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13.犯人は誰?


「あなた……! 決闘裁判なんて無茶よ、今からでも辞退はできないの?」

「できない。もしここで戦わなくては、どっちみち有罪判決になって懲役だ。決闘に勝って潔白を証明する他ない」


 ある田舎の村。小さな漆喰塗りの家で、ひと組の夫婦が言い争っていた。妻の方は寝不足と食欲不振でやつれており、今にも泣きそうな顔をしている。夫ジルバーは落ち着いているものの、表情は深刻だ。


「そんな……あなたは殺していないのに。どうして、こんなことに……」


 妻は顔を手で覆ってわっと泣き出した。

 実は、隣の家にも家族が住んでおり、その妻である女性を殺害した罪でジルバーは訴えられていた。証拠は唯一、現場に残されていたジルバーの金色の髪とジャケット。金色の髪はジルバー以外にもいるし、ジャケットはジルバーを犯人に見立てるために犯人がわざと置いたのだと主張したが、それ以外にこれといった証拠がなくて通らなかった。


 ジルバーは女性を殺していない。――真の犯人は、彼女の夫ランドルだということも予想はできている。

 ランドルとジルバーは幼なじみだった。ランドルは先天的に片足がなかった。彼は昔から何かとジルバーに張り合って来て、激しい嫉妬心のようなものを抱いていた。

 ランドルは家族の意向で見合い結婚したのだがうまくいかず。そしてランドルの妻がジルバーに好意を寄せるようになると、ますますジルバーを敵視するようになったのだった。しかし、不運なことに過去のランドルとの因縁を証言できる人は見つからなかった。


 ジルバーは無実だったが、懲役が下された。女性の殺され方が悲惨だったためだ。そこで、ジルバーは無実を証明し、名誉を守るために決闘裁判を申し出たのだった。――しかし。


「ランドルは代理人を立てているそうよ。それも……最強の決闘代理人を。敵う相手じゃないわ」

「ああ……分かってる。でも、家族を守るためには戦うしかないんだ。分かってくれ」

「うぅ……あなたがいなくなってしまったら私たちは生きていけないわ……」


 決闘裁判が、ジルバーに残された唯一の救済だった。夫婦が言い争うダイニングルームにはベビーベッドが置いてある。柔らかなベッドの上で、生後まもない我が子が安らかな寝息を立てていた。

 決闘に勝つために、リージェ神が正しき判断を下すことをただ祈ることしかできなかった。




 ◇◇◇




「あいつが妻を殺したんだ……!」


 マノンはある日、決闘代理人ノアとして裁判所に来ていた。今日の案件はかなり重い。妻が殺害された原告ランドルと、被告ジルバーが自分の潔白を証明するための決闘裁判だ。


 被告ジルバーが負ければ、犯人として懲役になることが決まっている。もし原告ランドルが負けたら一生告訴することができず、虚偽を申告したとして非難される。そして、妻が殺されたのに犯人は野放しにされることになるのだ。


「あんたは信じてくれるだろう?」

「……はい」


 ランドルは片足がなく、戦うことができない。一度面談をしたとき、妻を亡くした切々とした想いが伝わってきたので依頼を引き受けた。しかし、マノンには本当の犯人がジルバーだという確信はない。マノンは神ではない。ただ任された仕事を淡々とこなすことしかできないのだ。


 決闘が行われる柵に囲まれた闘技場には、審判と介添人、傍聴人たちが。

 マノンの目の前に、爽やかな雰囲気の背の高い男が皮の武具を身につけてやって来た。


(この人が本当に奥さんを殺したの……?)


 仮面の向こうに、対戦相手ジルバーを捉えた。彼は剣を構えながらこちらを見下ろし、優しく微笑む。


「お手柔らかに頼むよ。最強の代理人さん」

「……ひとつだけ聞いても?」

「なんだい?」

「あなた、ランドルさんの奥さんを殺害したの? 正直に答えて」

「してないよ。犯人は君が援護している男の方さ」

「嘘。彼は切実よ」

「はは、見せかけはね。だが、きっとリージェ神が僕の無実を証明してくださる。君は君の務めを果たせばいい」


 ジルバーはずっと無実を訴え続けている。その表情は真剣で、とても嘘をついているようには見えなかった。柵の向こうのテントで、赤子を抱いた妻が不安そうにこちらを見ている。


 マノンは知っていた。この決闘裁判においては必ずしも『リージェ神は正しき者を救う』訳ではないのだと。だってマノンの母は、なんの罪もないのに決闘代理で死んだ。仮面越しに手首のバングルを一瞥してから、剣を構える。


(――動揺しちゃだめ。剣が鈍る)


 気を引き締め、ジルバーと対峙する。まもなく審判が「はじめ!」と合図する。彼は長い剣をこちらに振りかざした。マノンは地面をたんっと蹴って跳躍した。彼は視界からマノンが消えて困惑し、辺りをきょろきょろと見渡す。


「――上よ」


 マノンは男の剣の先に立ち、そのまま男目掛けて回転をかけながら剣を振るう。次の瞬間には、ジルバーは地に伏せ昏睡していた。完全に戦闘不能状態になっている。マノンは顎を峰打ちして脳幹を刺激し、あっという間に彼を倒してしまったのだ。


「そこまで! 此度の殺人事件において、被告人は有罪とし、懲役10年に処する」


 審判の判決を聞きつつ、マノンは剣を収め場外に出た。ジルバーの妻は判決を受けて悲痛な声を上げている。


「――こんなの嘘よっ、嫌……! ジルバー……! 彼は無実よ! 虫も殺せないような、優しい人なのに……っ」


 その声がマノンの鼓膜と心を揺さぶった。

 原告ランドルがマノンの元に駆け寄ってくる。彼はマノンの手を取り、満面の笑みを浮かべた、


「ありがとう! あんたのおかげでせいせいしたよ……!」

「せいせいした?」


 その表現に何か違和感を覚える。彼はあまりにも清々しい表情をしていて、喜びに打ち震えている。


「あいつさ、昔っからずーっと気に入らなかったんだよ! 勉強も運動もなんでもできて、ルックスもいいし、要領もいいから俺が好きな人もみんなあいつを好きになんだ。――死んだ妻もそうだった。俺は本気で愛してたのに。他の男に目を向ける妻は、死んで当然だよな? な!?」

「……は?」


 理解が追いつかない。彼は、妻が亡くなって辛いとマノンに泣きながら訴えて来たのに。面談のときの誠実さの欠片もない態度だ。

 今の様子だと、まるで妻が死んで喜んでいるようで。――それどころか、彼女を殺めたのが彼なのではないかとさえ思わされる。ジルバーもランドルが犯人だと言っていた。


 胸騒ぎがする。

 心臓がバクバクと音を立てている。

 マノンは枯れた声を絞り出すようにして言った。


「あなたが……本当の、犯人なの?」

「俺が勝ったんだ。俺は何も間違ったことはしてない。正しい裁きをあいつらに与えたんだ!」

「答えになってない。あなたが犯人なのかどうか聞いてるの」

「――さぁな」


 狂気じみた笑みを浮かべるランドルを目の当たりにして、背筋がぞくりとする。

 マノンはその場にいられなくなり、裁判所を逃げ出していた。


(判断を、間違えたかもしれない。無実の人の人生を狂わせてしまったのかもしれない。どうしよう、お母様……っ)


 裁判所を出て、仮面を着けたまま道を歩く。マノンが決闘代理人をしているのは、神任せなどではない実力勝負の決闘で、本当に罪のない人の味方をするため。――悪人を救い、罪のない人を苦しめるためではないのに。


 よく考えて仕事を受けているが、結局マノンにはどちらが正しいかなんて分からない。自分のしていることが間違っているのではないか。そんな思いで涙が溢れてくる。


 すると突然、後ろから声をかけられた。


「――マノン」


 聞き慣れた声に振り返ると、馬車の窓からセルジュが顔を覗かせてこちらを見ていた。爽やかな笑顔を浮かべて手を振る彼。


「セルジュ……様」


 仮面の下から頬に涙が伝うのを見て、彼はぎょっとする。


「君……泣いているの?」

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