日常と僕とクルエスタ
比良霧響子……
彼女の名前だ。僕の前に立っている女性の名だ。けれど、彼女と僕は何ら特別な関係を持っていない。彼女はシルクのような長い髪を優しく揺らしながら逃げ惑う人々の中を華麗に通り過ぎて行く。
そして、大きく跳躍した……。雲一つない青空へと飛んで行くのだ。彼女が飛んで行く先には、一匹?一体?の高層ビルのように大きな鶏の怪獣。赤いとさか、黄色いくちばし、垂れた肉のようなものが顎についている。しかし、鶏のような愛嬌はない。体は純白の鱗で覆われ、全てを見透かす様な黒い目玉が体全体に不規則にちりばめられているのだ。
こいつは「コケコッコー!」と早朝、爆音の鳴声と共に現れた。あまりの音圧に周囲の建物は大きく揺れた。震度5はあったに違いない。僕は飛び起きて、窓を開けた。窓を開けた先にはこいつがいたわけだ。しかし、あの鳴き声を聞いた後じゃなければ、きっとこいつが鶏だとすぐに判別がつかなかったに違いない。それくらいでかくて、気持ちが悪かった。そんな奴と彼女は戦っている。
彼女は、跳躍の勢いをそのままに鶏怪獣の顔面に向けて思いっきり拳骨を食らわせた。
「コケ―!」鶏はよろめき、転びそうになる。しかし、みっともなく自らの翼をバタつかせ何とか体制を整える。そのさいに、鱗の翼が飛び散り、周囲の建物に落下していく。建物は、爆撃音のような轟音と共に粉砕されてゆく。人々の悲鳴が聞こえてくる。建物から落下してゆく人も見えた。まさに、地獄絵図だ。
しかし、彼女戦うしかない。そうしなければ、被害はもっと甚大なものとなってしまう。彼女は鶏怪獣が体制を崩した隙に、瞬時に近くのビルの屋上へと着地をして、再び跳躍する。そして、もう一撃、今度は蹴りを食らわした。鶏怪獣はまたしても体制を崩す。彼女は、蹴りを入れた衝撃を使って少し上に上昇した。自らの体をグルンと一回転。今度は落下速度を加えて、黄色いくちばし目掛けて拳を食らわす。その拳で上くちばしが欠けた。鶏怪獣は「ゴゲー!」と濁音交じりの声を上げた。
しかし、鶏怪獣は体制を崩したまま、彼女が地面に着地する瞬間を狙って、光線を放った。光線は彼女に直撃する。周囲の建物はミキサーにかけられた様に粉々となり、地面は豆腐であるかのよう瞬時に消え去る。しかし、彼女はその光線をも耐え忍ぶ。光線が止むまでひたすら、自らのエネルギーを用いて光線のエネルギーを相殺しているのだ。光線は蛇口を絞められたかのように、次第に細ぼってゆき、鶏怪獣は開いたくちばしを閉じた。
彼女はほくそ笑えんだ。ような気がした。上空に飛躍。髪をかき上げる。彼女の髪が次第に漆黒に染まってゆく。その髪が急激に伸び、一人でに動き出す。そして、彼女の右腕を包み込む。その瞬間、彼女は消え、大きな衝撃と「コケコッコー!」という鳴き声が聞こえた。かろうじてとらえた視界には、スタスタと優雅に歩く彼女の姿。背後には頭を無くした鶏怪獣。そして、周囲のビルは鶏怪獣の血だと思われる橙色で染まっていた。
彼女は、返り血一つ浴びていない。まるで何てことない登下校のように彼女は歩いている。その、シルクのような長い髪を靡かせながら。
僕はそれをただひたすら、眺めていた……。