13 秋薔薇のつぼみ姫
偶然か、嵐雲の乙女が去った弊害なのか。翌日からは猛烈な雨が降り続いた。夏の大風に似ていた。
荒れた天候が収まるのを待ち、イゾルデはジェイド公爵代理としての訪問をコナー伯爵家に願い出た。
快諾の返事が届き、日程を整えた晴天は事件から数えて五日目。
大気は澄んでからりと乾き、秋の深まりを感じさせつつあった。
* * *
「それ、似合う? 私には合わない気がするんだけど」
「まあ……! 何を仰るかと思えば」
約束の日。
装いの仕上げに、と、侍女長――名を借りたキーエ夫人――が、巧みに編み込んだ髪の生え際に髪飾りを挿し入れた。庭に咲き誇っていた、クリーム色の秋薔薇だった。
鏡のなかのイゾルデは神妙な顔付きで問う。
キーエは眉を跳ね上げ、憤慨したように腰に手を当てた。
「ようくご覧あそばせ。わたくしの苦心の付け毛で、お嬢様のやんちゃは微塵もわかりません。お嬢様は凛々しさが勝るからこそ、時と場合によって装いを変えるべきなのです。ちなみに、とてもお似合いです」
「というと?」
ずいぶん話が大きくなったな……と首を傾げると、姿見のなかのキーエは頭を振った。身振り手振りを交え、こんこんと喋りだす。
「ふだんの格好は騎士見習いですから、あれでよろしゅうございます。ですが、本日のような公式慰問や神殿での奉仕活動であれば、可能な限り控えめな令嬢らしさを心がけられませ。装いは、お会いになるかたのためにもございます」
「なるほど」
イゾルデは深く頷いた。
たしかに、自分のせいで寝込ませてしまった令息を見舞うのに剣は要らない。ふだんの自分を通すより、謝りたい気持ちのほうが遥かに大きい。
そう言えば、同じ年頃の令嬢たちはデビュタント前でも茶会をひらいたり、孤児院を訪問するのが嗜みと聞く。
情報源は主に嘆きのハワード(※甥の娘が娘らしく育たない件)だったりするが……。
一歩下がり、あらためて全身を鏡を見ると、きつめの顔はどうしようもないとして、髪型はサイドを編み込んだ大人しいハーフアップ。
首元とベルト、袖口に白いレースをあしらった濃紺のデイドレスは柔らかな生地で、装飾は薔薇と真珠の耳飾りだけ。
――ふむ、そういうものかと合点がいった。
キーエは良い仕事を終えたおとな特有の満足感を醸し、イゾルデの肩にふわりとショールを掛ける。
「行ってらっしゃいませ。エントランスに護衛騎士様たちがお待ちですわ」
執事を従えて階段を降り、先方への先触れや詫びの品々の確認をしていると、侍女長が言ったとおり見知った顔ぶれが目に飛び込んだ。
三名とも騎士の準正装のハーフマントを片側に羽織っている。ソードたちだ。
北公領騎士団の制服はイゾルデにとって憧れでもある。ゆえに、自覚なく柔らかな笑みが浮かんだ。
「おはよう、御三方。今日は私の護衛に付き合わせて申し訳ありません」
「えっ、あ!? いや、その…………全然?」
「おはようございますイゾルデ嬢。構いませんよ、役得です」
「同じく。婚約者で良かったなぁ」
「『候補』ですよ、グランツ卿」
「それは失敬」
嗜めてもくすくすと軽口を叩くロドウェル。如才ないオーウェンもいつも通り。唯一ソードだけは挙動不審だった。――何に動揺したのかはわからないが。
イゾルデの婚約者候補。
それはつまり、少なくともあと一年を他の令嬢と縁付くことができない期間とさせてしまう。
(ソードは、公爵家との付き合いそのものがランドール家の利になると言ってくれたけど。結果として、彼個人の幸せを遠ざけるのは否めない……。報いねばならないわ。いずれ、私が爵位を継いだあとも)
オーカの事件は人知を越えた突発的なものだったが、奇しくも彼らの優秀さや人格を知るきっかけにもなった。ハワードの見る目は確かだ。
これだけお膳立てされても選べない。
ソードとは逆。家のため、というよりも。
「姫? どうした。花が枯れそうな顔をしてる」
「失礼ね」
黙り込んだイゾルデを気遣い、当のソードはふだん通りの態度になった。それをいなしながら、イゾルデは、ふっと頬を緩めた。
「では参りましょう。訪問先は北都郊外のコナー伯爵邸。御子息のユーハルト殿を見舞い、閣下に代わって魔法士衣と任命証を授与しに。――伯爵夫妻には、閣下より手紙を預かっています」