楽園
グループホームの一階にある会議室。
普段は入所前の家族との面談などにつかわれる。
六畳程の部屋で、テーブルと椅子が4脚あり、小さいながらもテレビとお茶を淹れるセットが急須と共に置いてある。
ケンはそこで妹の薫に、母親から受けた傷の治療を受けていた。
消毒液で洗浄してから、手早く絆創膏を張る手際は、流石に手慣れている。
「健一兄ちゃん…お父さんに似てきてるから、お母さん…記憶がごっちゃになったのね」
そう言いながら最後の絆創膏を貼ると、軽く叩いてから。
擦り傷程度だから、こんなもんでしょ。
そう言って救急箱を仕舞いながら。
「いつ日本に?」
そう聞いてきた。
「四、五日前だよ…商談でな」
輸入品を扱っていると、表向きの仕事を言うと、薫が言い淀みながら。
「あの………お父さんは?」
生きているの?、そう聞く薫に、亡くなったと短く言いながら。
父親を埋めた記憶を思い出していた。
ケンが12歳、薫が10歳の時。
父親が祖国へ帰ると言い出した。
日本で生まれて祖国の言葉の話せない父が帰っても先なんて見えている。
そう言って母や兄弟達は反対したのだが、夢見がちの父は耳を貸さなかった。
北の楽園、その言葉に心を奪われた父は、兄弟や親戚に借金をして旅費を工面した。
母親の親戚にまで金を無心した父と、それに腹を立てた母親の間には亀裂が入り、離婚する事になる。
「お母さん…健一兄ちゃんの事…ずっと後悔してたの」
子供2人を引き取るつもりの母を無視して、父は長男の健一を連れて帰国した。
跡取り息子を置いて祖国に帰国出来るかと。
小さい男の面子の為に、健一は母親と引き離される。
そして着いた祖国で待っていた物は。
やった事も無い入植作業。
持った事も無いクワを振るい、手を豆だらけにして畑を開墾する。
北海道より北の緯度での作業は、短い夏と長い冬の間の食料すら碌に取れない。
夏は良い、蛙でも虫でも、食える物は何でも食べた。
しかし冬は食う物も、暖を取る薪も不足する。
同じ開拓団の中で、日本語の通じる者も居らず、次第に親子は村八分にされる。
そうして、数年後の冬の夜に父親は過労と栄養不足で痩せ衰え、骸骨の様な風貌で亡くなった。
冬の凍った土を、クワと素手で墓穴を掘る。
たった一人で。
開拓団の誰も手を貸さない、まるでそこに居ないかの様に。
子供1人で、浅くしか掘れない穴に遺体を埋めると、石を高く積み上げた。
野犬に掘り返され無い様に。
終わる頃には手の皮は剥け、爪が割れていた。
それからは、たった1人で畑を開墾した。
健一が17歳になり、軍が徴兵の為に迎えに来るまで。




