お迎えに来てください。
久しぶりにお酒を飲んだ。
弱くはないけど、強くもない。
「いや、弱いっす」
後輩の後藤くんが、冷静に突っ込んでくる。
今日は忘年会。
ブラックな我社でも忘年会はある。
ブラックだからこその強制参加のイベント。
飲み会の為19時上がりを捻出する為に、今週は終電&始発コースだった為か、お酒がとてもよく回っている。
「ほら、お水飲んでください」
「ありがとうございます…………」
「寝ないで!ちゃんと口に運んで下さいよ!」
なんて面倒みがいいんだ。
「後藤くんもアレだね、私が隣で貧乏くじだね。えらい人と飲んでくればいいのに」
怒られないように、水に口をつけながら見上げると、後藤くんは顔を顰めていた。
「もう、一通りお酌して回ったから大丈夫っすよ」
そうなの?
リア充は違う。
私の場合、行かないか、行っても引き際がわからずおたおたしそうだ。
「おれ、先輩と呑むの楽しみにしててんですけど」
「へぇー」
「なんすか、へぇーって。他になんかないんすか」
「わーお、嬉しいなぁ」
「まったく心がこもってないですね」
そう言われても。
今をときめく営業部のエース(予定)から言われても世界が違いすぎて、どこが冗談なのかよくわからない。
私はそっと水ではなく日本酒を再び口に含む。
「いつも仕事と言って断るじゃないですか。他の人は来ても、先輩は来ないし」
新手のドッキリとか、言われた方が納得できる。
「先輩に聞いてみたかったんですけど」
「そんな、後輩だから可愛がっちゃうよ〜
おねーさん、なんでも答えちゃう」
「先輩キャラちがいすぎませんか」
「お酒の力ってすごいよねー」
まあ、飲まないとやってられないってのはある。
会社命令で身をすり減らして参加してみれば、
イケメン君との会話と引き換えに、チクチクひそひそ、言われなき視線を感じる。
なんでか懐かれてるだけだからほっといて欲しい。
もしくは、会話にはいってくれ。
そして、引き取ってくれ。
「先輩、なんでそんなに仕事してるんですか」
意外に真面目な質問で驚いた。
「あー、んー、なんでだろー」
適当な言葉を繋ぎながら、自分の中に答えを探す。
「たぶん…………」
真剣な目が自分に注がれているのを感じる。
まぁ、その後リバースしたくなってトイレに駆け込んだんですけどね。
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お店を何とか出て路上。
「先輩!ちゃんと立ってください!」
「…………」
「先輩!!!」
大丈夫だよ、お迎え呼んだから。
後藤くん、帰っていいよ。
「帰れるわけないじゃないですか」
後藤くんは、私の横に座った。
「あのですねぇ、先輩かなり酔ってますよね」
そうだねぇ
「たぶん、起きたら忘れてると思って聞いて欲しいんですけど」
なにかな
「前、一緒に組んで仕事したの覚えてます?
俺、その時今よりも生意気で、できるとおもってて、結局営業の先輩から無視されてたんですよ」
今となってはそれもよく分かりますけど、
そう言って後藤くんは、頭をガシガシかきむしった。
「俺は生意気で、よく分かってなかったのを、先輩がフォローしてくれたんですよ。ものすごーく叱られたのも覚えてます」
「そのプロジェクトが終わってからも、気になって先輩見てたら、なんですか、あれ。あんなの断っていいと思いますよ」
「先輩は自分で思ってるより、ずっと仕事できてます。そんなに責めないで欲しいんです」
「先輩。先輩…………」
「今度は名前を呼んでもいいですか」
何を言ってるんだね?キミは。
深い意味があるようなないような。
そんなに見ないで欲しいし、ほかの女の子に言えばいいと思うよ。
「……こんばんは」
あ。執事ロボットだ、こんばんはー
「いいお返事ですねー、と言うと思いました?」
いたひ。ほっぺをつままないでください。
千切れそうです。
「なんでそんなに飲んでるんですか」
私かま飲んだんじゃないんです。
お酒の方が体内に入って、痛いです、すいません。
「後藤さんですか?いつも伺っております。ここまでありがとうございます。あとは私が家に連れて帰りますので」
「あなたは?」
「これは申し遅れました。彼女の家で家事全般を担当させていただいております」
「そうなんですか、僕もよくお話は伺っていますよ」
「へぇぇ、それは光栄ですね」
私を置いて話が弾んでいる。
…………寝てもいいかな。
「ちょ、先輩!本当に怪しい人でないか、確証を下さいよ!」
「心配していただいて、彼女に代わってお礼申し上げますが、いらん世話ですよ」
後藤くん、大丈夫だよ。
さっきお迎え頼んだの、うちの執事ロボットだよ。
「は?ロボット?」
「おや、なにか不審な点でも?」
「…………ありまくりですよ。
あなたみたいな人が何をしているんです?」
「何をおっしゃっているのか、わかりかねます」
なんで2人で見つめあってるの?
恋とか芽生えた?
フォールインラブの現場を目撃してる?
同性愛に偏見はないけれど……
「なんで、この流れでそう思えるんですか?」
「お前はばかかな?」
ああああああああぁぁぁとりあえず痛いです、すいません。
「容赦ないですね?」
「こんな主人を持つとおのずとそうなってしまってね」
執事ロボットは、そう言いながら私を抱き上げる。
肩口に顔を寄せて、慣れた温もりに、眠気が押し寄せる。
「じゃあね、後藤くん。おやすみなさい」
「…………おやすみなさい」
規則正しい揺れに身を任せながら、私は目を閉じた。
「…………ほんとに、目を離すと何を引き寄せてるんだか」
執事ロボットが何か言った気がしたが、意味がわからなかった。
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びびった。
まじびびった。
なにあれ?何なの?
アルファの適正試験で120オーバーを叩き出した自分よりも上位のアルファだった。
ここには俺だけのはずなのに。
アルファは30代、事情と本人の意思があれば50代まで、市井に紛れて生活する事が普通だ。
その際は、近くにならないよう、慎重に活動範囲が決定される。アルファ同士は好むと好まざると争ってしまいがちだからだ。また、アルファが存在する事への好影響を分散させる意味もある。
同程度の規模の会社で、そのアルファの会社内の役職にもよるが、アルファがいるといないでは、業績に雲泥の差が出る。下手すれば数倍。また、その能力があるからこそのアルファなのだ。
どうする?
つめを噛む。
悪い癖だ。
答えが不本意な時に出る。
自覚できるので便利でもあるのだけど。
通報する?
義務はないが、問い合わせれば、然るべき対応が取られ、あの自称執事ロボットはいなくなるだろう。
だが、その時先輩はどうなるのか。
不確定な事はできない。
次の対策の事を考え始めた。