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25.王女の悪巧み

 

 セルジュが人混みに酔ってしまい、バルコニーで風に当たることにした。二人でソファに腰を下ろす。夜の冷たい風が頬を撫でていく。


「今日は晴れていて、星がよく見えますね」

「そうだね」

「あっ、あそこを見てください。マカロン座です」

「随分美味しそうな星座だね?」

「今作りました」

「作ったのか」


 星が浮かぶ空を指差して、マカロンの形を描くように星と星を繋いでいく。


「ほら、あの星とあの星を線で繋いだら……」

「どれ?」

「あれです。ちょっと赤みがかっている星」

「分からないな」


 何度も説明しているのに一向にマカロン座を見つけられないセルジュ。痺れを切らしたまマノンはセルジュの方を振り向いた。


「ほら、ちゃんと探し――て……」


 彼は星座ではなくマノンのことをじっと見つめていた。通りで見つからない訳だ。彼の瞳には夜空ではなくマノンのことしか映っていなかったのだから。

 セルジュのエメラルドの瞳は熱を帯びている。その瞳に射抜かれ、きゅうと胸の奥が甘く締め付けられる。


 セルジュの手がするりと伸びてきて、頬に添えられる。


「男たちがみんなマノンのことを見ていた。君が綺麗だから」

「違います。それは、私が決闘代理人だったからで……」

「違わない。君は何も分かってない。……俺には分かる」


 親指の腹で頬を撫でられて、心臓がまた跳ねる。いつも飄々としているセルジュが嫉妬心と独占欲を見せてくるのは想定外だ。彼は少し顔を近づけながら囁いた。


「――誰にも見せたくないな。君は俺だけ見ていてよ」

「セルジュ、様。待って、心の準備が……」

「嫌なら止める」

「嫌じゃ、ない、です……」


 口付けしようとしているのだと理解したマノンは、かあっと顔を赤くする。


(どうしよう……これ、目閉じた方がいいの? 目は開けたまま!?)


 慣れないことで勝手が分からない。迷いに迷った挙句、マノンは目を血走らせたまま見開いた。セルジュは、瞬きさえせずに静止しているマノンのバキバキの目を見て、ふっと吹き出した。


「はは、その顔、何……っ。ごめん、からかいすぎたね」


 セルジュは口に手を当てて、耐えられないといった風に肩を震わせて笑った。ウブなところをからかわれたマノンは、むっと頬を膨らませた。


「…………」


 雰囲気は台無しで、口付けしてもらえなかったのをほんの少しだけ残念に思っている自分がいる。

 スカートをきゅっと握り、セルジュを上目がちに見つめる。彼はどうしたのと小首を傾げた。


「あの……! よかったらもう一回、やり直しを――」

「マノン・ポリエラ様。こちらをお預かりしました」


 勇気を振り絞ったキスのやり直しの提案は、若い女性の声に跳ね除けられてしまった。


「あ……はい。ありがとう」


 使用人の女性が、一通の手紙を差し出してきたので受け取る。マノンの妙にぎこちない様子に何かを察したらしく、使用人の彼女はバツが悪そうに目を伏せる。


「……お取り込み中、申し訳ありませんでした。失礼します」

「い、いえ。お構いなく」


 封筒を開くと送り主の名前が記されていた。流麗な筆跡で、ルチミナ・ニジルツェと。


『あなたに、折り入って相談したいことがあります。裏庭にひとりで来てください』


 あからさまに怪しい手紙の内容をセルジュにも見せると、彼は眉間に皺を寄せた。セルジュには、デリウスとルチミナとの間でひと悶着あったことを話してあるので、ルチミナの本性を知っている。


「怪しさ満点だな。破り捨てても構わないだろう」

「でももしかしたら、本当に困り事があるのかも」


 マノンは悩んだ。もし本当に深刻な問題を抱えていて、マノンを頼ろうとしているという可能性があるなら無視はできない。

 椅子から立ち上がると彼が言った。


「まさか行くつもり? どう考えても怪しい」

「分かってます。でも放っておけません」

「君は人を疑うことを知らなすぎる」

「…………」


 マノンが沈黙すると、セルジュが小さくため息を吐いた。


「分かった。俺も付いて行くよ。君ひとりでは危ない」

「いいんですか?」

「止めたって聞かないんだろう? このお人好し」


 つんとマノンの額を指で弾くセルジュ。なんだかんだ言いながら彼はマノンに甘い。




 ◇◇◇




 裏庭は薄暗く、葉擦れの音と夜虫の鳴く声が聞こえている。がさ、と草を踏む音がして、暗い茂みの奥からルチミナが現れた。


 なぜか彼女は決闘代理人ノアの仮面を着けている。


「お待ちしておりましたわ。マノンさん。いえ、最強の決闘代理人ノア」

「……?」


 月の薄明かりに照らされるルチミナの笑顔は、どこか狂気じみていて背筋に冷たい汗が流れる。


「相談したいことって……なんでしょうか。こんな場所に呼び出して」


 彼女はマノンの隣にいるセルジュのことをちらりと見た。それから、困ったような顔をして懇願する。


「二人きりでお話したいですわ。男性には……あまり聞かれたくない内容ですの。どこか別の場所に行っていただけませんか」

「ならここで耳を塞いでいよう。それ以上は譲歩できない」

「まぁ。随分と過保護な婚約者様ですこと」

「こんなに素敵なレディーなんだ。過保護にもなるさ」


 セルジュは嫌味なく微笑むが、その目は全く笑っていなかった。ルチミナは、デリウスの浮気相手ということもあり、心証がよくないのだろう。

 すると、ルチミナはすっと目を細めて、底冷えしそうな冷たい声で言った。


「――なら、あなた方二人ともいなくなっていただきますわ」

「はい……?」


 突拍子もない言葉が降ってきて困惑してしまう。けれどマノンはすぐにルチミナの後方に人の気配を察知して身じろぐ。

 茂みから5人の黒い外套を着た傭兵たちがぞろぞろと現れた。そして彼らは――決闘代理人ノアと同じ仮面を着けていた。


(――どうしてノアの仮面を?)


 彼らが持つ剣が、月明かりに照らされてきらりと光る。王城の厳しい警備をどう突破して彼ら侵入させたのだろうか。


「わぁ、やっぱり罠だったみたいだな。割とまずい状況だ」


 セルジュはこんな危機的状況でもマイペースでおっとり笑っている。敵は武装しているが、こちらは武器を取り上げられていて明らかに不利。

 相手の強さが測れない今、心配なのはセルジュが怪我をしてしまわないかだ。マノンは夜目が利くので、傭兵たちが持っている武器をさりげなく確認する。


「マノンを消したところで、想い人の心を手に入れることはできないと思うよ。罪を背負うリスクをかける価値はない。考え直すべきだ」


 セルジュは余裕たっぷりの落ち着いた様子で交渉する。そしてさりげなくマノンを庇うように前に立った。

 守ってばかりの立場だったので、こうして守られるのは新鮮な感じだ。


(――って、ときめいてる場合じゃない)


 ぶんぶんと首を横に振って自分を諌める。


「もういいのです。手に入らないなら、全て壊れてなくなってしまえばいい……! 殺りなさい!」


 ルチミナの指示で、黒ずくめの傭兵たちが一斉に襲いかかってくる。先頭の男が、下に剣を構えて走ってくるのを見て、マノンはさっと前に出て跳躍する。彼の頭に回し蹴りを食らわせて昏睡させる。次に襲ってくる男たちも圧倒していく。


「なんだこの女……っ化け物か!?」


 拳を胸の前で構え、傭兵を威圧するマノン。彼らはかなりの手練のようだが、数々の死闘をくぐり抜けてきたマノンの方が何枚も上手だ。


「セルジュ様は下がっていてください。この程度の相手なら私ひとりで充分です」

「いいや。君の方が下がっていて。――せっかく似合うドレスが汚れるといけないから」

「気にするところそこなんですか」


 セルジュはにっこりと微笑んで、落ちている剣を拾い上げて構える。そして、あっという間に残りの4人を地に伏せさせていた。


(強い……)


 さすがは最強の元決闘代理人を負かせた男だ。このくらいはやってくれないと困る。けれど体力はないようで、かなり息を切らしていた。セルジュはそのままルチミナの前に立ちはだかり、彼女の鼻先に剣を向けた。


 そのまま、剣の先で仮面を引っかけて外した。仮面の下で、ルチミナが悔しげな顔をしていた。


「――協力者は誰だ?」


 冷たい声でセルジュがそう尋ねる。

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