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01.婚約者は他の令嬢をひいきする

30話ほどを予定しております。

 

 いつからだっただろう。婚約者の心が、自分ではなく他の令嬢に移っていたのは。


 マノンの生家、ポリテラ伯爵家は武家貴族の家系で、代々優秀な騎士を輩出している。古くからの縁で、同じく武家貴族のイルゲーゼ侯爵家の三男、デリウスとの結婚が生まれる前から定められていた。


 特別相性がいい訳ではなかったけれど、それなりにうまく付き合っていた。――ひとりの令嬢が現れるまでは。


 デリウスは今、ある令嬢に好意を寄せている。彼女の名はルチミナ。公爵家のひとり娘で、蝶よ花よと育てられた生粋の箱入り娘だ。幸が薄い感じの美人で虚弱体質。思わず守ってあげたくなるような女性だ。

 三年前。とある夜会で貧血を起こしたルチミナをデリウスが介抱した。そこで二人は友人となり、交流するようになったのだが……。


 ポリテラ伯爵家の応接間にて。


「デリウス様。明日の園遊会は新大公の襲名披露の場になっています。私たちも挨拶を――」

「明日は無理だ」


 園遊会に出席することは、随分前から決まっていたこと。しかし、デリウスににべもなく跳ね除けられる。


「はい? 無理ってまさか、園遊会に出席できないってことですか?」

「そうだと言ってるだろう」


 ソファに座る彼は、足を組みふんぞり返っている。あからさまに面倒くさそうな態度だ。マノンは小さくため息を吐く。


(……これでもう、ドタキャンは五度目。この人、ふざけてるの?)


 婚約者同士で参加しなければならない集まりを、彼はここ最近だけで五度も直前でキャンセルしてきた。その度にひとりぼっちで参加した。パートナーの不在のせいで色々な憶測を立てられ、マノンは悪い意味で注目された。


「――理由を聞いても?」

「別に、なんだって構わないだろ。いちいち聞いてくるなよ。鬱陶しい」

「……ああ、そうですか」


 彼は全く悪びれもしない様子。マノンは引きつった笑顔を返した。その額にはぴきぴきと怒筋が浮き出ていて。デリウスの舐めきった態度に、怒りのボルテージはどんどん上がっていくが、なけなしの理性を掻き集めて我慢する。


(何よ。……そんな言い方しなくたっていいのに)


 理由は、聞かなくても予想はできる。彼は過去四度も――ルチミナに会うためにドタキャンしてきたのだから。

 どうにもならない事情があるというなら納得できるが、ピクニックや買い物に出掛けたり舞台を見に行ったり、彼女との些細なデートを優先する。


 マノンのメンツを守るより、ルチミナのわがままの方が彼にとって重要なのだ。完全にえこひいきしている。


 するとデリウスが、何かを思い出したようにあっと言った。


「そうだマノン。この前お前が食べていた甘味はどこの店のだ?」

「えっと……クグロフですか?」

「クグ……?」

「真ん中に穴が空いていて、山のような形をしたお菓子でしょう? ラム酒漬けの葡萄が入った……」

「ああ、それだ」


 マノンは甘いものが大好きだ。毎日のティータイムが生きがいになっているくらい。一方のデリウスは甘いものが苦手で興味もないのに、突然どうしてそんなことを聞くのだろう。


 クグロフは外国では祭事の度に食べられる家庭料理で、この国にレシピが伝わったのは最近のことだった。菓子職人の名前と店の情報を教えてやると、彼はメモ帳を取り出して熱心に書き取った。そして、頬を綻ばせながら呟く。


「――ルチミナ様がお喜びになる」

「!」


 よくも婚約者の前でぬけぬけとそんなことが言えるものだ。甘いものが大好きなマノンには、長い付き合いの中で一度もケーキを買ってきたことはないのに。友人ばかりをひいきする彼に呆れていると、彼の方が不機嫌そうな顔をした。


「なんだその顔は。何か気に入らないことでも?」

「いえ、別に」

「嫉妬、しているのか?」


 試すような眼差しに嫌悪感を抱く。

 彼は今までも、ルチミナのことを手放しに褒め称え、彼女のことだけを特別扱いしてきた。

 けれどそんな彼に対して抱くのは、嫉妬より失望だ。

 マノンはすっと立ち上がり、デリウスを見下ろしながら優美に微笑んだ。


「まさか。婚約者様の交友関係に口出ししようだなんて、少しも思ってませんよ。私はこれで失礼します。大事な――ご友人、にどうぞよろしくお伝えください」


 ルチミナを優先するのを、『友人だから』という言い訳で済ます彼。正直もううんざりしている。

 マノンとデリウスの仲は冷めきっていて、もはや修復不可能な域だ。夫婦としてやっていける未来が全く見えない。


「ったく。ルチミナ様はお前みたいに生意気ではないんだがな。お前も少しは彼女の素直さを見習ったらどうだ?」

「……はは、可愛げがなくてどうもすみませんでしたね!」


 乾いた笑みを返すマノン。


(ああもうっ、どうしていちいちムカつく言い方しかできないの!?)


 堪忍袋の緒が切れる音がする。怒りに任せて握り締めていたティーカップがパリンと音を立てて粉砕するのを見て、デリウスが引いている。


「……女人とは思えんほど怪力だな」


 これは政略結婚だ。家同士の契約だからこそ、当人同士の気持ちだけでどうにかなる問題ではない。

 きっとデリウスも、マノンと結婚するのは不本意だろう。でも逃げることはできない。婚約者なのにないがしろにされて、どんなに嫌な思いをしたとしても。


(――こんな風に惨めな思いをする日々が、この先もずっと続くの?)


 応接室から出たマノンは、はぁと小さく息を吐いた。

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