14 公爵令嬢として ―訪問(1)―
コナー伯爵邸に到着後、馬車から降りたイゾルデたちは、すぐに伯爵夫妻に出迎えられた。この日のために所領から赴いてくれたらしい。
最近は会うことが少なくなっていたが、人の良い、見知ったふたりだ。
作法とはいえ、ガチガチにエスコートされている。
先導はソード。後衛にオーウェン。右手を委ねるのが子爵位を持つロドウェル。
イゾルデは左手でドレスをつまみ、軽く膝を折って礼をした。
「ごきげんよう、マーフィおじ様。カルラおば様。本日はお時間をいただいて誠にありがとうございます」
「おや」
「まぁ……!」
マーフィは素直に感嘆し、カルラは目をきらきらさせて頬を押さえた。とたんににこにことイゾルデに近づく。
「なんて見違えたの。あの、お転婆だった貴女が」
「――カルラおば様。子どものときの思い出話は、ひとまず上書きしてくださると嬉しいですわ」
「そう? とてもお可愛らしかったのに。それに、まだおとなではないはず」
「仰るとおりですが」
夫人のまったく邪気のない天真爛漫なもの言いに、イゾルデは苦笑する。
いっときは親代わりをしてくれた、親族ならではの距離感というものだろうか。みずから髪を切ったことも、デビュタントを先延ばしにしたことも、かなりおおらかに受け止めてくれる彼女に鎧う心がほぐれた。
(こういうところ、ユーハルトは似てると思うんだけど……)
幼いときの彼が話したように、伯爵夫妻と子息の容姿に親子としての相似性はほとんどない。
が、挨拶を交わしただけで胸がきゅんとするほど彼が恋しくなってしまった。
――会えなかった日数はわずかにしても、自分はもっとはやくに来たかったらしい。
めずらしく言葉少なに微笑むイゾルデに、当主のマーフィが思慮深げに目を細める。それから面々を見渡し、全員を邸内にいざなった。
「どうぞ。まずはお茶にいたしましょう。今日は、わざわざのお見舞いを本当にありがとうございます」
* * *
通された応接間であたたかな紅茶を夫人手ずから淹れられ、メイドたちが運んだ焼きたての菓子にフォークを入れる。それがイゾルデの好きなレモンのパウンドケーキであることに、言葉以上の歓待を感じた。
口のなかの甘酸っぱさと好みを熟知されている心地よさに頬を緩めそうになりながら、同じくリラックスした表情で茶を楽しむソードたちに、ほっとする。
おっとりとポットを手に「お代わりはいかが?」と尋ねるカルラの笑顔に、めいめいが「いただきます」と応えるあたり、大叔父の厳命の意味がわかった気がした。
普通なら母親に伴われて、十を過ぎたあたりから他家の茶会に招かれるところ、イゾルデにはその経験がない。よって、現時点でさほど親しい同性の友人はいない。
いわゆる貴族令嬢は、ダンスや所作などの教養だけではない。剣術や乗馬、戦術といった騎士の修練にも通ずる研鑽をコツコツと積むのだな……と、あらためて開眼する。
「ところで」
「はい?」
内心、夫人の女主人としての振る舞いにひたすら敬服していると、おだやかにカップを受け皿に戻したマーフィが話題を切り替えた。
「閣下には心尽くしの品々を感謝いたします、とお伝えください。まさか、息子に正規の魔法士の位まで授かるとは」
「もちろん伝えさせていただきますが。ユーハルト……様の手柄は揺るぎないものです。わたくしも相対しましたが、いにしえの精霊が振るう力は凄まじいものでした」
イゾルデは、言葉を選びながら訥々と所感を訴えた。
すると、オーウェンも至極順当といったそぶりで頷く。
「――私どもからも保証しますよ。事態を速やかに解決できたのは、ご子息の慧眼と実力あってのことです。感謝申し上げます」
「なんと、そうでしたか……。いや、お恥ずかしい話、息子からはあまり詳しい話を聞けず」
マーフィは、心底驚いたふうに目をみひらく。
無理もない、と、イゾルデは余計なことを口走らないよう口角を引き上げた。
そも、オーカでの事件は北公権限においてゆるく箝口令が敷かれている。
内情がゲルン伯爵家の名誉に関わることであるから、ユーハルトが細かな説明をできなかったのは仕方ない。
また、本人の体も……――
そこまで思い至り、気持ちがまなざしにこもってしまったのは否めない。
まっすぐな、者言いたげな視線にマーフィは「おっと」と、呟いた。ぽんと膝を打つ。
「私としたことが申し訳ない。今朝から、息子も寝台でなら体を起こすことができるようです。ただいま案内させましょう。どうぞ、顔を見て行ってやってください」
「! いたみいります」
この際、非公式と違って騎士を三名も同伴しているため、長くは居られないのは理解しつつ、イゾルデの声は弾んだ。
にっこりと笑うカルラに導かれて退室するとき、ふと見送るマーフィを見上げる。
「おじ様。これを」
「ん? 何かな」
思わず素になってくだけた口調になったマーフィは、淑やかな令嬢がちいさなバッグから取り出した白い封書に首を傾げた。「閣下より、直筆のお手紙ですわ」
「! えぇっ」
「あらあら」
主人の驚嘆に好奇心いっぱいの声音を漏らしつつ、夫人は一呼吸置いて廊下に出た。歩きながら、そっと少女に耳打ちする。
「イゾルデ様は、中身はご存知で?」
「いいえ」
イゾルデは、取り出した扇を口元に当てながら、ふっとこれを渡されたときのハワードを思い出した。
(…………)
妙に重々しい態度だったこと以外、覚えていない。告げないほうが良さそうだと判断した。
「残念ながら、さっぱり」
正直、わからないことは答えようがない。
首を横に振ったとき、付け毛にした自身の藍色の髪がさらさらと肩口を撫でた。