというときのため、できる努力は何でもするというのがイゾルデの持論だった。


「私はご両親ほど甘くはないわよ。できるわよね? はい、もう一回」

「……はぁ、はあ。見極めが鬼すぎる!!」

「褒めてくれてありがとう」

「褒めて、ないぃ……!」





 ――――――――


 ユーハルトが懸命に剣を振るう姿を、家令は如才なく見守り、稽古後の若者たち(※若者たち?)が体を休めるための準備もそつなく手配するのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ???「もう付き合っちゃえよ!!!」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ