購入後α日経過
初投稿です。
くっつけたり、投稿し直したり、グダグダかと思いますが、よろしくお願いします。
体は重く、惰性だけで家路をたどっていた。
頭の中は今日のヒットフレーズ(その日1番えぐられた言葉が日替わりで登場。毎日飽きさせません)がグルグル回り、言い訳とifが量産されていく。
そんな状態で私は電車を乗り継いで帰宅する。
ありふれた話だ。
入社して数年。
新人ではないが、先輩のように何かを任されるように育ったわけでもなく。
同期の同性の社員の様に、可愛げがあるわけでもなく。
リーダーシップなどあるはずも無く。
かといって、就職氷河期にやっと掴んだ現在の勤め先から乗換える気概もなく。
私はひとつため息をつく。
頭からつま先まで、お前は変われ!という命令を詰め込まれた状態で思考停止している自覚はある。
何かが悪いのは分かるけど、何が悪いのかわかりません。
どう変わっていけばいいのか、皆目見当もつきません。
先輩の覚えのいい、あの子のように、振舞えればいいのか。
そんな事出来るはずもありません。
突き詰めていけば、辞めますか?人生を。
そこまでたどり着いたところで、ふと際に立っていることに気づく。
自分自身の思考なのにひやりとする。
だけど、この思考は毎日の日課。
大したことはない。
だって毎日のことだもの。
全然大したことではない。
でも、最近。
引き止めるものがあることに気付く。
私は、自宅のドアを開けた。
ごく最近までは、真っ暗だった家に明かりがついている。
「ただいま」
あかりに向かって声をかけると、
「おかえりなさい」
低い声で返答があり、こちらへやってくる気配がする。
「今日も遅かったですね、軽めにご飯を用意してますよ」
長身、黒髪黒目、服はスーツにエプロンの男性形。
30周辺。
現れたのは、私が最近購入した家事ロボットの男性版、通称執事ロボットだ。
中古だったが、好みの外観と、中古だからこそ手が届いたお値段&高性能。
てきぱきと私からカバンとコートを受け取り、コートはハンガーにかけ、ブラシで手入れしたついでに染みを見つける。
「何かこぼしたんですか」
「あーうん………」
ちょっと言い淀んだ私を見て、呆れたように言葉を繋ぐ。
「汚れを落とすのに必要だから教えて下さい。何をこぼしたんです?」
「ケチャップ……」
「という事は買い食いですね」
この短い期間で把握するなんて、なんて高性能。
「洗ってくるので、先に食卓に着いていてください」
私は最低限の着替えをして、食卓(と言うまでもないひとり暮らしのローテーブルだ)に着くと、手早く下洗いを終えたであろう執事ロボットは、ご飯を温めてよそってくれる。
「今日のご飯なにー?」
「春雨の坦々麺です。夜遅いので低糖質を心がけてみたのですが……」
「ありがとー、おいしいです…………」
胡麻と豆乳とピリ辛と。完璧じゃない?
春雨だけど食べごたえがないとかないし。
私が欲しかったのは、こってりがっつりで、炭水化物じゃない、という事が自覚できた。
「お風呂も沸いていますよ」
そして、お風呂上がりのドライヤーをかけてもらって、足のマッサージついでに足の爪を切ってもらう。
洗いたてのシーツの間に滑り込む頃には、翌日会社に行くくらいの元気は出てるのだった。
「もう眠れそうですか?」
「大丈夫だよ……おやすみ」
「おやすみなさい」
執事ロボットは、布団をぽんぽんと叩き、電気を消して部屋を出ていく。
とりあえず、美味しいご飯とかお風呂とかあれば、人間生きていけるね。
私は短い睡眠時間の為に目を閉じた。
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俺はドアを閉めて、充分離れると、大きくため息をついた。
『なんでこんなに無防備なんだよおおおおお』
もちろん声には出さない。
湯上りとかノーブラとか。
足を揉んでも、どこを触っても。
基本的に無抵抗。
それどころか、くうっとか、あんとか、無防備すぎる声を上げる。
いや、もちろん執事ロボット的な節度はわきまえてる訳ですが。
『そもそも俺はロボットじゃねええええ』
わかっている。
わかってはいるのだ。
ロボットとして潜り込んだのだから、ロボットと認識されて当たり前だし、上手くいっているって事だ。
どうしても先々の事に嫌気がさして、逃げたくなった時、悪友に相談したのが運のつきだったと思う。
『執事ロボットになるってのはどうだ?』
悪魔の囁きだった。
行方をくらませるにはとても良い案に思えた。
ずっとではない、せめて数週間の猶予が欲しかった。
むくつけき男性より、若い女性が良いと即答したのは自分だ。
ブラック企業勤めで、平日家にいる時間が平均6時間(うち睡眠時間5時間)というのも好都合だった。
ちなみに休日出勤も多いし、たまの休日は死にそうな顔で家事をしているか寝ている。
そこまでは事前に調べた。
言うまでもなく犯罪だが、ばれてももみ消せる自信もあった。
そして、執事ロボットへのなりすましは、現在のところとても上手くいっている。
疑われる気配は全く感じない。
最初は遠慮していたが、下着の洗濯やら、生理周期やら把握するようになっている。
『でもなぁ…………』
まさか、便宜上の主人にここまで、振り回されるとは思っていなかった。
がちがちに強ばって帰ってきて、突っついたら泣きそうな子が、目が合うだけで、ちょっとほっとしたように笑って。
世話をするうちに、だんだんほぐれてきて、布団に送り込む頃には、年相応の女の子になっている。
無条件に自分を委ねる様は、まさか自分にあると思わなかった庇護欲を掻きむしった。
『はああああ…………頑張ろう』
そして、俺は起こさないような家事を始める。
基本的に昼間寝て、彼女が家にいる間は起きている生活だ。
『それでも彼女より睡眠時間が取れているのがなんとも……』
とりあえず、コートの染み抜きだな。
俺は、ケチャップが酸性かアルカリ性か検索しながら、下洗いしたコートの元へ向かった。