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17.運命の決闘(1)

 

 あれよあれよという間に、決闘の日を迎えた。セルジュからイルゲーゼ侯爵家に決闘の申し込みがあってから一ヶ月。社交界はこの決闘のことで話題がもちきりだった。巨大勢力を誇る大公家と、最近ぱっとしない侯爵家。どちらが勝つのか予想し、みんなわくわくしていた。


 マノンはその日、いつものように目を覚まし、侍女たちにドレスの着替えを手伝わせた。それから彼女たちを部屋の外に追い出し、鏡台にひとり向き合う。最近ますます母に似てきた顔が鏡に写っている。


(当日になっちゃったけど……セルジュ様は本当に大丈夫なのかしら)


 ふと、初めて合った日に見せてもらった傷ひとつない手を思い出して、自分の手のひらに視線を落とす。相変わらず、マノンの手はマメが繰り返しできたせいで皮膚が盛り上がっている。


 セルジュは体が弱くあまり稽古ができていない。デリウスが相手でも怪しいのに、まして今日彼と対戦するのは最強の決闘代理人だ。彼に勝算はあるのだろうかと心配になってため息を漏らす。


(セルジュ様に勝ってほしい。私……あの人のことがもっと知りたい)


 数回会っただけだけれど、マノンの心は彼に傾いていた。一緒にいると楽しくて安心するし、ふわふわした甘い気持ちになる。今まで感じることがなかった気持ちだ。

 マノンは母の形見のバングルを手首に通した。それから、引き出しを引いて仮面を取り出し、鞄の中に忍ばせる。


「お母様。……どうか良きようにお導きください」


 バングルに語りかけ、部屋を出た。




 ◇◇◇




 裁判所近くの闘技場は、大勢の見物人でごった返しになっていた。


(すごい野次馬の数……)


 この人たちはみんな、花嫁を巡った決闘の行く末が気になって来ているのだ。マノンはこれまで様々な決闘に携わってきたが、ここまで見物人が集まった例は経験になかった。見物人だけではなく、道端に露店が出ていてワインが売られている。……すっかりお祭り騒ぎだ。


 まだ本番までには時間があるので、闘技場近くにある教会を参拝することにした。こじんまりした教会に入ると、ひとりの男性が礼拝室にいて。


(先客がいたみたい)


 そっと近づくと、彼が足音に気づいて振り返る。稲穂のような金髪に、吸い込まれてしまいそうなほど美しいエメラルドの瞳。セルジュはマノンの顔を見て、にこりと微笑んだ。


「やあ、おはよう。代理人さん?」

「……おはようございます」


 今日の朝、デリウスが立てた代理人が公表された。恐らくセルジュは、対戦相手がノアであることを知っている。


 不思議とセルジュとは偶然よく会う。小さく会釈して彼の隣に行く。彼に促されて長い椅子に腰を下ろした。

 今日はなんだか、セルジュの顔色がよくないように見えた。ルチミナは演技だったが、彼は本当に虚弱体質だ。決闘なんてして大丈夫なのか心配になる。


「顔色が悪いように見えます。体調がよくないのでは」

「今日はちょっと貧血気味でね。でも平気さ。そう不安そうな顔をしないで。俺だってそう簡単にやられたりしない」


 おっとりと笑う彼を見て、マノンは顔をしかめる。椅子からばっと立ち上がり、セルジュを見下ろした。


「決闘は遊びじゃないんですよ……! 真剣を交えるんです。怪我だってするし、下手をしたら死にます。生半可な覚悟でいるなら辞退してください!」


 セルジュは決闘を挑んだ理由を、『マノンと同じ世界を見てみたいから』と言っていた。そんなちょっとの好奇心で挑んでほしくない。


「あなたには、こっちの世界に足を踏み込んでほしくないんです。怪我とか……してほしくないから」

「ならどうして、マノンは決闘代理人に固執する?」


 鋭い眼差しが返ってくる。


「俺が傷つくのは嫌なのに、自分が傷つくのは構わないのか? 君は会う度いつも、怪我をしている」


 セルジュは、マノンの足首に巻かれた血の滲んだ包帯を見ていた。反射的に足を後ろに引くマノン。俯き、スカートをぎゅっと握る。


「もうご存知でしょうけと、デリウス様は代理人を立てています。あなたが勝てるとはとても……」

「勝つよ。――相手が最強の代理人なら、尚更俺は勝つ。そして、彼女をがんじがらめにしている鎖から解き放つ」

「…………」


 彼はやはり、自分が戦う相手がノアだと知らされているようだった。その瞬間、マノンの脳裏に、亡き母の笑顔が思い浮かぶ。


(……まるで全部、見抜かれているみたい)


 全てを見透かしたような彼の眼差しに、ぐっと喉を鳴らす。


「私は……相手が誰であっても手を抜きません。それが代理人としての矜恃です」


 誰も傷つけずに勝つ。それが代理人としてのモットーだった。相手がセルジュだからと手を抜いてしまったら……これまで負かしてきた人たちに不誠実だろう。過去の依頼人たちのためにも、マノンは公正でなければならない。一度でも忖度してしまったら、マノンは今までのように決闘代理人としていられないような気がする。


「ああ……やっぱり――」


 すると彼は、妖艶な表情で覗き込んだ。


「ますます君のことが欲しくなったよ。マノン」

「欲し……!?」

「うん。君は脆い心を奮い立たせて、必死に剣を握っている。あんまりいじらしくて……守りたくなる」

「…………」

「俺はマノンにも怪我してほしくないよ。……君は、自分のことを望んで傷つけているように見える」


 耳元でそう呟き、彼は礼拝室を出て行った。残されたマノンは、手首のバングルを撫でて呟いた。


「……お母様」

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