その三
カラミナの昼食後、食器を下げながらポルカは悩んでいた。困ったときはバスチャンに相談するよう言われたものの、彼はあまりにも多忙であったため安易に頼りにするのもはばかられた。カラミナの右腕であるバスチャンは、この城の主要な業務をたったひとりでこなしていた。
ポルカが詰所に戻ると、すでにバスチャンの姿はなかった。どこかで別の仕事をしているのであろう。彼女は椅子に座りコック長につくってもらった弁当を広げると、魔法の鏡をのぞき込んだ。そこには相変わらず迷いの森を突き進む男の姿が映っており、じきに第一城壁にたどり着くところまできていた。男が再び城内に侵入するのは時間の問題であった。
「よし!」
遅めの昼食を終えたポルカは意を決したように立ち上がると、詰所を出て自室へと向かった。城の広さに対して極端に住人が少ないメーヤシュンゲン城には部屋が有り余っていたため、女中兼弟子である彼女にも自室が与えられていた。彼女の部屋は質素であったものの整理整頓がなされており、どこからか集めてきたかわいらしい小物がささやかに並べられていた。彼女は机の引き出しを開けると中から木製の杖を取り出した。これは彼女が十五歳の誕生日を迎えたときにカラミナから贈られたものであった。
ポルカはこの城で働くようになってから少しずつ魔術の手ほどきをカラミナから受けていたが、魔術師は十五歳から一人前とみなされることからこれを贈られたのであった。もっとも彼女はまだまだ魔術師と呼ぶには未熟であるという理由から杖の使用は当面禁止されていた。杖は魔術師の持つ魔力を増幅する役割を持っており、魔力を適切に扱えるものが使えば便利な反面、未熟なものが使えば魔力の暴走を招くためかえって危険であった。
しかしポルカは内心そのことを不満に感じていた。彼女にしてみればすでに魔術の基礎は習得しているのだから、杖を使ってより実践的な修行をしたかったのだ。先ほども彼女が侵入者の撃退へ向かうと申し出てもまったく相手にされなかったが、もしひとりでそれをやってのければ少しは彼女の力を認めてくれるかもしれない。
ポルカは杖を腰に差すと、マントを羽織り不釣り合いなほど大きな帽子を頭に乗せた。そして外に誰もいないことを確認してから静かに部屋を後にした。