その五
男は慎重に身を隠しながら少しずつ城へと近づいていった。前回侵入したときに気付いたことだが、この城は極端に守衛が少ない。少ないどころかいないのかもしれない。現に今彼がこれだけ警戒しているのが馬鹿らしくなるほど見張りの影は認められず、それがかえって不気味でもあった。もっともこれはメーヤシュンゲン城特有のものではなく、魔術師の居城全般に共通して言えることではあった。堅牢な城壁で敵を退け、魔法で警戒網をしき、幾重にも罠を張り巡らせれば、たいして人員は必要ない。そして何より魔術師は孤独を好む。
本来ならば日が暮れてから侵入するつもりであったが、ポルカに発見されたことから予定を前倒しすることにした。男は意を決して石橋を渡り城内へ潜入すると懐から羅針盤のようなもの取り出した。その針ははじめ戸惑ったようにクルクルとその先端を定めなかったが、やがてある一方向を指し示した。男は針に従い複雑に入り組んだ廊下を進んでいったが、やがて行き止まりに突き当たった。針はなお壁を指しているが他に道はなさそうであった。男は壁の隅々まで入念に調べ始めると、やがて一か所だけ飛び出ている箇所を見つけた。それを強く押し込んでみると、壁に突如大人ひとりがようやく通れる程度の狭い通路が現れたため、男は警戒しながら先に進んでいった。
隠し通路をしばらく歩くとやがて広い空間へ出た。突如目の前に現れた光景に男は息をのんだ。そこには目が眩むような金銀財宝が部屋を埋め尽くすほど積み上げられていたからであった。ザイツハルの魔女カラミナと言えばその名声は東西に知れ渡っていたが、ここまで富を蓄えていたとはさすがに想定していなかった。しかし男はそこに目的のものがないと見て取るや、無造作に置かれた金塊や宝石などには目もくれず探索を続行した。針はさらに先を指し示していた。
やがてさらに別の隠し通路を見つけた男がさらに奥へと進んでいくと、現れたのは先ほどとは打って変わって、まるで墓穴のように小さな薄暗い部屋であった。そして部屋の中央には七つの宝石を配した黄金づくりの宝樹が据えられていた。手にした針はかつてないほどの反応を示している。これこそ男が探していたものに他ならなかった。警戒しながら宝樹に近付き、手を伸ばそうとした瞬間、男は背後に気配を感じとっさに身体をひねらせた。こぶし大の火の玉がその顔面をかすめた。
「やっと追いついた!」
男が通ってきた通路から息を切らせながら現れたのはポルカであった。自力で蔦をほどき、無我夢中で侵入者を探し当てた彼女であったが、自分が今どこにいるのかはあまり良く把握していなかった。というのも城内に宝物庫があるのは聞いていたが、彼女は入ることが許されていなかったからであった。
「またお前か」男がうんざりした様子で言った。
「さあ、おとなしく捕まりなさい! 命までとるつもりはありません!」ポルカはそう言って杖を構えた。
「これ以上邪魔をするなら容赦はしない」そう言って男は剣を抜いた。
先ほどの戦闘から実戦経験の差を痛感したポルカは一計を案じていた。すなわち男を追跡している間ずっとある魔法を詠唱し続けていた。この術はカラミナが大事にしている秘蔵の魔導書をポルカがこっそりと盗み読み、ひとりでひそかに練習していたものであった。ときどき失敗することもあったが、だいぶものになってきており威力は申し分ない。身の丈を超えた魔術を使ってはならないとカラミナから口ずっぱく言われていた彼女であったが、このときは自分がこの城を守らなければならないという使命感に突き動かされていた。彼女は杖を男に向けた。
「光よ、闇をなぎ払え! 〈虹蜺〉!」
呪文を唱えると杖の先端が光り輝き、それが一気に膨張した。杖から放たれた光の奔流が男を飲み込み、そのままカラミナの宝樹の所まで押し返した。ポルカがしまったと思ったときにはもう手遅れで、光はそのまま宝樹まで飲み込んでしまった。慌てた彼女はとっさに光を止めようとしたが、どうしても止めることができなかった。
「止まれ! お願い、止まってよ!」
制御不能となった光の奔流は一向に止まる気配を見せず、男と宝樹に容赦なく浴びせられた。どうすれば良いのか分からずポルカがおろおろしていると、突然背後から呪文が高らかに唱えられた。彼女の杖からほとばしっていた光は一瞬にして消え去った。振り向くとそこに立っていたのはカラミナであった。