母親
八尾と藤井寺の境目になっている大和川。
昔から暴れ竜と言われ、大雨の度に河川が氾濫する大河。
この河川の普請の記録は日本書紀に遡る。
豊臣秀吉が天下を平定し、大阪城を築城したおり、大和川もまたその恩恵を授かった。
その工事の為に連れて来られた、朝鮮の人々の子孫達。
そのほとんどは日本で家庭を持ち、この地に生活の場を求めた。
大和川沿いにある医新会系の総合病院。
その側にある看護婦寮がメモの住所になっていた。
仕事に出ているのか、それとも休みか?
どうしたものかと考えながら病院の入り口を見るとグループホームの案内板が見えた。
母親の歳を思い出す、もう70近い。
ひょっとしてと思う気持ちと、まさかと否定する思い。
モヤモヤとする感情を引きずりながら建物の中に入った。
入った受付で母親の旧姓を言い。
「近くに来ましたので、ついでに顔でもと」
親戚の者ですと伝えて、渡された面会メモに記入するとアッサリと中に通された。
中庭のベンチ、植木の側に老婆が座っていた。
白髪になり身体も痩せている。
最後に別れた時は、程よく付いた肉に顔を埋めながら抱き着いていた記憶しか無い。
朝鮮総連が用意したフェリーに父親と2人で乗り込んで。
母親と、側にいる妹の薫の手の中にある紙テープ。
船が離れて紙テープが千切れても、日本が見えなくなるまでその場を離れなかったあの日。
あの日から地獄が始まった。
ベンチ側に寄ると、母親の前でしゃがんだ。
不思議そうな顔で見る母親の目に、自分の姿は写ってはいなかった。
中程度の認知症、昔の事は鮮明に思い出せても、ほんの5分前の記憶は無くなる症状だと聞かされてはいた。
しかし言わずにはいられない。
自分がここに居ることを。
「…母さん…健一だよ」
わかるかい?、その言葉に反応したのか、母親の目の焦点が自分に合う。
「健一?……息子は…あの男と…行ってしまった」
健一、私の健一。
そう繰り返し言っているうちに、母親が健一の顔を見ると、ハッとした顔になる。
「このロクデナシがぁ!」
健一の顔を見る目が、親の仇を見るような目に変わる。
足が悪いのか、持っていたステッキを振りかぶるとケンを殴り出した。
「息子を返せ!」
「何がこの世の楽園だ!」
「長男を連れて行かないと世間体が悪い!ふざけるな!!」
ケンは腕で防御するだけで、あえて母親の好きにさせた。
そうするだけの権利がある、そう思うと避ける気持ちも無い。
そのうち殴り疲れたのか、母親がステッキを放り出すと地面に座り込んだ。
「なんで!なんで止められなかった!」
そう言うと、大粒の涙を流しながら泣きじゃくり始める。
そんな母親を見ていると、側に来た人に声を掛けられた。
「健一…兄ちゃん?」
振り向けば、若い頃の母親の面影のある中年の女性が、水色の看護服を着てケンの方を見ている。
眼鏡を掛けたその看護師にケンは。
「久しぶりだな…薫…」
元気か?そう聞くと立ち上がった。




