その六
「カ、カラミナ様――」
ポルカは恐怖と安堵の入り混じった表情で何か言おうとしたが、それよりも早くカラミナの強烈な平手打ちが飛んできた。
「馬鹿者! なぜひとりで戦おうとした!? 相手が自分より格上じゃと分かっておったじゃろ!」
「すみません! すみません! カラミナ様のお役に立ちたかったんです!」
ポルカは涙を流しながら師にすがりついた。平手打ちを受けた左頬は燃えるように熱かった。
「ええい、うっとうしい! 説教は後じゃ。宝樹はどうなった!?」
弟子を邪険に突き放したカラミナが宝樹の方に目をやると、男が倒れている隣でそれは幻想的に光り輝いていた。
「いかん!」
カラミナが叫んだそのとき、宝樹は目もくらむばかりの閃光を放った。光で視力を奪われる中、ポルカは強い衝撃とともに全身に電流が走るような感覚に襲われた。やがて光が弱まり収束していくとともに、視力は徐々に回復していった。しかしポルカはある異変に気付いた。先ほどまで部屋の中央に据えられていたはずの宝樹が跡形もなく消え去っていたのだ。
「カラミナ様、宝樹が――」
話しかけようとしたポルカは小さな驚きの声を上げた。というのも、振り向いた視線の先に立っていたのは十歳にも満たない見知らぬ少女であったからだ。少女は先ほどまでカラミナが着ていた服を身にまとっていたが、当然まったく大きさ合っておらずぶかぶかであった。
「だ、誰……?」目の前の状況を理解できないポルカが尋ねた。
「まずい……まずいことになったぞ……」
少女はポルカの問いかけなどまったく耳に届かないかのように、なにやらぶつぶつと独り言をつぶやいていたが、突然彼女をにらみつけるとつかつかと歩み寄った。そしておもむろに彼女の上半身を脱がせにかかった。
「な、何するんですか! やめなさい!」
顔を赤らめながらポルカは抵抗したが、少女は強引に右手をポルカの胸元に押し当てると「やはりそうか」とつぶやきながらその手を引いた。
「もう! 一体何なんですか! 何が起きているのか説明してください! ていうかカラミナ様は一体どこに行っちゃったんですか!?」
ポルカが我慢しきれずに叫ぶと鋭い視線が返ってきた。
「たわけ! 目の前におるじゃろ! わしが正真正銘カラミナじゃ。良く見ろ」そう言って少女は自身の顔を指さした。
ポルカは少女の顔をまじまじと見つめた。たしかに幼くなってはいるものの師の面影があり、何よりも特徴的な両目の泣きぼくろがこの少女にもあった。
「カ、カラミナ様――こんなお姿になられて――」
ポルカはその言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな様子で目の前の愛らしい少女を抱きしめた。
「やめろ! 抱きつくな! 離れろ!」頬ずりしてくるポルカをカラミナは懸命に突き放そうとしたが、その小さな身体ではうまくいかなかった。
「でも、どうしてちっちゃくなっちゃったんですか? それにさっきの宝樹は一体どこに?」
「それについては俺も聞かせてもらいたい」
突如声がしてポルカたちが振り向くと、先ほどまで倒れていた男が額に手を当てながら上半身を起こしこちらを見ていた。
「こいつ、まだ――!」
ポルカが杖を構えようとすると、すかさずカラミナがそれを制止した。
「待て待て。分かった、説明してやるから二人ともついてこい」
「え? こいつもですか?」ポルカは男を指さした。
「久方ぶりの客人じゃ。丁重にもてなしてやらんとな。それにこの小僧の目的はどうやらわしの命じゃないようじゃしの?」
「ああ、お前の命なんかに興味はない」ゆっくりと立ち上がった男は、小僧と呼ばれて少しムッとしていた。
「なら構わんじゃろ。ほれ、行くぞ」
カラミナはそう言い残しさっさと歩き出した。納得のいかないポルカは男に敵意をむき出しながらしぶしぶその後をついていった。