27.別れとはじまり(最終話)
夜会の事件からどうなったかと言うと。
デリウスは彼の知る事の経緯を、王女と騎士団に話した。ルチミナの個人的な恨みからの仕業だったのだと。それから家宅捜査が行われて証拠が次々と発見されるのだった。
今回の件は、厳しく罰せられた。ルチミナは公爵令嬢ということを考慮して極刑は免れたものの、孤島に流刑になった。もちろん、デリウスとの婚約は破棄された。デリウスも財産や権利の全てを取り上げられ、イルゲーゼ侯爵家から絶縁された。ルチミナの実家のニジルツァ公爵家も廃爵されて領地は没収。
ルチミナが雇った兵を王城に侵入させるのに、王宮の関係者が複数人協力していた。彼らも全員処分された。
一方マノンは。王城を襲った集団とは無関係として咎められることはなかった。むしろ、王女を助けてひとりで傭兵を圧倒したことが評価された。
特に王女から気に入られて、正式に大公妃になるまでの婚約期間、週に2日王女の話し相手兼庇護役として登城することに。更に月に1度、王国騎士団に招かれて指導をすることを任された。マノンは子どものころから剣を磨いてはいるが、教える側をしたことがないので不安だが、事件が起きたことへの負い目があり引き受けるのだった。
「セルジュ様……やっぱりまだ怒ってます?」
「怒ってないよ」
スフォリア公爵邸にて。マノンとセルジュは庭園を散歩していた。『怒ってないよ』と言いながら、声音は優しくなくて尖っている。
事件の日のマノンの後先考えない行動を、セルジュはしばらく怒っていた。
「――その言い方、絶対怒ってます」
するとセルジュはぴたりと歩みを止めて、こちらを見下ろした。
「じゃあ正直に言うよ。俺はまだ怒ってる。あの日の君の選択は間違ってた。君を止められなかった俺も」
「……反省してます」
「いいや、してない。同じようなことが起きたらまたマノンはひとりで行ってしまうだろう」
「…………」
事件の日は、気がつくと勝手に身体が動いていたのだ。セルジュは包帯が巻いてあるマノンの手を取った。
「自分を傷つけないと言ったのに、また君は危険な場所に飛び込んで、怪我をして帰ってきた。それに次は、王女の庇護役と騎士の指導まで引き受けたらしいしね? 決闘代理人を辞めたばかりなのに、充実しているようで結構なことだよ」
「うっ……それは……」
痛いところを突かれて、苦い顔をするマノン。でもすぐに反論した。
「で、でも! もう決闘代理人みたいな無茶な戦い方はしません。それにあの日広間に戻ったのは、自分のためでもあるんです」
「自分のため?」
「あのまま被害が出ていたら、私の心証が悪くなっていたかもしれません。あの場で悪い人たちを鎮圧したから、誰も私を咎めなかった。セルジュ様との立場を守りたかったんです」
マノンがびしと人差し指を立てて言うと、彼ははぁとため息を吐いた。
「仕方がないな。今回はマノンの口車に乗せられてあげよう」
セルジュはマノンの額をつんと押しながら言った。
「――少しずつ君のことが分かってきた気がする。マノンは無鉄砲で頑固。何かに夢中になると周りが見えずに突っ走る」
「悪口!?」
「あはは、正解」
そのままぐっと額を弾かれ、後ろによろけるマノン。いたずらに笑うセルジュの後をマノンは追いかけた。
(やっぱりまだ怒ってるじゃない)
花壇には色調豊かな花が咲いていて、黄色い蝶が浮遊している。
茂みは丸く整えられていて、朝露が光っている。
マノンはむっと頬を膨らませながら尋ねた。
「良いところはないんですか」
「あるよ、沢山ね。強くて優しくて……ひたむきでまっすぐ。子どもみたいに純粋なところ。それから、笑った顔が可愛い。好きなものを食べているところも、可愛くて頬袋をつつきたくなる。あとは、本当は寂しがり屋で甘えたがりなところも……」
「もういいです! ストップ! もう充分……分かりましたから」
次々に出てくる良いところ。セルジュがどれだけマノンのことが好きかはよく分かった。赤くなり俯くと、彼が覗き込みながら甘く囁く。
「そうやって照れるところもすごく良い」
「〜〜〜〜!?」
マノンが目を白黒させて硬直していると、ふいに手を取られて、手首に冷たい感触がした。今まで母の形見のバングルを着けていた手首に、きらきらと輝く新しいバングルが。細身のシルバーで、シンプルなデザインになっている。
「これ……私に?」
「うん。マノンが勝手にどこかに行ってしまわないように繋いでおかないとね」
彼は自分の手首に通してある対のバングルをかざして見せてくれた。このバングルはお揃いなのだと理解して、マノンはぱあっと満面の笑みを浮かべた。
「これでいつも一緒ですね。大事にします……! 毎日着けます!」
マノンは嬉しさいっぱいでバングルを撫でた。
ふと思い出すのは、最後に夜会で会ったときデリウスがマノンのバングルを着けていたことだ。
侯爵家に勘当され、今回の件で社交界での立場を失ってしまったデリウス。もう二度と会うことはないだろう。こうなったのは自業自得だが、それでも少し気の毒に思う。
拗れた男女が円満に別れる方法なんてないのかもしれない。不倫、浮気、モラハラ、暴力etc……。問題を抱えた男女の別れ際はいつだって修羅場で悲惨なものだ。
マノンは決闘代理人として色んな例を見てきたが、今回は自分が身をもって経験した。……もっとも、孤島に流刑になる人が出たのは初めてだけれど。
(……私は前に進んでる。デリウス様も幸せが見つかりますように)
マノンは小さく息を吐き、元婚約者のことを心の奥底にしまい込む。
「――セルジュ様」
「何? わっ――」
新しい婚約者セルジュを見上げる。
そして――あることを思い付く。いたずらを企む子どものように笑い、セルジュのネクタイをぐいっと引いて……。
少しだけ背伸びをしてセルジュに――口付けした。
いつもセルジュにからかわれたり翻弄されたりしてばかりだけれど、たまにはマノンだってやるのだ。触れるだけの口付けをしたあと、虚をつかれたような顔をする彼に、紅潮したマノンが言う。
「――いつもの仕返しです」
しかし、このときのマノンは、数秒後にもっと甘くて深い口付けのお返しをされて、またしても彼に白旗を上げることになるのを知らないのだった――。
◇◇◇
かつて、『無敵のレディー』の異名で呼ばれた決闘代理人ノア。彼女の正体は、リージェ神の加護を受けた伯爵令嬢マノン・ポリエラだった。
そんな百戦錬磨の彼女を唯一負かしたのは――セルジュただひとり。
決闘代理人を辞めたあとも、なんの因果かマノンは度々剣を握ることになる。その度に沢山の人を助け、憧憬を集め、大公妃マノン・スフォリアは『無敵の大公妃』と呼ばれるようになるのだが……。
これはまだ――そのはじまりに過ぎない。
〈終〉
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★連載作品
『脅され側妃の白い結婚生活 〜ある日突然、皇帝陛下に剣を突きつけられまして〜』
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