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16 公爵令嬢として ―訪問(3)―

前半は魔法うにゃらら、後半は恋愛ターンです。

温度差にご注意ください。

 “(ギフト)”とは、いわゆるどの系統にも属さない強い魔法。

 魔法の才に欠ける、イゾルデも熟知している。

 ゼローナ人なら平民層の子どもだって知っているだろう。国教と定められた主神により、稀に個人に与えられる不思議のちからと伝えられるのだから。


 が、一般的に氷魔法を使うのは難しいとされた。

 ぱっと見では水魔法の系譜と思われがちだが、地水火風を操る元素魔法と異なり、水や空気中の水分の「熱」を奪う氷魔法は冷属性魔法に連なる。


 一定の体温を維持できなければ生き物は体を壊す。

 ゆえに、強大な氷魔法や火炎魔法を扱う者には細心の注意が必要とされる……とも。


 ちなみに魔法の精度は本人の適性と練度によるものが非常に大きい。十代で使いこなすのは不可能と言われることから、ユーハルトの場合は確かにギフトと呼ばれてもおかしくはなかった。

 ――(おおやけ)にしていれば。

 


 魔法に詳しいオーウェンは気難しい顔になる。「分離はできないのかい?」

 ユーハルトは(かぶり)を振った。


「もう、物心ついたときには入っていました。『出ていく』という選択肢がないようです。妖精たちには」

「複数なのか?」


 流石に心配そうに眉をひそめるロドウェルに、ユーハルトは薄く笑む。


「ひとり……でもあるようで、たくさんと言うか。かれらの意思はひとつです。でも、群れみたいで」

「群れ」

「たまに、力を発現するときは二、三体見えるんですよ。でも、この間は僕もびっくりするほど大勢出てきちゃって」

「えええ……」

「怒っていたみたいです。タイフィーニアに」

「なるほど、感情はあるんだな。属性的な相性か? 怒りの原因は」

「おそらく」


 もはや上官にあたるロドウェルに、ユーハルトは(てら)いなくすらすらと答える。

 ロドウェルは、こう見えてれっきとした北公領騎士団第一隊の副参謀だ。私生活の乱れはさておき、職務には忠実。そして優秀。事あらば戦力になり得る若い魔法士を、その使い所と注意点について純粋に探ろうとする姿勢がありありと伝わった。

 オーウェンも、そう。

 言動から察するに、ある程度予測は付けていたようだ。教え子が次々に明らかにする事実に口を挟まず、思慮深く何度も頷いている。



 いっぽう、物理的な距離は枕元に座るイゾルデがもっとも近いのに――――衝撃と、混乱と、どう言えばいいのかわからない気持ちの揺れ幅に、イゾルデは懸命に耐えた。騎士たちの会話に耳を傾ける。


 そこで、同じようにショックを受けて固まっていたソードが動いた。ちらりと目が合う。


「グランツ副参謀、オーウェン様。ユーハルトはまだ回復していません。ユーハルト、それってさ、コナー伯と夫人は知ってる?」

「……父母は知ってるよ。だから、僕には爵位を継がせない方向で動いてくれてる」

「だよな。うん」


「ソード? つまり、あとは伯爵夫妻から聞けと?」


「はい。俺たちの今日の役目は、イゾルデ嬢の付き添いです。イゾルデ嬢は、本来はユーハルトの魔法士叙任と見舞いに来たわけですし」


「まあ…………そうだな。わかった、席を外そう。オーウェン、付いてきてくれ。専門になるとわからん」

「ああ」

「ソードは? どうする」


 ユーハルトに断りを入れ、(きびす)を返したロドウェルが思い出したように振り向く。「俺は」ソードは、にやりと口をひらいた。


「もちろん残りますよ。このなかでは平の騎士ですし。姫の警護は必要でしょう」




   *   *   *




「ソード、ああ言ったくせに堂々と出てっちゃったね……」

「そうね」


 ユーハルトの部屋はさほど広くない。

 経験上、熱を出しやすい彼の体調管理のため、過ごしやすさに加え、暖房効率の良い空間であることが求められたからだとわかる。だから、隙間を開けられたドアの向こう側で護衛よろしく控えているソードの気配は伝わった。


(ありがと、ソード)


 そっと心で感謝を告げ、イゾルデはユーハルトに向き合う。

 今日のところは、()()()()()と言えば。

 すべきことはひとつだ。


 イゾルデは、つ、と立ち上がった。寝台に腰掛ける。淑女らしさはこの際、放り投げた。ユーハルトが途端に慌てふためく。


「えっ、イ、イゾルデ? きみ、今日はその……前にも増して、その。髪だって」

「切った髪を付け毛にしてもらえたの。時間があまりないわ。黙って」

「はい」


 気迫を感じ取ってか、ユーハルトが素直だ。

 イゾルデは、にこっと笑ってクッションを退かしにかかる。ろくな反抗も受けず、目を丸くしたユーハルトの肩を押して寝かせ、きっちり上掛けを首まで引き上げることに成功した。

 ユーハルトが何かを言おうとする前に、すっとその唇に人差し指を当てる。美少女じみた頬がたちまち薔薇色になった。


「イ」

「ごめんなさい。ユーハルト。まさか、そんなこと」

「…………イゾルデ」


 油断して涙がこぼれた。

 口封じの指はあっという間に外され、やんわりと手首を掴まれる。ぽろぽろと雫が落ちた。


「あなたが強いこと、私しか知らないなんて嫌だったの。みんなに知ってほしかった。ユーハルトは凄いのよって」

「……うん」

「なのに、ごめん。あのときだって、私がもっと下がっていれば」

「イゾルデ」

「わたっ……私のせい、で」

「イゾルデ。黙って。こっちおいで」

「?」


 ――――こっち、とは……?



 ぱち、ぱちと瞬いて玉を結ぶ涙もそのまま、手を引かれたイゾルデは、あやうくユーハルトの上に覆い被さりそうになった。日頃の訓練の賜物で空いた手をつき、それを阻止する。

 けれど、顔はおそろしく近づいてしまって。


「きゃ……!?」

「泣かないで。僕は、きみを守れて嬉しかったから」

「ユー、ハルト」

「こっちこそごめん。ああなる前に正体を当てようと思ってたのに」

「ユーハルト。いま、キス」

「あ」


 驚きで涙がすっかり止まったイゾルデが、徐々に赤くなるのを信じられないように目をみはって見つめるユーハルトがいる。その顔が、一瞬で熱くなった。


「あの………これは」


 はくはくと口を開け閉めするユーハルトが次の言葉を紡ぐ前に扉をノックする音が響く。ソードだった。


「姫。そこまで。時間だ、行くぞ」

「わっ、わかったわ!」



 イゾルデは滑るように寝台を降りた。

 ドレスの裾を直し、振り切るように扉に向かう。ユーハルトの唇が触れた頬を押さえる。


 去り際、かろうじて声量だけはレディらしさを保持した。


「元気になってね。また来るから」

「………………うん」


 同じように真っ赤になって口を押さえるユーハルトに、ドアを開けたソードは、「ばーか。寝てろよ」と声をかける。


 ソードにエスコートされ、逃げ出したイゾルデのドレスはするりとドアの向こうに消えた。




詳しい魔法論理(緩い)については、同シリーズの『夏霞の姫は、絶対求婚にうなづかない』のこちらをご覧ください(*´ω`*)

https://ncode.syosetu.com/n0987he/47/

※時間軸は『騎士姫〜』よりあとになります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔法の定義がしっかりしていて成程と感嘆いたしました。 精霊の力を使う(借りる)というのはリアリティがあって良いと思います。 この設定ならば、精霊との相性により魔法技能に個人差が出る等、多彩…
[良い点] 魔法のバックボーンがしっかりしているの、いいですねー。 からの……素敵な展開! このふたりの組み合わせ、大変良きです♡ ソードもいい人だなあ。 [一言] 前回分の感想になりますが、冒頭のユ…
[良い点] ちゅーーー(๑ˇ3ˇ๑)♡♡♡♡♡♡♡♡♡ そこもっと詳しく、3000文字くらい使って描写してもよろしくてよ!!!(笑)
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