『審判者』ジュリアン・パイヤーは嫁が欲しい
春は妄想が湧く季節ですよね。そんなわけで書いてみました。
私の名前はジュリアン。パイヤー本家の第三子で長男です。姉が二人、弟妹が一人ずついます。
我がパイヤー家は『女神様の御使い』とか『御言葉を運ぶ一族』とか呼ばれている、神憑りが出やすい家系なんです。生まれ持った能力の差はあるけれど、女なら神託の巫女、男なら審神者や啓示を受けとる素質があります。
後は祝福や加護の有無なんかも分かりますよ。
そして一族の中でも特に選ばれた男子が、その昔女神様の眷属より授かったという家宝『審判のロッド』を受け継いで、人の世の争いを裁くことが許されているのです。
なんて言ってるけど只の足代わりですよ。審判はロッドがやってくれますから、私はそこへ行けと言われた場所に行くだけですからね。
そう、今代ロッドに選ばれたのは私です。はぁ、やれやれです。
『審判者』なんて呼ばれて特別扱いされてますけど、どうせなら『許されし子』になりたかったですよ。
『許されし子』というのは我が一族に生まれて何の能力もない子供の事です。世間一般じゃそういう場合、良い扱いはされないみたいですけれど家は違います。
パイヤーに生まれながら何の能力もないのは、女神様が自由に生きるようにとお許しくださっているからだ。前世で余程功徳を積んだ者なのだろう、とか言って可愛がられるんですよ。
皆が甘やかして育てるんだけど不思議と増長して傲慢な大人になったりはしないし、むしろできた人と呼ばれる事が多いらしいです。前世いい人説は本当かもしれませんね。
身近な所では次姉様がそうです。おっとりと優しくて子供たちに懐かれてますよ。私たち兄弟の中で一番早く婿が来ました。
ああ、そうそう、パイヤー本家は嫁には出しません。もちろん婿もです。もらうだけですよ。
今じゃ彼方此方の国に分家があります。どの国でもそれなりに認められていますが、爵位等はお断りしているんです。
我らは女神様の僕ですから、神殿なんかと同じ扱いをされていますよ。
そんな訳で私は多忙の上、移動が多いため、まだ嫁がいません。困ってるんですよね。
なまじ能力が高いものだから啓示も頻繁に降りてきますしね。
たまにはのんびりしたいものです。なんて言っていたら、またご指名が来ました。はぁ、ハイハイ、行きますよ。
今度はバルドバ王国ですか?砂漠とオアシスの国ですね。ハーレムがあるんですか、ああ、それでですね。
私が受けた啓示は
「王の大地に数多芽吹きて争い、荒れ地に若木は育たず。下草を刈り苗木を選びて王樹とせよ。さすれば地は平穏で満たされる」
というものでした。
啓示は受け取る人によって聴こえ方が違います。また、受け取った内容をどう解釈するかも人によるわけです。だから重要な物は数人に同じ内容の啓示が降りることがあります。
そういう時は、みんなで集まって間違いが無いよう解読するわけですね。
今回のは情報も入って来たので割と簡単ですね。王の継承者争いで国が不穏になっているらしいです。子供が多いのも困りものです。ハーレムの外にも手を付けた女性がいるらしいですよ。
全く、タンポポじゃないんだから他所の庭にまで種を飛ばすんじゃありませんよ。
大体嫁が多すぎです。私なんか一人もいないのに……。別に僻んでませんよ。
先ずは面会の申し込みをしましょうかね。この国にはまだ一族はいないようなので少々動きづらいですが仕方ありません。
さて、我が家の名前はこの国でも通用したようで、すんなり王宮に招かれました。
この国の人達は皆はっきりした顔立ちというのでしょうか、パーツ全部が大きめで、男性は浅黒い肌でひげを蓄えています。ちょっと強面ですね。体格も立派な人が多いです。
反対に女性は日に当らないのか色白に見えますし、衣装も露出が多くて目のやり場に困ります。
自分の妻にこのような格好をさせても平気なんでしょうかね?私には理解できないです。
「本日はお目通りをお許しくださってありがとうございます。私はジュリアン・パイヤーと申します」
胸の前で腕を交差させて頭を下げる、この国式の挨拶をする。
「うむ、貴殿の名はこの国にも届いておるぞ。パイヤー家の審判者だったな。それで何の用だ?女神が何か仰せになったか?」
目付きが鋭い黒髪の国王が、座っている王座のひじ掛けを指先で叩きながら問いかける。余りご機嫌は良くないようです。
「はい、天に居わしますお方は、この国の現状を憂いていらっしゃるようです。無礼を承知で率直に申し上げますが、こちらの王家では候補者が多くてお跡目が決まらないのではございませんか?
その所為で国が荒れているようだと心配なさっています」
「なっ、それは真か?そのような……いや、しかし……」
王は驚いたように目を瞠って声を上げた後、考え込んでブツブツ呟きだしました。
暫く黙って見ていると、側にいた年かさの男が王に近づいて耳打ちしましたね。あれは側近、たぶん宰相とかでしょうかね。
「それで、貴殿は、いいや、女神はオレにどうせよと仰せなのだ?何か治める良い手立てがあるのか?」
「私にお跡目選定のお手伝いをさせていただけたらと思います。天のお方は目をおかけになった人物がおられるようですので、私がその方をお探しします。
具体的には王位継承の可能性のある方全てに会わせてください。目印がついていますから、すぐに分かります」
私はパイヤー家の人間ですからね。それ位は朝飯前です。
さも簡単な事の様に言ったのが引っかかったのか、王も側近も疑わし気な目つきになりました。
「そのような事をいきなり言われても、こちらは信じられないな。貴殿が誰かと組んで、オレを騙しているのではないと証立てることができるのか?」
「証ですか?私はパイヤー家の『審判者』ですよ。そして今、お役目でここに居ます。それなのにもし私が偽ったり、不正な言動をしたりしたならば、とうにこの命はないでしょう」
私というか『審判者』を知らないのでしょうから仕方ありませんが、これは見せた方が早いかもしれませんね。
「では私が『審判者』であることをご覧に入れましょうか。何か試し切りしてもいいものを用意してもらえますか?何でもいいですよ。普通に切れそうもない硬い物が良いですね」
訝しげな表情の側近の手配で色々なものが運ばれてきました。
私は家宝のロッドを取り出す。
「これは我が家の家宝で、その昔女神様の眷属にたまわったと伝えられている神具です。今は私が継承していて役目を果たすために使用します」
簡単に説明してから呪文を唱えるとそれはひと振りの剣に姿を変えました。
「なんと!」
驚くのはまだ早いですよ王様。
先ずは、紙。もちろん切れますね。次に木の桶、銀製?の皿、金属製の盾、何かの鉱石。
まるで作り立てのチーズのごとく容易く切り分けて見せると皆が目を丸くしています。
「さて、これからが本番です。この紙は私が持ってきた物です」
そう宣言して再び刃を当てると紙はそのまま刃跡すらつかない。突き刺しても穴も開きません。
「この様に私が間違っていた場合はこの剣は木の棒と変わりがありません。使われることを拒むからです。ですから……」
私は剣を逆手に持ち替えてかまえる。
「私はこの国の王位継承について偽りや不正、忖度などしませんし、するつもりもありません」
宣言してのど元に向けて突き刺しました。
「ああっ、何をする!」
叫び声が上がりました。剣はやすやすと私の項に辺りに先端が突き抜けています。
私が平気な顔で、何事もなかったかのように剣を抜いて見せると、周りの者は目どころか口まで開けて固まっています。
もしもし、皆さんお口を閉じないと虫が入りますよ。
私は見せつけるように首を手で撫でるとニッコリと笑い掛けました。
「このように傷一つ付かず、私が正しくお役目を果たしていると神具が証明してくれるのです」
「そ、それは、まさしく神具であるのだな」
震え声でつぶやいた王に、重々しく頷きます。
「因みにですね、以前うっかりこれを持ったままつまみ食いを誤魔化したら、火傷して手の平の皮が剥けてしまったことがありました。私にも容赦がないのですよ」
静まり返った空気をほぐす様に笑い話を提供してみると、王も苦笑いしていますね。
よし、これで話を進められるな、ヤレヤレ。こっそり溜め息をつきました。
そして二日後、再び王宮に来ました。後継者候補を見定めるためです。この国は男子相続ですが王子だけでも十一人いるそうです。
流石ハーレムの主。別に羨んでなんかいませんからね。
一番年長が十四だというので首を傾げます。王は三十七だというのに王子たちは小さすぎるのではないでしょうか?
まさか、此処もやたらと子供が亡くなる王家なのでしょうかね。内心眉をひそめながら聞いてみると病気やケガで二人ほど夭逝しているそうですけど、それ位は不自然ではありません。
さり気なく聞いてみるとこの国では後継に決まるまで、候補者のハーレムの女性たちに子供を孕ませない薬を飲ませるのだそうです。王様が後継となったのが二十歳で、薬の影響か一年以上、誰も妊娠しなかったのだそうですよ。
なるほど納得しました。
ですが、それよりも不可解というか驚く事がありましたよ。
顔が隠れるようなフード付きの衣装を着た王子たちが並べられた椅子に座っています。流石に乳母に抱かれている下の子達はそのままです。
一族の中でも能力の高い私は、意図的に注視すれば大体の事は分かるのですが、念のため王子たちの手を取らせてもらいました。
全ての王子たちに御挨拶してから、人払いされた部屋で王とやっぱり宰相だった側近の男性の三人だけになりました。
「で、どうだったのだ。誰が選ばれたのだ?」
王様は早く知りたいですよね。そわそわ落ち着きがないです。
「お答えする前に質問があるのですが……」
「なんだ?早く言え」
「随分と幼い方もおられるようですが、失礼ですが王様は健康状態は良好ですか?」
「なんだ、突然。別にどこも悪くはないぞ。後十年や二十年はくたばるつもりはない」
「今まで大病をしたことは?」
「大病?そんなものは……。ああ、そういえば後継に決まる少し前に……毒を盛られて弱った所に風邪をこじらせて死にかけたことがあったな」
嫌な事を思い出したというふうに苦い顔をする。
「そうでしたな。あの時は高熱が五日も続いて、心配を致しましたよ」
「だが、それだけだな。赤子の時の事はわからんが」
ふむふむ、そういう事ですか。一人で納得していると焦れた王様に睨まれました。
「それで、そんな事が何の関係があるんだ。それより結果はどうなったのだ」
ウーン仕方ありませんね。言い難いことですがお伝えしましょうか。
「はい、そうですね。結論から申し上げますと先ほどお会いした王子様方の中には後継者にふさわしい方はおられませんでした」
「なっ、なんだと!」
「それは、どういう事ですかな」
お二人とも驚いていますね。実は私もですよ。
「啓示によれば確かにその方は存在していますから、ここではなく別の所におられるのでしょう。お心当たりは御座いますか?」
「……」
「王のお子様方は皆ハーレムにいらっしゃるはずですから……、母親であるお妃たちも監視の目がございますから、よもや隠し子などはいませんでしょう。となると、攫われたお子がいる、いいやあり得ませんな」
黙り込んだ王様に代わって宰相が話を続ける。
「では、外で親しくなさった女性はどうですか?」
「自分のハーレムができてからは手を付けた女は全員ハーレムに連れてきている」
「それでは、それ以前のお子様なのでしょう。探してください」
面倒だと顔に出ている男たちに、ムッとしたのでこちらは笑顔で、とんでもない事実を暴露します。
「そうしないと王家の血統が絶えます。お会いした王子たちに王様、あなたのお子様は一人もおられませんでしたから」
絶句している二人に構わず私は自分の考えを披露することにしました。
「私が思うに王様が前に罹ったという大病で身体を損なったのでしょう。
そうでなければハーレムの女性たちが軒並み、危険を冒してまで不貞行為をするはずありませんからね。
一人も実のお子がいないなんて不自然すぎます。仮に王様のお子様だけどうにかするとかいうのも対象が多いですから難しいでしょうね。
そもそも不埒な輩が簡単に出入りできるハーレムなど、警備体制はどうなっているのですか?まだ赤子もいるのですから安全のため、早急に見直した方が良いと思います」
ガックリと項垂れて魂が抜けたように憮然とした王と、こちらも遠い目をした宰相。大丈夫ですかね。
ハーレムや後宮は女の戦場と聞きます。己を磨いて王様の情けをもらっても実ることがないのでは少々同情してしまいますが、それにしても父親不明の子供が多すぎですよ。みんなでやれば怖くないとかいう心理なのでしょうか。
個人的には女性たちにあまり重い罰は与えないでもらいたいですね。男としては妻の不貞は怒るべきなんでしょうが何十人もいるんじゃね。夫はやり放題なくせに、とか思う訳ですよ。ええ、僻み成分が2割程度混じった意見ですが……。
色々考えているうちに王様も立ち直った様です。宰相に我が子捜索について話をしています。
「ジュリアン殿、その者が見つかるまで滞在してもらえるか?今いる離宮の部屋をそのまま使ってもらうが……」
「ええ、そのつもりでしたから、ありがたくお世話になります」
「分かった。よろしく頼む」
人払いが解除され召使がお茶や菓子を運んできました。何でしょう?こちらのお茶はとても甘いのに後味がスーッとしますね。嫌いじゃありませんが砂糖の入れ過ぎじゃないですかね。
おや、王様はお酒ですか?そうですよね、飲まなきゃやってらんないですよね。あははは。
でも、ハーレムの女性を今すぐ皆殺しにする、なんて言う人でなくて良かったです。強面ですけど横暴な脳筋じゃないんですね。人を見た目で判断しちゃいけませんね。
さて、傷心中の王様に追い打ちをかけるのは気が引けますが、パイヤー家の者として言わねばなりません。
「僭越ながら進言させていただきたいのですが……」
「なんだ?構わない申してみろ」
「この国の女神様に対する無礼をどのように思っていらっしゃるのでしょうか。
神殿と呼ばれる建物はあれど仕える神官どころか管理者もおらず、放置されたまま崩れかけていました。どういうことでしょうか?」
「そ、それは……」
「女神様は自分への信仰を私達に強要するようなことはなさいません。私達の信心に任せているのです。そのため国によっては眷属の方を信仰しているところもあります。
ですがそのような国であっても、女神様を祀っている神殿があるのですよ。女神様はこの世界を創られたお方、万物の母でいらっしゃるからです」
「……」
「よろしいですか。ご存じないようなのでよく聞いて下さい。
国ができ国主になった者には女神様から加護が与えられます。それがその者からその地に広がり民にも恩恵をもたらすのです。
加護は血によって次代へと継承されていくものなのです。加護を持つ国主の日頃の行いや、政の良し悪しで加護は強くなったり逆に弱まったりしますが、血統が続いていれば消えることはありません。
ですから、その加護が絶えることの無い様に、この度は啓示を降ろして、正しい後継を選ぶように私が遣わされたのです。
天におられる方々のこの国に対する御慈愛のありがたさが分かりましたか?
そして従うしかない民はともかく、女神様の恩情を受けていながら、王であるあなたの今までの態度が、いかに無礼で恩知らずな行いであったのか……。
自省なさってください」
黙り込んで気まずそうな表情を浮かべている王様は、勉強をさぼって叱られている甥っ子みたいですね。可愛げのないごつい小父さんですけれど。
「知らなかったのだ。そのような事、誰も教えてくれなかったぞ」
小さな声でぼそぼそ言っています。
「でしょうね。王家に伝わっていたなら、神殿があんな有様にはならないでしょう」
「で、どうしたらいいのだ?」
「今あるものを修復するか、新しく建てるかですね。王家だけがお祀りするなら、もっと小さなものでいいと思いますよ」
「神官はどうするのだ?他所から呼ぶのか?」
「他国の神官はお嫌ですか?でしたらうちの一族の者を呼びましょう。私達は神官ではありませんが、神殿の管理はできますし、お祀りの仕方も心得ています。
その上、我が一族は多くの国に住んでいますが、何処にも属していませんから柵はありません」
「ほう、そうなのか」
「ええ、それにですね。一族の者がいれば、王家の血を受け継ぐ者かどうかの判断がつきますから、今後は同じような事態は防げると思います。生まれてすぐに分かりますから」
「おおっ、それは良いな。ぜひ呼ぼう。何なら住む家を与えるから呼んでくれ」
「承知しました。手配いたします」
王様もちょっと元気が出たようです。
それに、この国の神殿が整備されて女神様に貢献できるのは、私としても嬉しいことです
先日訊ねた国の神殿の様にはいかないでしょうけれど……。あの神殿長は女神様もお目を掛けているようでしたし、眷属の方の印もついていましたね。
ただ、持っている祝福が偽装と隠ぺいなのが不可解です。良くお仕えしている真面目な方のようでしたが……。
まぁ、今は関係ないことですね。
後は探し人が早く見つかるといいのですが。女神様、どうかよろしくお願いします。
序でに私のお嫁さんも!
そして五日という短い期間で彼は見つかりました。何故かというと王様によく似ていたからです。
母親である女性はもう亡くなっていましたが、大商人の娘でした。彼の祖父や伯父は訳ありの子供を密かに育て、成長してからは隊商に潜り込ませていたのだそうです。
歳は二十歳ですでに妻子がいましたよ。孫ですよ王様、しかも男の子二人です。おまけに奥さんはまた妊娠中らしいです。
でも少し時期がずれていたら大変でしたね。王様がハーレムをもらったのが十六歳の誕生日だそうですから、もし母親がハーレムに入れられていたら彼はいなかったかもしれません。
強運の持ち主かも知れませんね。特に祝福は無いようですが。
後継になる事を渋っていた彼ですが最終的には受け入れてくれました。
「隊商率いるのも国を率いるのも大して変わりませんよ。下の者を適材適所に使ってやればいいのです。国なんて、使える人間、信頼できる人間を見極めて重用すれば彼らが回してくれますよ」
なんて助言らしきことも言ってみました。王様は憮然としてましたけど宰相は苦笑いしてましたよ。さては、王様もそうなんですね。
そして彼はハーレムは作らないそうです。愛妻家、いいですね!
ところで、女神様。彼は見つかったのですが、私のお嫁さんはどこですか?
ねぇ、女神様?
感想や誤字報告ありがとうございます。お世話になっております。
最近はお話の中の登場人物の設定やら裏事情を考えるのがマイブーム(もう死語?)です。
前から後日談とか番外編とか読むのが好きなので、自分でも書いてみました。
このお話の他に別ジャンルにした短編がありますので、そちらも見ていただけると嬉しいです。
本日は閲覧ありがとうございました。