その二
「カラミナ様、お食事の用意ができました」
カラミナの居室の前に立ったポルカがノックをすると扉がひとりでに開いた。豪奢な装飾が施された室内のいたるところに、世界中から集められた希少な品々が飾られている。扉からまっすぐ部屋の中央に向かって深紅の絨毯が敷かれており、その先にある高座に黒髪の美しい女がすらりと伸びた脚を組みながら座っていた。見た目の年齢は二十歳に満たないといったくらいで、端正に整った顔立ちに切れ長の目、そこからのぞく深海のように青い瞳。そして両目の下にある泣きぼくろ。魔女カラミナであった。
「うむ。今日のメニューはなんじゃ?」カラミナが美しい声でポルカに尋ねた。
「マハーの丸焼きとテレミスの香草焼き、クルポックのスープでございます」
「なんだかこの間も食べたような気がするの。コック長にもっとメニューを工夫するよう伝えておけ」カラミナはそう言うと椅子から立ち上がり高座から下りてきた。
「かしこまりました」
カラミナが食堂へ移動している間その後ろに付き従っていたポルカは、侵入者について何か尋ねられないかびくびくしていた。カラミナは感情の起伏が激しく、機嫌の良いときはとても優しかったが、悪いときはとんでもなかった。さっきのメニューに対する愚痴から察するに今日は「中の下」か「下の上」くらいであろう。
「ところでポルカ、何か報告はあるか?」食卓についたところで不意にカラミナが尋ねた。
「ええと――それは――その――」ポルカはしどろもどろになった。
「その様子、何かあるようじゃな?」
カラミナの眼光が鋭く光った。ポルカは蛇ににらまれた蛙のように身動きが取れなくなった。
「まあ良い。食事を取りながらたっぷり聞かせてもらうことにしよう」
ポルカは顔を強張らせながら順次配膳をしていった。料理を持つ手が震えている。
「で、さっきの話の続きを聞こうか? 何か報告はあるのか?」カラミナはナイフで大型の食用鳥マハーを切り分け豪快に食べながら尋ねた。
「……実は、昨日撃退した侵入者の件なんですが」
「ああ、一週間近く粘った挙句、無礼にも城内に足を踏み入れたやつのことか」
「はい――実はまた迷いの森に現れまして」
「ふむ。なるほどな。さすがに滝の上から落とせば命はないと思ったが、まだ生きておったか、運の良いやつめ。下流まで戻されて再挑戦といったところか。で、お前はどうするんじゃ?」
「どうすると言いますと?」ポルカはぽかんとした。
「またみすみす城内への侵入を許さないために、どう対策をとるのかと聞いておるんじゃ!」激高したカラミナは手にしていたナイフを思い切りテーブルに突き立てた。
「ひいいいいっ!」
「良く聞け! これまで数え切れないほどの猛者を退けてきたこの難攻不落のメーヤシュンゲン城が、たったひとりの若造に侵入されたんじゃぞ! これは大事件じゃ! これが噂となって広まれば、国内外のバカ者たちが、自分たちにもできるかもしれんと勘違いしてこぞって押し寄せてくるじゃろう。お前だって知ってるじゃろうが、はっきり言ってこの城の戦力は乏しい。敵が一度に大量に押し寄せれば、こちらには対処する術はない」
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」ポルカは力の限り謝った。
「まったく! いつ報告してくるかと待っていたが、結局わしの方から聞かんと言ってこん。いつも悪い報告はすぐにしろと口ずっぱく言っとるじゃろ」
「カラミナ様気付いておられたんですか?」
「当たり前じゃ」
「さすがカラミナ様! 天才! 史上最高の魔女!」
「おだてても無駄じゃ。で、対策は?」
「……私が直接出向いて撃退する――とか?」
「お前があ?」カラミナは呆れ顔であった。
「ひどい! 私だって日々魔法の鍛錬を欠かしてないんですよ。この間だって中級魔法も修得しましたし……」
「そんなんじゃまだまだ実戦には出せんな。一度バスチャンに相談せい。良いな? まったく、お前と話してると食事がまずくなって困る」カラミナはブツブツ文句を言いながら肉汁あふれるマハーにかぶりついた。