その三
「ポルカ、お前何か身体に異変はないか?」
「異変? そういえば、さっきから少し身体が熱っぽいような……」
「試しに何か魔法を使ってみろ。なるべく簡単な魔法を」
「ええと――えいっ!」
カラミナに促されてポルカは部屋にあった置物を宙に浮かせようとしたが、普段なら造作もないのに置物は勝手な方向に飛び回り制御することができなかった。
「あれ? あれれ? どうして?」
「それはお前の魔力が急激に増えたからじゃよ」カラミナが指を鳴らすと宙を舞っていた置物はもとの場所に戻った。
「私の魔力が増えた――ひょっとして?」
「そう。魔石のひとつはお前の中にある。宝樹が壊れたときお前は近くにいたからの」
「そ、それなら私、今までよりもっとすごい魔法も使えるようになったんですね?」
「まったく――お前は何も学習しとらんな。さっきもそうだったように、魔力が増えてもそれを制御できなければ意味がない。いや、かえって危険ですらある。没収じゃ、没収!」
「えー!?」
しぶるポルカを無視してカラミナは呪文を唱え始めた。ポルカの身体から光があふれ出しカラミナの掌へと集まっていく。光はやがて形を成し、七色に輝く宝石へと姿を変えた。
「とりあえずこれでひとつ回収じゃな」
「せっかく魔力が増えたのに……」ポルカが口惜しそうに言った。
「努力せず魔力を増やそうだなんてあまりにも虫が良い話じゃ。さあ、お前たちには明日の朝一番で出発してもらう。そうと決まれば、お子様はさっさと寝ろ」カラミナはそう言って呼び鈴を鳴らした。
「あ、明日ですか?」急な話にポルカが困惑した様子で尋ねた。
「そうじゃ。もたもたしている暇はない」
まもなく部屋に入ってきたバスチャンに、カラミナはカークスの部屋の手配と食器類の片付けを命じた。そしてポルカに早く就寝するよう促して部屋から追い出すと、カークスと二人きりになった。
「さてと、小僧にはまだ少し話がある」カラミナが切り出した。
「何かまだあるのか?」
「お前、普通の人間じゃないじゃろ?」
「……それはどういう意味だ」
「そのまんまじゃよ。さっきのポルカの魔法を受けてなぜ無事なんじゃ? 結界を張るか、強い魔力耐性でも持っていないと即死するような魔法じゃぞ?」
「他人より少し身体が丈夫なだけだ」カークスは相変わらず不愛想に答えた。
「……まあ、話したくないなら無理にとは言わんがの。ただひとつだけ頼みがある」
「頼み?」
「ああ。くれぐれもどうかポルカのことをよろしく頼む。あの子は魔術師としての素質はあるもののまだまだ未熟じゃ。自分の力をうまく使いこなせておらん。さっきも話したが、強い魔力を持っていてもそれをうまく扱えずにいるのは、魔力を持たないことよりもはるかに危険じゃ。本来であればもっと修行を積ませてから外へ出したかったんじゃが……」
「仕事を引き受けた以上きっちりとこなす。可能な限りあの娘に危険が及ばないようにもする。だが、教育係まで引き受けたつもりはない。それはあんたたちの仕事だ」
「分かっておる。お前はポルカの身を護ってくれれば良い」
やがてバスチャンが部屋の支度を終えて戻ってきたため、カークスは応接室を出た。彼は久方ぶりのまともな寝床に身体を横たえた。蓄積していた疲労がすべて流れ出していくようであった。彼は横になりながら己の身に起きた予測だにしなかった事態についてあれこれ考えていたが、やがてまどろみ始めてまもなく深い眠りに落ちた。